いい子の証明

あまいこしあん

いい子の証明

 今年こそ、確かめるつもりだった。

 サンタクロースが本当にいるのか、それとも――。


 時計は午前二時を少し回っている。

 家族は全員眠っていて、家の中は静かすぎるほど静かだった。


 布団の中で目を閉じ、寝たふりをする。

 呼吸を整え、意識だけを起こしておく。


 中学生にもなって、こんなことをしている自分が少し情けなかった。

 でも、これで終わりにしたかった。


 ――コト。


 床がきしむ音。

 確かに、誰かがいる。


 胸が高鳴る。

 怖いけれど、確認したい気持ちの方が勝っていた。


 ドアが、ゆっくりと開く。


 赤。

 白。

 黒。


 思っていた通りの姿。


 ――サンタクロースだ。


 安心しかけた、その瞬間。


「……起きてるね」


 声が低い。

 絵本の中のものとは、まるで違う。


「悪い子だ」


 視線が、布団の奥まで突き刺さる。

 逃げようとしたが、体が動かない。


 影が近づく。

 袋ではない何かが、床に触れて鈍い音を立てた。


「正体を知ろうとする子はね」


 優しく、諭すように。


「“いい子”じゃなくなるんだよ」


 視界が暗くなる。

 体が浮いたような感覚。


 そこで、意識は途切れた。


 ――次に目を開けたとき、朝だった。


 自分の部屋。

 自分の布団。


 体に痛みはない。

 全部、夢だったのかもしれない。


 そう思いながら、枕元を見る。


 プレゼントが置いてあった。


 中身は、目覚まし時計だった。

 箱には、手書きの文字が添えられている。


『いい子は、夜に起きない』


 ぞっとした。


 震える手で、時計の裏を見る。

 そこには、名前が書いてあった。


 自分の名前じゃない。


 ――昨日までの、自分の名前だ。


 その日から、周囲が少しずつおかしくなった。


 学校で名前を呼ばれても、反応できない。

 生徒名簿にも、成績表にも、自分の名前がない。


 家族も同じだった。


「……あんた、誰?」


 母親のその一言で、すべてが終わった。


 夜になると、必ず眠くなる。

 抗えないほど、深い眠気。


 布団に入ると、もう起きていられない。


 クリスマスの夜だけじゃない。

 それ以外の日も。


 起きていられない。

 “いい子”だから。


 今年のクリスマスも、もうすぐ来る。


 サンタは、きっと来るだろう。

 プレゼントを置きに。


 名前を持たない、

 起きていない子どものために。


 ――次は、誰が“悪い子”になるんだろうね。

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