きみだけのクリスマス

あまいこしあん

きみだけのクリスマス

 雪はまだ降っていなかったけれど、街は十分に冷えていた。

 駅前のツリーの前で、僕は肩をすくめながら彼女を待っていた。


「ごめん、待った?」


 背後から声をかけられて振り向くと、彼女がいた。

 赤いマフラー、いつもより少し濃いめのメイク。笑顔は完璧で、僕はそれだけで安心してしまう。


「う、ううん。今来たとこ」


 情けない声だな、と自分でも思う。

 彼女はそんな僕を見て、嬉しそうに目を細めた。


「今日はクリスマスだよ。緊張しすぎ」


 手を取られる。

 逃げる理由なんて、最初からなかった。


 カフェでケーキを食べて、イルミネーションを見て、予定通りのデート。

 彼女は終始楽しそうで、僕はそれに合わせて笑うだけだった。


「ね、今年のクリスマス、誰かに邪魔された?」


「え?」


「クラスの子とか。部活の後輩とか」


 質問は軽いのに、視線が鋭い。

 僕は慌てて首を振った。


「そ、そんなのないよ。ずっと家と学校だけだし」


「ふふ、だよね」


 その瞬間、彼女の機嫌が一気に良くなる。

 それを見て、胸の奥が少し冷えた。


 夜になって、彼女の家に呼ばれた。

 両親は不在。クリスマスケーキがもう一つ、冷蔵庫に入っている。


「おかわり、あるよ」


「もう十分だよ……」


「遠慮しないで。今日は特別なんだから」


 彼女は僕の隣に座り、距離を詰める。

 肩が触れる。逃げ場がなくなる。


「ねえ」


 低い声。


「私、君のこと全部知ってるよ」


 心臓が跳ねた。


「いつ、どこで、誰と話してるか。

 君が不安になると、どんな顔するか。

 優しくされると、断れなくなることも」


 笑っているのに、目が笑っていない。


「だ、だって……付き合ってるんだし……」


「うん。だから大丈夫」


 彼女はそう言って、僕の手を両手で包んだ。


「君は弱いけど、優しい。

 流されやすいけど、裏切らない」


 逃げたい、と思った。

 でも、逃げたら何が起こるか、想像できてしまった。


「私が守ってあげる」


 その言葉は、祝福みたいな音をしていた。


「君が他の人を見なくて済むように。

 迷わなくていいように。

 私だけを見ていればいいように」


 彼女は満足そうに息を吐く。


「ね、ハッピーエンドでしょ?」


 僕は何も言えなかった。

 頷くことしか、許されていなかった。


 窓の外で、ようやく雪が降り始める。

 白くて、きれいで、音を吸い込んでいく。


 世界から、逃げ道が消えていくみたいに。


 彼女は微笑む。

 今年一番、幸せそうな顔で。


 ――メリークリスマス。

 きみは、もう私のもの。

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きみだけのクリスマス あまいこしあん @amai_koshian

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