第3話
「……なんだ……?」
少女の周囲に広がっていたのは宇宙空間のような……? しかし、おれが見た途端に小さくなっていくそれが、その後、チャックを閉めるように消えてしまった。
そこには、木箱の中に銀髪の女の子がいる、という事実しか残らなかった。
この子は元から木箱の中にいたのか? だとしたらどうしてこれまで気づかなかったのか、と思うほどに、木箱の外からでも存在感があった。
幻覚でなくとも五感……いいや第六感で分かった光がある。
それはスター性、なのか。
見えていないはずなのに見て分かる輝きがあったのだ。
中を覗く。あらためて少女を見ると、着ている服はボロボロだった。
お姫さまみたいなドレス……? に見えるが、ボロボロなので元々のドレスの見る影もなかった。スカート部分は大胆に、しかも雑に千切られており、肌が多く見える。
まるで、誰かから逃げていたみたいに……。
必死に、この場に逃げてきたみたいな……?
「おい……なあおい」
「ん……?」
「起きろ!」
全身が鈍く痛むが、腕を伸ばして少女の肩を揺さぶる。
触れただけで分かる細さと、軽さが感じられた……
見た目では分かりにくい衰弱が彼女にはあった。
手のひらから伝わる彼女のコンデションに「え、」と戸惑っていると、銀髪が揺れる。
ぱっと覚醒した少女が起き上がったのだ。
その銀髪は、左右で結んだツインテールだった。
「はっ!? ここはっ!? 成功した!?」
「おっと……あんた、大丈夫かよ……?」
「うん、わたしはだいじょう……って、あなたの方が痛そうだけど!?」
「そうなのか? 鏡がないから今の自分がどんな状況なのか分からないけどな……ところで、あんたはなんでこんなところで寝て――」
聞いてから、覚えてるわけがないと気づく。
木箱に詰められたなら、記憶は曖昧だろうし……。
少女は左右をきょろきょろと見回して、小首を傾げる。
「ここがどこだか分かる?」
「さあな。見ての通りトラックの中だからな……どこを走ってきたのかまでは……」
「トラック??」
まるでトラックを知らない、みたいな反応だ。……そんなことあるか?
外国人でもトラックは知ってるはずだ。万国共通……だろう?
「知らないのか?」
言うと、銀髪の少女がぱっと表情を明るくさせた。
「……知らない用語……、言葉は通じてるけどこれは魔法のおかげだからね……っ、やったっ、これで成功だ! ――逃げ切った、別世界にくることができたんだっ!!」
両手を上げてバンザイっ、と。
騒ぐと見張りがくるからやめてくれ。
案の定だった。
トラックがゆっくりと止まり、足音が荷台に近づいてくる。
「あんた、静かにしてろ――」
「? なんだ、いま女の声がしたぞ……?」
「チッ、気づくなよ。――あんた、隠れろ! 目を覚ましたことがばれたら今度こそ深いところまで意識を奪われるぞ。あんたは綺麗なんだから、裏社会では使い道がたくさんある……やつらに使い潰される!」
「え、わたしって綺麗?」
「うるせえ今はそれどころじゃねえよ!!」
少女は頬に手を添えくねくねとし、嬉しそうだ。
可愛い、綺麗、と言われたことがない人生でもないだろうに。
「顔を引っ込めろ、ここはおれがなんとかするから――」
「ううん、大丈夫、わたしがなんとかするよ。見てこれ、じゃじゃーん、と。小型だけど威力は充分の水鉄砲! ちゃきーん!!」
「んなもんで撃退できたら拳銃なんていらねえんだよ!」
すると、銀髪はツインテールを揺らし、「ちっちっちのち」と。
肩をすくめたところで小突きたくなってくるな……。
「ただの水鉄砲じゃないの。だって魔法で強化してるからね――安心して」
半透明な青い水鉄砲。
その銃身が、ほんのりと輝き始めた。
「それに、人食い鬼に襲われたわたしなら、普通の暴漢くらいもう怖くないし!!」
銀髪が水鉄砲を荷台の入口に構えて。
足音が近づいてくる。……扉を開けて入ってきたのは、部下の男だった。
「おい、誰かいる、」
黒スーツの若い男が水鉄砲に一瞬だけぎょっとし、しかし見せた油断があった。
「ばぁん!!」
――少女の高い声。
次の瞬間、水鉄砲から発射された水の弾丸が飛んでいき――――
それは、彼女の言う通り威力がかなり上がっていた。
事実、男は水を受けて――吹き飛んだ。
荷台の扉に、大きな穴を空けて――だ。
え?
……威力を上げた、とは言ったが……しかし上がり過ぎだ。
拳銃なんか比じゃなかった。
必然、爆発音が響き渡る。
「え」
「は?」
「っ、なんだそれ!!」
「はぁぇあ!?!?」
「――いやなんでお前まで驚いてんだ!?」
「こんなに強くなるわけなくてっ、だってこんなに強くなるなら別世界に逃げ込む必要だってなくてっ! じゃあこれで撃てばいいじゃんって話だし!」
「なにがッ」
「知らないの!!」
荷台に穴が空き、逃げ道ができたが派手にやり過ぎた。
このままだと騒ぎを聞きつけた六枷たちに取り囲まれるだろう。
ここで呆然としているわけにはいかない。
早く動かないと……、痛ッ、痛む体を動かし、彼女の手を掴む。
「逃げるぞ……あんた、走れるよな?」
「きゃっ……。お、男の子、と、手ぇ繋いじゃった……やぁん」
「けっとばすぞ」
彼女の手を引いて荷台から下りる。
夜の町……ここがどこだか知らないが、進むしかない。
ネオンさえない、裏路地ばかりの場所だった。
「とにかく、明るい場所を目指すべきか」
「虫みたいだね」
「同じようなもんだろ」
すると、闇の中から人影だ。
「おいおい、どんなカラクリを使えばこんな風になるんだ? しかも可愛らしい嬢ちゃんが増えてることにも驚きだ。……が、それよりもこの穴だ。なにをどう使えばこうなるんだぁ?」
「ねえ、あれはだーれ?」
「あいつは敵だよ」
六枷、と名乗った顔面刺青の男だった。
ゆったりとした動きでおれたちの前を塞いでくる。
「失礼なやつだな、悪いことしたガキをいくべきところへ連れていく正義のお兄さんなのによお」
「だってさ、笑えるだろ?」
そっと、少女の前へ腕を出す。
相手も気づいたようだ。おれに、こい。こいつは関係ない。
「笑える余裕があるなら結構。今度こそ、そのなめた口を利けなくしてやろう」
男がスーツの懐に手を入れ、取り出したのは……拳銃だった。
本物だ。重厚感が、やっぱり違う。
さっきは出さなかったのに、なんで今は……っ!
「こんな大穴を空ける相手に丸腰で挑むわけねえだろ。ガキだと思って痛い目を見るなら、もうガキとは思わねえ。排除すべき敵としてちゃんと潰してやる――」
「大人げねえ」
「可愛げのねえガキには容赦なしだ」
「あのっ」
――と、後ろから、少女がおれの肩に手を置いた。
「なんだよ、さっさとお前は逃げろって」
「でも、土地勘ないし……」
「そんなの誰かに聞けば、……いや」
ダメだな……銀髪で珍しい彼女を見れば、ヤクザでなくとも悪い道へ引き込む危険性がある。
こんな場所で出会う他人がまともなやつであるはずがないんだから。
相手の言うことを素直に聞いてついていってしまいそうな彼女をひとりにはさせておけない。……放っておけなかったんだ。
どうしてだ?
それは……妹と、重なったからだ。
贖罪のつもりはないが、それでも、ここで見捨てるのは論外だった。
それに――。
水鉄砲。あれはなんだ? 気になる……おれの中の探求心が顔を出した。
もっともっと言えば――彼女に、おれは救われたようなものだ。
まだ渦中だが、このまま逃げ切れば、彼女には大きな恩ができる。
順番は前後するが、ここで彼女を見捨てる理由はなかった。
「やっぱここにいろ、どこにもいくな。おれがなんとかする――」
…つづく
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