銃と血とジャックの日常
椎野 紫乃
1.淡月の倉庫街には御用心
深夜の倉庫街は寒風が吹き
「報酬の支払いがこんな寂れた場所なんて、色々勘ぐっちゃうなぁ」
相手が誰であろうと怯むことはない。堂々と、はっきり言いたいことは言う。
丸いヘッドライトに照らされ、影を作りながら夜の大気を割くのは長身の男。年齢は六十になるらしい。
四回りくらい年下の、彼にとっては子供でしかないジャックに生意気な態度を取られているというのに、
「なんでもいいからさ、早く金払ってよ。俺だってボランティアであんたの依頼を受けたんじゃないんだからさぁ~」
しなを作り、おちゃらけた口調で言ってみても、もちろん動じない。
普段は値の張るスーツで政界を闊歩している議員らしいが、ターゲットの身の上にはまったく興味がない。
「俺、ちゃんと仕事こなしたよね? もしかして人違いだったとか?」
歳の割には幼く見える青い目を
車のエンジン音だけがこの場を急かすように低く唸りを上げている。
――護衛は左右の倉庫の陰に二人、運転席の秘書風男は武器無し、か。
ハンドルを握り、緊張しながらこちらの様子を窺っている男は、飛び出してきて危害を加える気概は到底なさそうだ。
なめられたものだなと、ジャックは胸中で失笑する。
「そろそろなんか喋ってよ。報酬を払う以外で俺を呼び出す理由って何? あ、追加の依頼?」
言っている間にも倉庫脇からの殺意が徐々に強くなっていく。仕方なし、とジャックは顔色を変えずにジャケットから拳銃を取り出して素早く
ここで敵の大将に銃を突きつけて脅すのはナンセンス。
こちらは話をしようとしているのに、向こうにはその気がない。そうなれば、
静かな夜に乾いた発砲音が響く。
短く反響した音を継ぐように、眉間に穴が空いた価値のない人間がどさりと崩れ落ちた。
金を渡すまで自分は安全だと考えたのか。それならば浅はかだ。
――お前を殺したい奴なんて、いくらでもいるからな。
鼻で笑ってやる。冷ややかな青い瞳は、さながら凍てつく深海のように
ここでようやく、左右の倉庫の陰に隠れていた護衛が二人、騒々しく出てきた。依頼人を守るという職務を全うしろと思ったのも一瞬で、その者たちが銃を構えるよりも前に頭を撃ち抜いてやった。黒い銃身から放たれる弾丸は容赦という言葉を知らない。淡々と人体を破壊して真っ赤に染めていく。
「残念だったな。俺は人に情けをかけて身を滅ぼすほど馬鹿じゃない」
車の中にいる秘書が我に返り、足をもつれさせながら雇い主へと駆け寄る頃には、すでにもうこの争いは過去の出来事となっている。
青褪めた月に照らされる漆黒の髪は夜の一部となり、靴底が血溜まりに侵食される前にゆったりとその場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます