山荘オフ会殺人事件

咲野ひさと

惨劇の朝


 中背の男がリビングを見回す。

 彼の動きに合わせてターンする、ひざ丈のチェスターコート。目にうるさいほどチェック模様を主張する。


「改めて状況を確認しましょう。今日未明、この山荘の主である名倉なぐら怜太れいたさんがバールで襲われ倒れていた。そして残念ながら発見時、すでに息はなかった。間違いないですね?」


 訂正することはなかったため、無言でうなずく。

 なんで……こんなことに。先ほどの光景がショッキングすぎて、胸が苦しい。

 名倉さんにはシーツをかぶせたものの、頭からあふれていた大量の赤が、目に焼き付いている。


「そして山荘にいたのは、あなた方三人。失礼ですが、被害者とのご関係は?」

「友人です。オンラインで知り合って」

「なるほど……」


 チェスターコートの男は、胸ポケットからパイプを取り出した。

 そして”禁煙”の張り紙を目にしたのか、手を止める。


「つまり要するに、犯人は貴女だ!」


 勢いよくパイプの吸口を向けられ、目を疑う。

 せっかく仲良くなった人が死んでしまって……さらに犯人にされる?

 夢でも見たくないシチュエーションだ。


「ちっ、ちがいます」

「言い逃れはできません。証拠がありますから」

「なんのですか!」


 正真正銘、まったく心当たりがない。

 名倉さんとはネットで知り合った仲なのだ。好感度が高くなければ、こんな山奥なんかに来ていない。

 あとの二人も、彼を殺そうなんて考えもしていなかったと思う。


 実際に昨晩は楽しかった。ずっと前から友達だったみたいに盛り上がった。

 みんなでワイワイとお酒を飲んで、共通の趣味の話を延々としていたのに……

 

 しかしチェスターコートの男は、そんな友情など取るに足らないというように首を振る。


「貴女……卯木うきさんと言いましたね?」

「そうですけど」

「では、これは?」


 男の手の中にある物自体は、何ということはない、ごくありふれた食材。

 だが、亡くなった名倉さんが手に持っていた物という事実が重くのしかかる。

 フラッシュバックという現象だろうか。

 ズキリと痛む頭を押さえ、答える。


「た、タマゴですね」

「すなわち、漢字で書くと"卵"」


 その瞬間、男の考えがハッキリと読めた。


「字が似てるから……私だと?」

「ええ。遠目で見ると、卯木さんの"卯"とは見分けがつきません。瓜二つです」

「ありえません!」

「否定したい気持ちは理解できます。しかしこうして証拠がある」


 一件落着とばかりに深々と首肯し、ハンチング帽のつばに手をやる男。

 彼は、こちらが呆気にとられているうちに続ける。


「きっと被害者は身近にあった物で、犯人の名前を示そうと思ったのでしょう。この上なく明快で、誤解しようのない死者からのメッセ――――」

「ちょっと待ってください」


 犯人と断定されている状況なのだ。背に腹は代えられない。

 昨晩を共に過ごした二人のうち、長身の男性に声をかける。


「ごめん、名前を言って」

王子田おうじたです」

「ほぼ玉子ですよね。点を一つ足すだけだし、私よりも近いくらい」

「ちょっと卯木さん? やってませんって僕」


 王子田さんには心の中で手を合わせておく。ごめんなさい、疑っていませんから。

 コートの男が言うフザケた”証拠”とやらを崩したいだけ。

 だから残る一人、小柄な女性にも目を向ける。


「磯貝ですから私――――」


 自分だけ逃げようとしたこの子、ちょっと許せない。


「下の名前は?」

「……珠子たまこです」

「ほら私と同じくらいタマゴ。だからこんなの、証拠になりませんよ」

「むう」


 コートの男は、しかめっ面で押し黙った。

 論破されて悔しいのかもしれないが、思考が雑すぎる。

 もちろんこちらとしては、そのザル同然の推理の穴を広げさせてもらう。


「そもそもですよ? 頭が割れるほどのダメージがあったのに、タマゴが割れてないっておかしいでしょ」

「というとつまり……」


 この人、服装こそ典型的な名探偵だが……それ以外は残念すぎる。

 しかし納得してもらわないと、困ったことになる。


 じきに警察が駆けつけてくれるはず。

 そのときに変な証言をされたら大変だ。犯人に仕立て上げられてしまうかもしれない。

 ため息を一つつき、本気で気づいていなさそうなチェスターコートに向き直る。


「誰かが死体にタマゴを持たせたって考えるほうが自然ですよね?」

「なるほど。犯人しか知りえない情報……」

「ちがうから!」


 なんだか涙が出てきた。

 とにかく私を犯人にしたいらしい。


「しかし、そうでなければ説明がつきません。私が今朝来るまで、この山荘にはあなた方三人しかいなかった。これはつまり」


 コートの男は言葉を切り、火のついていないパイプに口づけした。

 ここぞという決めポーズ……かはわからないが、満足そうに主張を再開する。


「クローズドサークル。ええ、ボクが衝撃を受けたアガサ先生の『そして誰もいなくなった』に酷似した環境と言えます」

「ここ山だけど」

「ですが犯人は三人の内の誰か、という状況は変わらない」


 ……一人ほくそ笑む探偵気取りに、なんと言えばいいだろうか?

 もっとも、気遣ってやる筋合いはない。

 やってもいない罪をなすり付けられているのだから。


「あの。あなたが来たってことは、全然クローズじゃありませんよね?」

「……言ってみたかったんです」


 目を泳がせるコート男。

 私の中で何かが切れた。


「って、あなた誰なんです!」

「名乗るほどではありませんよ。ミステリー好きが高じて、いつか書いてみたいと思っているだけの者で」


 バカなの?


「ならもっとちゃんと考えなさいよ! ってか、ここには配達に来たって言ってたけど、何を運んできたの?」

「……卵です。定期購入してもらっていたので」

「じゃああなたが犯人じゃない! それが名倉さんのメッセージよ!」


 まくしたててから、目の前に殺人者がいる可能性に背中がゾワリとした。

 一方、男はさもバカらしそうにフンと鼻を鳴らす。


「いえ。被害者が卵を持っていたからと言って、卵と犯人を結びつけるのは……失礼ですが、あまりにも安直です」

「どの口が言ってるの」


 この筋の通らなさ。

 ミステリー好きと言っていたが、こんな調子で推理小説を読んで、楽しめるのだろうか?


 と、室内を見回して、ある事実に気づく。

 氷水の入ったバケツを頭からかぶったように、寒気が走る。


「ねえ……最初にあなた、名倉さんはバールで殴られたって言ってたわよね」


 リビングの角にゴルフのクラブケースはあるものの、バールはどこにも見当たらない。

 なのになぜ――――凶器を断定できたのか。


「おや、気づいてしまいましたか」

「ちょっ、ちょっと」


 ひざ丈コートの裾からバールを出した男から遠ざかる。


「ここはクローズドサークル。三人しかいません……よね?」

「私たちを消すつもり? 目撃者だから」


 珠子よりも一歩だけ後ろへ。

 ゴルフクラブを取りに行くか、まっすぐに外に向かうか。

 こちらの葛藤に気づく素振りなく、男は腕を大きく広げる。


「まさに『そして誰もいなくなった』ですよ。あの感動をふたたび」

「全然ちがうから!」


 ――――警官はいつ来るか。

 命がけの鬼ごっこが今、始まる。



~了~


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山荘オフ会殺人事件 咲野ひさと @sakihisa

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