2.朝日を浴びれば軟弱者
数日後の事。
『連続殺人犯の名はジャック!』
「およよ!? 何じゃこりゃ!」
朝帰りの
額、鼻、頬、唇、そして胸までベッタリとテーブルにつけ、脱力して平たくなる。
朝の日差しだけでもつらいのに、この特大ニュースには頭がもっと痛くなる。ガンガン金槌で殴られているようだ。
「ジャック、あんたすっかり有名人じゃないかい!」
豪快に笑う恰幅のいい中年女性は、このバーの店主であるクロエだ。ちなみにジャックの育ての親でもある。
「クロエおばちゃんは他人事だと思って笑うけどさー、困るんだよねーこういう偽物が広める
むくりと起き上がって、テーブルの端に置かれた不思議な味のハーブティーを手繰り寄せる。二日酔いに効くらしいが、効果の程は不明だ。
カップの縁に口をつけて頬を膨らませながら息を吹く。
「悪名って、あんたそもそも殺し屋でしょ。いまさら何言ってんのさ」
「あのねぇ、俺は別に殺し屋じゃないっての。ただそういう仕事が多いだけ。ご令嬢の護衛だって、犬の散歩だって、庭の草むしりでも何でも絶賛受付中です~っ!」
「庭の草むしりに銃は何丁持ってくの?」
「二丁」
「ナイフは」
「三本くらい」
「そりゃ、草むしりが隠語のタイプの仕事だね!」
「人間を始末して、根っこまで抜きました~ってな!」
と、クロエと冗談で笑い合っても、この新聞記事を無視する気にはならない。
ジャックは人を殺す事に愉悦を覚えているわけではない。仕事だからやっているだけだ。
「おばちゃん、この連続殺人で殺された人の情報とか犯人の目撃情報とか調べられる?」
「もちろんさ。あたしの情報網を馬鹿にしてもらっちゃ困るね! ……もちろん、もらうものはもらうけど?」
「わかってるって。ほい、前金。今持ってる全財産」
財布から紙幣を五枚渡す。
「もっと、と言いたいところだけどね。今回はまけてやるよ」
「ありがとおばちゃん。大好き」
ちゅっ、と調子よく投げキッスをすれば、クロエはそれを叩き落とすように顔の前で大きく手を振った。
「あたしにあんたの誘惑は効かないよ」
「ひどーい」
俯き気味に唇を尖らせればクロエは笑う。
「相変わらずあんたの顔の良さは折り紙つきだ。それを存分に使う図太さも、あたしは気に入ってるんだよ。あたしの若い頃にそっくりだ!」
「え、おばちゃんと似てるって言われるのはちょっと……」
二重顎と、服を押し上げて主張する腹の肉とを見比べて視線を逸らすジャックに、クロエは紙幣を四枚テーブルに叩きつけた。
「そんな態度なら、あんたの依頼は受けないよ! 失礼な口を聞いた迷惑料はもらうけどね!」
一枚の紙幣をひらひらさせながら、ふふんと笑うクロエはいたずらをする悪魔のようだ。
「それはやめて! クロエおばちゃんはとんでもなく美しいですから! ね!」
昔は艶やかな黒髪と整った容姿ゆえ、月下の殺人花と呼ばれていたらしい。
今は見る影もないが。
「次からは容赦しないよ!」
「スミマセンデシタ」
額をテーブルにつけるとカップが揺れて小さく音を立てる。
「あ~……俺、やっぱ今日ダメかも……一回吐いて寝るわ……」
「トイレ汚したら洗っときなよ! 酔っ払い!」
「うい~……ぎも゛ぢわ゛る゛~」
ふらふら立ち上がるジャックを、やれやれと見送るクロエの手には紙幣がしっかりと握られている。いくら自分が拾って育てた子供だったとしても、彼女は一切甘やかしはしない。
ジャックは軽口を叩く元気もなくなり、カウンター横の扉を開けて二階への階段を登った。
ついついハメを外してしまうのも若気の至りだろうか。ジャックはまだ十八歳なのだ。うら若き蕾のような時期には失敗も必要よね、と現実逃避を兼ねておちゃらけてみるが、本格的に吐き気がまずいかもしれない。
トイレは階段を上がった廊下の一番奥。普段であればなんて事ない距離が、今は遥か
無慈悲な遠方トイレに絶望し、ジャックは口を押さえた。
廊下で粗相なんてしたらクロエに何を言われるか。考えたくもない。
ここからは真剣勝負。気力との戦いだ。
――駆け出した結果がどうなったかは言うまでもない。
次の更新予定
銃と血とジャックの日常 椎野 紫乃 @shiino-remon
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