第22話 叙勲式
ノルド・ステーションでの宇宙海賊討伐から数ヶ月後。
俺、クロウ・フォン・フライハイト男爵の元に、
ホログラムで投影されたのは、仰々しい帝国の紋章と、洗練されすぎて逆に無機質な官僚のメッセージだった。
『フライハイト男爵。此度の宇宙海賊「ブラッド・ファング」撃退の功績、誠に大義である。卿を
通信が切れると、俺は執務室の椅子に深く沈み込み、呆れたように息を吐いた。
「……何の冗談だ、これは」
俺が呟くと、紅茶を淹れていたギリアムが穏やかに微笑んだ。
「おや、名誉なことではありませんか、旦那様。男爵位を金で買ったばかりの『初代』が、これほど早く中央からお呼びがかかるなど、前代未聞ですぞ」
「そこが気味悪いと言っているんだ。俺は
俺は鋭い視線を傍らのドロイドに向けた。
もし、あの超弩級戦艦の存在が露見していれば、勲章どころの話ではない。
帝国軍の総戦力を向けて俺を潰しに来るはずだ。
「ご安心ください、マスター。情報操作は完璧です」
シズが冷徹な声で答え、空中に報告書のコピーを表示させた。
「帝国軍に提出した戦闘報告書には、『男爵家の私設艦隊及び、現地の武装商船団の協力による総力戦』と記載してあります。宇宙海賊艦隊が全滅したのは事実ですが、その死因はラグナロクの惑星破壊兵器『
「監視衛星の破壊については?」
「『宇宙海賊側の捨て身の特攻により、不幸にも巻き込まれた』として処理済みです。帝国側も、辺境の旧式衛星が数個消えた程度、気にも留めていません。むしろ、コストをかけずに海賊を駆除してくれた『有能な番犬』が現れたと喜んでいるようです」
「なるほど。俺は使い勝手のいい、新しい犬候補というわけか」
俺は自嘲気味に笑った。
5万人の兵と超弩級戦艦を持つ俺を、危険分子として排除するのではなく、勲章という首輪をつけて体制側に組み込む。
彼らは俺が「ギリギリの戦力で海賊を倒した」と思っている。
まさか、指先一つで消滅させたとは夢にも思っていないだろう。
「どうされますか?無視することも可能ですが」
「いや、行くさ」
俺は立ち上がり、窓の外の虚空を一瞥した。
そこには見えないが、確かな俺の牙が眠っている。
「『1等民』――皇族の顔を拝めるチャンスなんて、そうそうないからな。俺たちを見下し、支配している連中がどんなツラをしているのか、特等席で確認してやる。それに、断れば余計な角が立つ。今はまだ、従順なフリをしておくのが得策だ」
「承知いたしました。では、フェンリルの出航準備を」
「ああ。ギリアム、ルルは屋敷で留守番だ。
「かしこまりました。お嬢様には、私が最高のおとぎ話を聞かせておきましょう。……お気をつけて、旦那様。
***
翌日。
俺とシズを乗せた戦艦『フェンリル』は、再び
前回は、人材を買う「客」として。
今回は、勲章を受ける「臣下」として。
だが、その腹の中に隠し持っているのは、どちらの場合も変わらぬ反逆の刃だ。
銀河の心臓部と呼ばれるこの惑星は、宇宙から見ても異常な輝きを放っている。
銀河を統べる帝国の総人口は、およそ1000兆人。
その1割に当たる100兆人が、この一つの「星」にひしめき合っている。
恒星そのものを覆い隠す天文学的建造物『ダイソン・スフィア』。
地表の全てが人工物で覆われ、階層都市群がどこまでも続いている。
下層民が住む地上はスモッグに覆われているが、1等民や2等民が住む上層区画は、常に美しい人工の青空と、完璧に管理された気候に守られている。
今回もまた、俺たちの背後には10万隻の艦隊が随伴していた。
ただし、
もし何か起これば、ワープアウトと同時に10万の砲門が
俺たちの船は、最上層区画にある皇宮専用のドックへと誘導された。
全長3000メートル、白銀の流体金属装甲に覆われたフェンリルの威容に、出迎えの近衛兵たちでさえ息を呑むのがわかった。
降り立った俺たちを出迎えたのは、白銀の鎧に身を包んだ身長が5mもある、近衛兵たちだ。
純白の仮面を被っており、顔はよくわからない。だが、その胸部にはわずかな膨らみがあり、女性だと思われる。
彼女らの装備は儀礼用に見えるが、その中身は最新鋭の全身義体だ。隙がない。
「こちらへどうぞ、フライハイト男爵」
案内されたのは、皇宮の一角にある『白亜の広間』。
壁も床も天井も、すべてが大理石と金細工で作られた、目が痛くなるほど豪華な空間だ。
そこには既に、数名の貴族たちが集まっていたが、俺が現れると、彼らは露骨に眉をひそめたり、扇子で口元を隠してヒソヒソ話を始めたりした。
「見ろ、あれが噂の成金か」
「元はどこの馬の骨とも知れぬ男だとか」
「野蛮な宇宙海賊退治で勲章とは、品がない。所詮は蛮族のやり方だ」
聞こえてくるのは嫉妬と侮蔑の声。
世代を重ねた世襲貴族たちにとって、金と武力で成り上がった俺のような存在は、目障りな異物に過ぎないのだろう。
俺はそんな雑音を無視し、堂々と胸を張って歩いた。
隣を歩くシズの美貌に、男たちの視線が粘りつくように絡みつくが、彼女は氷のような無表情でそれを跳ね除けている。
やがて、重厚なファンファーレが鳴り響いた。
「ゼルク殿下、ご入場でございます!」
広間の奥、巨大な扉が開き、一人の男が現れた。
その瞬間、空気が凍りついたように張り詰める。
これが、1等民の威圧感か。
ゼルク殿下と呼ばれたその男は、若かった。
見た目は20代半ば。透き通るような白い肌、黄金色の髪、そして宝石のように輝く紫色の瞳。
その容姿は、人間離れした美しさを持っていた。
だが、どこか作り物めいた、不気味なほどの完全さを感じさせる。
彼は玉座には座らず、優雅な足取りで階段を降りてきた。
その背後には、異様な威圧感を放つ黒衣の護衛たちが控えている。
彼は俺の前で立ち止まると、薄い唇に笑みを浮かべた。
「面を上げよ、フライハイト男爵」
鈴を転がすような、美しい声。
俺は片膝をつき、頭を垂れていたが、言われた通りに顔を上げた。
至近距離で見る1等民の顔。美しい。
だが、その瞳の奥には、人間に対する感情――共感や慈悲といったものが一切存在しないように見えた。
俺たちがアリを見る時と同じ、無関心な観察者の目だ。
「よくぞ参った。辺境での働き、見事であったと聞いている。凶悪な宇宙海賊団を、限られた私設戦力で見事に撃退したそうだな」
ゼルク殿下は、報告書通りの内容を口にした。
やはり、ラグナロクのことは露見していない。
彼は俺を「少しばかり戦の上手い、小金持ちの男爵」程度にしか見ていない。
「恐悦至極に存じます、殿下。領民の安寧を守るのが領主の務め。部下たちが命がけで戦ってくれたおかげです」
俺は殊勝な態度で頭を下げた。
「謙遜は美徳だが、結果こそが全てだ。帝国は、血統にあぐらをかく無能よりも、泥をすすってでも結果を出す『初代』を愛する。その忠誠と武勇を称え、これを授けよう」
ゼルク殿下は、侍従が差し出したトレイから、深紅のリボンがついた黄金の勲章を手に取った。
そして、自らの手で俺の胸元にそれを留める。
その瞬間。
俺の背後で控えていたシズが、わずかにピクリと反応したのを気配で感じた。
何かが、起きたのか?だが、殿下は何事もなかったかのように、勲章を留め終えた。
「有難き幸せ」
「うむ。……ところで、男爵。そちは貴族学校を出ておらぬそうだな?」
不意に、話題が変わった。
俺は一瞬、警戒レベルを引き上げた。
「は、はい。市井の出身ゆえ、学問の機会には恵まれませんでした」
「それは惜しい。力は申し分ないが、貴族としての『嗜み』や『人脈』が欠けていては、宝の持ち腐れというもの。……そこでだ。余の推薦により、そちを『帝国貴族学校』へ入学させてやろう」
「……は?」
思わず、素っ頓狂な声が出そうになった。
学校?この俺が?宇宙海賊を殲滅し、私設軍を率いる男爵が、今更学生になれと言うのか?
「もちろん、特別編入だ。期間は短いが、そこで帝国の貴族としての在り方を学ぶがよい。これは命令ではないが……余の顔を立ててくれるな?」
紫色の瞳が、妖しく細められる。
拒否権はない。
これは「勲章」という飴と共に与えられた、「監視」と「洗脳」のための鞭だ。
成り上がりの俺を学校という檻の中に閉じ込め、帝国の思想を叩き込むつもりなのだろう。
野良犬を飼い犬にするための、通過儀礼だ。
「……身に余る光栄。謹んでお受けいたします」
俺は深々と頭を下げた。
断れば、ここで反逆者認定だ。
それに、貴族学校には将来の帝国を担う高官の息子や娘が集まっている。
内部から帝国を崩すための人脈作りや、情報収集の場としては悪くない。
「よろしい。期待しているぞ、クロウ・フォン・フライハイト」
ゼルク殿下は満足げに頷くと、興味を失ったように背を向け、去っていった。
残された俺の胸には、重苦しい黄金の勲章が輝いていた。
***
叙勲式を終え、俺たちは逃げるようにしてフェンリルへと戻った。
船のエアロックが閉まり、防壁が展開された瞬間、俺はネクタイを緩め、吐き捨てるように言った。
「クソッ、なんて茶番だ。学校だと?お遊戯会に参加しろってか」
俺はソファにドカッと座り込み、勲章を乱暴に外してテーブルに放り投げた。
「シズ、酒だ。強いやつを頼む。あいつの顔を思い出したら、反吐が出そうだ」
しかし、シズは動かなかった。
彼女は直立したまま、深刻な表情で空間の一点を見つめている。
ドロイドである彼女がこれほど動揺を見せるのは珍しい。
「……どうした、シズ?」
「マスター。重大な報告があります」
シズがゆっくりとこちらを向いた。
その瞳の奥で、高速演算の光が明滅している。
「先ほどの叙勲式……ゼルク殿下がマスターに勲章を授与するため接近した際、私は彼の生体情報をスキャンしました。皇族の遺伝子データなど、通常は最高機密でガードされていますが、あの至近距離での接触により、微細な皮膚片と呼気からDNAの断片情報を採取することに成功しました」
「ほう、でかした。で、どうだった?あいつらは人間じゃなかったか?」
俺は冗談めかして言った。あんな整いすぎた顔、人間というより作り物に近い。
「……半分は、人間です」
シズの答えに、俺の手が止まった。
「半分?」
「はい。ベースとなっているのは、確かに純粋なホモ・サピエンスの遺伝子です。しかし、その螺旋構造の中には、明らかに異質な、人類ではない塩基配列が人為的に組み込まれていました」
シズが空中にホログラムを展開する。そこには、複雑怪奇な二重螺旋の図が表示されていた。
「照合の結果、この異質な遺伝子は……記録にある『コード:ネメシス』と99.8%一致しました」
「ネメシス……?」
俺はその名を聞いて、背筋が凍るような感覚を覚えた。
それは、数万年前に人類が遭遇し、銀河規模の大戦争を繰り広げた敵対的異生命体の呼称だ。
圧倒的な身体能力と、驚異的な再生能力を持ち、人類を滅亡寸前まで追い込んだ怪物たち。
歴史では、人類は英雄的な犠牲を払って彼らを打ち倒し、勝利したことになっている。
「おい、待てよ。ネメシスは絶滅したはずだろ?なんでその遺伝子が、帝国の頂点にいる皇族の中に混ざってるんだ?」
シズは静かに、しかし確信に満ちた口調で言った。
「マスター。以前惑星エンドの地下深層から発掘された、あの不気味な軍事データベースの件、覚えてらっしゃいますか?」
彼女は空中に別のホログラムウィンドウを展開し、かつて見たノイズ混じりのログを再表示させた。
「あそこには、断片的ではありましたが、現在の帝国の正史とは異なり、人類が異生命体ネメシスに負けた、あるいは“乗っ取られた”様なことが書いてありましたよね?あのデータベースの記述を信じるのならば……帝国の頂点に君臨する1等民――皇族のDNAから、絶滅したはずの『ネメシス』の遺伝子が検出されたことにも、恐ろしいほど辻褄が合うのです」
「推測の域を出ませんが……」
シズが淡々と、しかし恐ろしい仮説を口にする。
「もし、あのデータベースの通り『人類が敗北していた』のだとしたら……『人間』は、彼らの実験材料に過ぎません」
「……なんだと?」
「勝利したネメシス、あるいはその『なりすまし』たちは、人類という種を効率的に支配・管理するため、敗北した人類の指導者層を『器』として選定したのでしょう。そして、何十世代にもわたる遺伝子改良と人体実験の末に、人間の肉体に自らの因子を定着させることに成功した」
シズは氷のような冷たさで結論を告げた。
「つまり、現在の皇族は、異生命体が人間という『家畜』を統率するために作り出した、ハイブリッドな『牧羊犬』……あるいは、人間の皮を被った侵略者そのものです」
「……はっ、傑作だな」
俺は乾いた笑い声を上げた。
テーブルの上の酒瓶を掴み、グラスに注ぐのも待ちきれず、ラッパ飲みする。
「俺たちは、欲深い人間たちに支配されていると思っていた。だが違った。俺たちの王は、人間を品種改良して作られた怪物、あるいは俺たちを餌としか見ていない捕食者だったわけだ」
全てが腑に落ちた。
なぜ1等民や2等民が、下等民を虫ケラのように扱えるのか。
それは、彼らににとって我々が「同じ種族」ではないからだ。
彼らは自らを、人類という家畜を管理する上位種だと認識している。
だから、家畜を殺すことに痛みを感じない。
「敵は、ただの独裁者じゃない。人類の歴史そのものをレイプした寄生虫だ」
俺は酒瓶をテーブルに叩きつけた。
ガラスが砕け、琥珀色の液体が飛び散る。
「いいだろう。相手にとって不足はない。怪物退治なら、尚更やる気が湧いてくるっていうもんだ」
「マスター。貴族学校への潜入、危険度はSSSランクに跳ね上がりました。そこは、次世代の怪物たちが育つ巣窟かもしれません」
「上等だ。巣の中に潜り込んでやる。……もし奴らが人間を家畜化するための研究をしているなら、その研究所もどこかにあるはずだ。それを見つけ出し、暴露すれば、帝国は内部から崩壊する」
一般市民は知らない。
自分たちが崇める皇族が、かつての宿敵の血を引く侵略者の手先であることを。
その真実が明るみに出れば、信仰は恐怖と憎悪に変わるだろう。
「シズ、準備をしろ。学生になるぞ。ただし、優等生になるつもりはない。学校を揺るがす、最悪の問題児になってやるさ」
「承知いたしました。制服の手配と、裏工作の準備を進めます。……それと、学園内での護衛ですが、私も同行します」
「お前もか?」
「はい。生徒としてではなく、マスターの専属メイドとして。貴族学校では、生徒一人につき一名の従者の帯同が許可されています。あの化け物たちの巣に、マスターをお一人で放り込むわけにはいきません」
「フッ、頼もしい限りだ」
窓の外、煌びやかに輝く都市の光が、今では不気味な捕食者の眼光のように見えた。
叙勲式は終わり、新たな戦いの幕が上がる。
次は学校という名の戦場だ。
廃棄惑星に追放された俺、万能物質《マター》生産工場を手に入れて銀河最強の生産者になる 廣瀬誠人 @ma310
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