第4話
「なんとかできるの? あなた、だってピンチに見えるけど……」
見える、というか実際にピンチだ。
正直、この状況でどう危機を脱するか、完全に天任せである。
まだ考えている最中だ――
「……ピンチ、か……実はそうなんだ」
「じゃあ使う?」
「ん?」
「魔法。貸してあげられるんだけどお」
さっきの水鉄砲の威力……あれがあれば確かに乗り切れるかもしれない。
だけど、相手は水鉄砲では太刀打ちできない拳銃を取り出している。
撃たれたら、一発でお陀仏だ。
「魔法って……なにができる。さっきみたいな威力が上がる魔法か? でも、あんなのまともに当てたら敵でも死ぬだろ……殺すのはダメだぞ」
「さっきのたまたまだって! だって普段はあんな風に威力でないもん……」
「いつもと違うってことは、不具合でてる……? じゃあなおさら使いにくいじゃねえか」
使うことに抵抗があるが、しかし使わなければこのまま捕まっておしまいだ。
おれだけじゃない、この子まで捕まったら……だったら躊躇してる場合じゃない。
そうこうしている間にも、六枷は拳銃をおれたちに向けていて――
「悪いな、まずは足を撃たせてもらうぜ。少し痛いがよ、がまんしてくれや」
「ッ!」
――銃声が響いた。
飛んだ弾丸が、おれの太ももに当たって………………でも、え?
跳ねた、のだ。弾丸が。
鉛玉がおれの太ももに当たって跳ねて、地面に落ち、からん、と音を鳴らした。
「す、すごっ……い。この世界、魔力がたくさんある! え、なんで!? あ、そっか……誰も使ってないから余ってるのかもしれないんだ……!」
「?? 弾丸が……? なにが、起きたんだ……??」
太ももを触る……穴がなければ傷もなかった。
「魔法で柔らかくしたの。つまり、硬さを今の数値からマイナスへ振り切ったんだー」
「振り切る? マイナスへ?」
「うん。魔法はね、これ、って決めたモノの”プロパティ”をいじれるんだよ。バランスよくすることもできるし、今みたいに極端にすることもできる――
水鉄砲は、だから威力を最大にしたんだ。今回は他の全てを切り捨てて、弾丸を柔らかくすることだけを考えたの――それが、魔法なの」
つまり、物質の中身をいじることができるのか。
構造ではなく、その物質が持つ力を上下させることができる……と?
まるでアプリのプログラムコードを書き換えるみたいな……。
それでいてエラーは出ず、操作した通りに変化する。
千差万別、とは言えないが、その物質ができることの長所を下げて短所を伸ばす――しかも極端にすることができるのだ。
――魔法。
万能でこそないが、しかし理屈が分かれば使い勝手がいい。
技術ではなく、求められるのは発想だった。
知識も必要だが、それよりも知恵を……ならば。
「……、」
「動くなガキ! クソ、偶然に愛されやがって……今度こそ死ぬぞ!?」
再び銃声。
しかし、今度も魔法で弾丸は柔らかくなっている。
おれに当たらなかった弾丸は途中で熟れた果実のように崩れ、地面にべちゃっと落ちる。
溶けた鉛玉が地面の染みになっていった。
まるでチーズのように溶けた時計だな。
実際、時計を魔法でいじれば、同じように溶かすこともできるのだろうけど。
「この世界じゃ魔力切れがない――ならっ、もう勝ったも同然ね!」
「わけわかんねえ力を使いやがって……ッ! オレもクスリが回ったか?」
六枷が戸惑っている間に、近くで倒れていた部下の男の懐を探ってスタンガンを入手した。
拳銃を期待したが、実際にあったのはスタンガン――だが、これでいい。
これが望ましいとも言えた。
「魔法を頼む!」
「どうすればいいの!?」
「――伸ばせ!!」
スタンガンの青い火花を見せながらだ。
少女は「伸ばす! ……えぇ!?」と驚いていたが、スタンガンを伸ばすわけじゃない。
これが伸びたところで遠くの敵に当てられるだけで……だったら最初から青い火花を使ってしまった方が早いだろう。――つまりだ。
「スタンガンは非殺傷武器だ、この電撃を細く伸ばしてあいつに当てれば、気絶させることができる……! あんたにしかできないことだ!!」
「わたしにしか……うんっ、分かった!!」
銀髪の少女が、おれが持つスタンガンに注目し、手を添えて魔法を使った。
スタンガンにあるプロパティが見えている。のだろう。
少女は一部の数値をいじり、スタンガンを改造する――やがて。
青い電撃が細くなり、伸びていく。釣り糸に繋がったルアーを遠くへ飛ばすようにスタンガンを振ると――青い電撃が伸びていく。そして。
電撃が男に触れた。
野太い悲鳴が響き、感電した。
男が倒れる。
その場で気絶した男は……頬を叩いても起き上がらなかった。
「…………、ふう……」
ひとまず、これで脅威は去った、よな……?」
…
…
すぐに移動するべきだったが、ほんの数分だけでいいから腰を下ろしたかった。
体の痛みはまだ引いていないのだ。
トラックに背中を預け、深呼吸をしていると――車が通りかかる。
あれは……七槻の……?
内側から扉を蹴飛ばすようにして出てきた委員長。
彼女は全速力でこっちに……こっちに? うわぁ飛びかかってくる!?
「真くん!! 怪我してるじゃないですかあ!!」
「と、飛びついて……ッ、抱き着きながら言うな……ッ!」
「すぐに病院へ……いや応急措置を……いやいやその前に傷口へ私の口づけをするべきですよね!?」
「やめとけ、ばい菌が口の中に入るぞ」
「こんな時でも私の心配をしてくれる……っ、やっぱり付き合ってくださーい!」
むちゅー、と言いながら、おれの頬に顔を近づけてくる委員長。
こういうスキンシップは、今はきつい。
彼女の顔を手で押しながら、
「委員長、真面目な話だ」
「なんでしょう」
真面目なトーンで言えば、委員長も空気を読んでくれた。話しやすい雰囲気だ。
「この子なんだけど……」
「誰なんでしょう。日本人ではなさそうですけど?」
日本人どころじゃないだろう。
容姿は海外――よりも、神々しさを感じる。
つまり、別世界の住人だったりして……。
魔法。
科学では説明できない現象であり、それを扱う、少女だ。
「わたしっ、アリエッタ・サイエンスと言います!!」
「……この子、アリエッタの頼みを聞いてくれないか? 委員長、頼むよ……」
この子の言動を見ていれば分かった。
どうやらいく場所がないみたいなんだよな……。
「えぇ……まあ、真くんの頼みなら聞きますけど……でも、こんなヤクザの家に頼んで大丈夫ですか……?」
「そのへんは気にするけど、でもさ、他に頼れる相手もいないんだ」
「いいえ、頼れる相手――打つ手がないわけでもないんです。伝手がありますよ――と言いましたが、さすがに事情も聞かず説明責任も果たさず、養うことはできないと思いますけどね」
委員長の視線につられ、おれたちはふたりでアリエッタを見た。
彼女はおれたちの視線の意図を汲み取って、ゆっくりと頷く。
……当然、彼女は素性から事情を全て話すつもりだろう。
それが助けられる側の礼儀であると、アリエッタも思っているようだ。
「うん、ちゃんと話すよ……わたしの世界のこと」
アリエッタが口を開きかけ、しかしすぐに閉じた。
「? どうした?」
「でも……逃げてきた、くらいしか話せることはなくて……簡単に言えばわたしの世界は全部、滅んじゃったの。だから逃げ場所を追われて別の――この世界にやってきたって事情なんだけどね」
「……じゃあ、魔法ってのは?」
「魔法は……やっぱり知らない? わたしの世界では普通のことだったんだよ。だから特別でもなんでもなくて……。この世界にも魔力があるから魔法も使えるんじゃないかなって思うんだけど……」
もしかしたら、発見している先人がいるかもしれない。
幽霊とか呪いとか、魔法が根源だった、と言われたら納得できる超常現象だしな。
「魔法のことはまだまだ調べてみないと分からないかも……」
「真くん、魔法魔法って、魔法ってあの魔法ですか?」
「委員長が言うあの魔法がおれには分からねえ」
漫画なりアニメなり見ていれば魔法とはこういうものだ、という知識はあるだろう。
実際の魔法は自由に炎やらを出せるわけではないらしいが。
それでも、科学で説明できなければ魔法である。
「ひとまず、養ってください、お願いします――なんでもしますっ、この魔法で!」
頭を下げるアリエッタ。
なんでもする、とか言わない方がいいと思うぞ?
「委員長」
「分かってますよー。使い潰されない、信頼できる人に託します。そうですね、教育おバカさんに預けた方がよさそうかと思いますけど……たとえば、学園長とか――」
うちの学校の、だよな?
確かに、学園長であればアリエッタが悪い道へ引き込まれる心配もない。
少なくともおれみたいにはならないだろう……ただ、教育はスパルタだろうけどな。
「あの……」
すると、おずおず、と言った様子で挙手したアリエッタ。
「あとあとっ、贅沢ですけどもうひとつお願いを……」
「せっかくだ、ぜんぶ言っちまえよ」
「うんっ。あの、友達も一緒にこっちの世界へきたはずで……知ってます?」
アリエッタは言った。
――魔法が使われてると思うのだけど、と。
つまり、不思議が起きていればそこにアリエッタの友達が関わっている、と。
これ、放置できない問題だ。
だって魔法だ、アリエッタだから悪用されなかったが、もしもその友達が――もしくは大人が知れば魔法を悪用するかもしれない。そうなれば社会は混乱していくだろう。
野放しにはできない異世界人が、まだいる。
「その友達って、あと何人だ?」
「ふたりです。勇者と、魔王――ですね」
「……そんなアリエッタは?」
「お姫さま。なーんて、もう国も民もお城もないのでお姫さまじゃないですけどー」
つまり、あればお姫さまだったわけだ。
……リアルな異世界のお姫さまってこんな感じなのか……。
ともかく、
「委員長、探せる?」
「やってはみますけど、時間がかかると思いますよ……?」
「時間がかかってもいい、探さないよりはマシだ」
頷いた委員長の電話一本で、七槻が動き出した。
…
…
「真さま」
「は?」
「真、さまですよね? だってそう呼ばれて……」
「あー、そうだよ、真だ。そんであんたはアリエッタ――」
「はいっ」
「……まあ、がんばれ」
それは、おれが言われるべき言葉だったけど、アリエッタは素直に受け取った。
「はいっ! 真さまっ、これからもわたしのことをよろしくお願いします!」
それを頼めてしまえるところは心臓が強いし、なによりもお姫さまっぽかった。
偉そう、と言うよりはなにもできないから助けてください、と言っているようで――
彼女の笑顔は、手を貸してあげようと思わせてくれる。
これが愛嬌だ。
勉強になるぜ――
やがて、アリエッタははぐれた仲間と再会するのだが、それはまた別の話だ。
…おわり
それを魔法と呼ぶのなら 渡貫とゐち @josho
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