第21話 宇宙海賊退治
「宇宙海賊か……。ギリアム、来たぞ」
俺は立ち上がり、コートを翻した。
「経済の次は、治安の回復だ。領民たちに、新しい領主の『力』を見せてやるとしよう。ギリアム、フェンリル号を出せるか?」
「もちろんです、旦那様。いつでも出撃できるよう、暖機運転は済ませてあります。庭の害虫駆除も、執事の大切な役目ですからな」
ギリアムが恭しく一礼し、不敵な笑みを浮かべた。
俺たちは執務室を出ようとした――その時だ。
俺はふと足を止め、窓の外の宇宙を見上げた。
「……いや、待てよ」
俺の脳裏に、ある考えが閃いた。
だが、それでは俺個人の武勇伝が増えるだけだ。
これから俺が目指すのは、領地全体の軍事的な自立と、裏で準備している「革命軍」の実戦経験だ。
「予定変更だ、ギリアム。フェンリル号は待機させておけ」
「おや?では、どのように対処なさるので?」
俺は執務室のデスクに戻ると、惑星エンドへの超光速通信回線を開いた。
ホログラム・モニターに、訓練の煤にまみれたグレイ・ヴォルフの顔が映し出される。
『ボス……いや、閣下。なんだ、もう寂しくなって連絡してきたのか?こっちは今、新兵たちの根性を叩き直している最中でね』
「いいニュースだ、大佐。実地訓練の機会をやる。
俺は宇宙海賊艦隊の座標データを転送した。
ヴォルフがデータに目を走らせ、ニヤリと口元を歪める。
『宇宙海賊団『ブラッド・ファング』か。……おいおい、こりゃあデカイな。戦艦、巡洋艦、その他小型艇合わせて、総数3万隻。宇宙海賊団というより、独立国家の軍隊レベルだぞ』
「5万名の兵士たちを動員しろ。彼らの初陣だ。圧倒的な力で、完膚なきまでに叩き潰せ」
『了解した。で、どの艦を使う?何隻出すか?』
俺は少し考え、そして告げた。
「いや、単艦でいい。『ラグナロク』を出せ」
『……は?』
さすがのヴォルフも、その艦名を聞いて絶句した。
『ラグナロク』
オメガ・ドックの最深部に眠る、艦隊の中でも最大最強の旗艦。
旧時代の技術の粋を集め、来る決戦の為に建造された、全長20キロメートルに及ぶ超弩級戦艦だ。
『おいおい、正気か?たかが宇宙海賊相手に、神殺しの剣を抜く気かよ。オーバーキルにも程があるぞ』
「ハエを叩くのにハンマーを使う。それが『絶対的な恐怖』を植え付ける一番の方法だ。それに、5万人全員を一度に乗せて運用訓練をするには、あの船が一番手っ取り早い」
『……ククッ、違いない。あのバカでかい図体なら、5万人乗せてもゴーストシップみたいにスカスカだろうがな』
ヴォルフは愉しげに笑った。
「それともう一つ、仕事がある。惑星エンドから出撃する際、上空にある帝国軍の監視衛星も掃除しておけ」
『監視衛星?帝国軍の備品だぞ。壊せば
「構わん。許可なら取ってある――事後承諾でな。『宇宙海賊討伐の緊急発進に伴う余波で、不幸にも故障した』ことにする。あるいは『宇宙海賊の流れ弾が当たった』でもいい。報告書はどうとでもなる」
『了解。掃除ついでに空も綺麗にしていくとするか。……総員、配置につけ!実戦だ!』
通信が切れる。
俺は再び窓の外、迫りくる宇宙海賊艦隊の方角を見据えた。
ギリアムが新しい紅茶を淹れながら、苦笑する。
「旦那様も人が悪い。あの宇宙海賊たち、少しくらいは夢を見させてやればよかったものを。……悪夢で目が覚めることになりそうですな」
惑星エンド。
地下50000メートルに広がるオメガ・ドックが、かつてないほどの高エネルギー反応に震えていた。
5万名の兵士たちが、広大な通路を走り、巨大なエアロックへと吸い込まれていく。
彼らが乗り込むのは、視界に収まりきらないほどの黒き巨体。
超弩級戦艦『ラグナロク』だ。
艦橋は、それ自体が一つの大広間のような広さを持っていた。
ヴォルフは中央の指揮官席に座り、慣れない手つきでコンソールを操作する元5等民のオペレーターたちに檄を飛ばした。
「ビビるな!AIサポートが貴様らの未熟な操作を補正してくれる!貴様らはただ、目の前の敵を殺す意志を持てばいい!」
「は、はいっ!メインエンジン、出力上昇!臨界点突破!」
「よし。オメガ・ドック、天蓋開放。『ラグナロク』、発進!」
ズズズズズ……!!
惑星の地殻が悲鳴を上げ、大地が割れる。
赤茶けた荒野に巨大な亀裂が走り、そこから黒い山脈のような船体が浮上を開始した。
砂嵐を切り裂き、重力を無視して上昇するその姿は、まさしく神話の怪物の目覚めだ。
大気圏離脱コース上。
ヴォルフはモニターに映る小さな光点――帝国軍の監視衛星を睨みつけた。
「進路上の障害物を排除する。副砲、照準合わせ」
「て、照準固定!」
「撃て」
ラグナロクの側面にある、無数にある砲塔のごく一部、副砲の一門が火を吹いた。
放たれたのは大出力ビームだ。
青白い光の帯が空を走り、監視衛星を掠めた――いや、直撃する必要すらなかった。
その余波だけで、衛星は原子レベルまで分解され、光の粒子となって消滅した。
「障害物排除確認。大気圏離脱!」
ヴォルフは鼻を鳴らした。
「脆いもんだ。帝国の目玉も、俺たちの前ではガラス玉以下だな。……よし、
ノルド・ステーションの周辺宙域。
宇宙海賊団『ブラッド・ファング』の艦隊は、無防備なステーションを前に勝利を確信していた。
「ヒャハハ!聞いた通りだぜ!監視衛星もねえ、軍の駐留部隊もいねえ!あるのはボロいステーションと、成金の男爵様だけだ!」
宇宙海賊船のブリッジで、船長が下卑た笑い声を上げていた。
「野郎ども、まずは港を制圧しろ!金目の物は全部奪え!新しい工場で作ってるドロイドも高く売れるらしいぞ!抵抗する奴は宇宙へ放り出せ!」
彼らは完全に舐めきっていた。
この辺境の領主など、脅せばすぐに金を出す臆病者だと。
その時だった。
空間センサーが異常な数値を弾き出したのは。
「せ、船長!超高質量の重力反応!至近距離にワープアウトしてきます!」
「あぁ?帝国軍か?チッ、逃げる準備を……」
「ち、違います!規模がおかしいです!質量反応、計測不能!こ、これは……超弩級戦艦です!?」
「はあ!?何を寝言を言って……現代に超弩級戦艦なんて存在しねえ...」
空間が歪み、裂ける。
そこから現れたのは、巡洋艦でも戦艦でもなかった。
宇宙海賊たちの視界を、そして思考を塗りつぶすほどの、圧倒的な「壁」。
全長20キロメートル。
ノルド・ステーションすら小さく見えるほどの超巨大戦艦が、宇宙海賊艦隊の目の前に鎮座していた。
漆黒の装甲に、血のような赤いラインが走るその姿は、死神そのものだ。
「な、な、なんだありゃあああああッ!?」
宇宙海賊船長が悲鳴を上げる。
彼らの乗る戦艦など、ラグナロクの
数万隻の大艦隊ですら、この巨体の前では羽虫の群れにしか見えない。
ラグナロクのブリッジから、全帯域通信を通じてヴォルフの声が響き渡る。
それは宇宙海賊たちの耳元で唆されているかのように鮮明だった。
『こちら、フライハイト男爵領・私設防衛艦隊旗艦『ラグナロク』。貴様らが領海侵犯及び略奪行為を企てた宇宙海賊だな』
「し、私設艦隊だと!?こんな化け物を持ってる男爵がいてたまるか!」
『降伏勧告は行わない。貴様らは害虫だ。害虫に権利などない』
ヴォルフの冷酷な宣告。
同時に、ラグナロクの船首が宇宙海賊艦隊に向けられた。
そこにあるのは、艦の全長に匹敵するほどの巨大な発射口。
新兵器、惑星破壊兵器『
「目標、敵艦隊中央。チャージ率、1%。……フッ、1%でも過剰火力か」
ヴォルフが獰猛な笑みを浮かべ、トリガーに手をかけた。
「消えろ。『
ズウゥゥゥゥン……!
空間そのものが悲鳴を上げた。
発射されたのは、光ではない。
漆黒の闇だ。
重力崩壊を起こした極小のブラックホールに似たエネルギービームが、宇宙海賊艦隊の中心へと放たれた。
「な、なんだこれは……!?吸い込まれ……うわあああああっ!!」
着弾の瞬間、闇が膨張した。
それは周囲の空間ごと、数万隻の宇宙海賊船を飲み込み、押し潰し、素粒子レベルまで分解していく。
爆発音すら聞こえない。
光も、音も、物質も、すべてが漆黒の球体の中に消えていく。
圧倒的な静寂と、絶対的な破壊。
数秒後。
闇が収束し、消滅すると、そこには何も残っていなかった。
数万隻の艦隊も、数億人の宇宙海賊たちも、デブリ一つ残さず、宇宙から拭い去られていた。
完全なる消滅。
ラグナロクのブリッジでは、一瞬の静寂の後、5万人の兵士たちから割れんばかりの歓声が上がった。
「やった……やったぞ!」
「俺たちの勝ちだ!」
「見たか帝国!これが俺たちの力だ!」
彼らは抱き合い、涙を流して喜んだ。
今まで逃げることしかできなかった彼らが、初めて手にした圧倒的な勝利。
自分たちの操る艦が、敵を一撃で粉砕したという事実は、彼らに強烈な自信と誇りを植え付けた。
ヴォルフは騒ぐ兵士たちを見守りながら、深くシートに背を預けた。
「……フン、呆気ないもんだ。だが、いい初陣にはなったな」
ノルド・ステーション、男爵屋敷の執務室。
俺はモニター越しにその一方的な蹂躙劇を眺め、満足げに頷いた。
「素晴らしい威力だ。やはり『ラグナロク』は桁が違うな」
「ええ。ですが旦那様、少々やりすぎたかもしれません。ステーションの反対側でも強力な重力震を観測しました。窓ガラスが何百枚も割れたとの報告が入っております。監視衛星は事前に破壊してありますので、帝国軍には感知されませんが」
ギリアムが苦笑しながら、割れたティーカップの破片を片付けている。
「経費で直しておけ。それよりシズ、帝国への報告書だ」
「はい、作成済みです。『宇宙海賊の大規模艦隊が来襲。我が領の防衛隊が迎撃に成功するも、激しい戦闘によりエンド周辺の監視衛星に流れ弾が命中、ロスト。宇宙海賊艦隊は動力炉を暴走させて自爆特攻を試みたため、残骸は回収不能』……これでよろしいでしょうか?」
シズが無表情で読み上げる内容は、事実とはかけ離れた出鱈目だが、証拠が何も残っていない以上、帝国も追求しようがない。
「完璧だ。送信しておけ」
これで、近隣の宇宙海賊や小賢しい領主たちは、二度と手出しできまい。
そして帝国も、「辺境になかなか骨のある私設軍を持つ男爵がいる」と認識するだろうが、まさかそれが自分たちを滅ぼす牙だとは夢にも思うまい。
「パパ!すごーい!おっきな船!」
ルルが部屋に入ってきて、モニターを見てはしゃいでいる。
「ああ、すごいだろうルル。あれが、俺たちの守り神だ」
俺はルルを抱き上げ、その頬にキスをした。
平和な日常と、圧倒的な暴力。
その二つを両立させながら、俺の国作りは加速していく。
「さて、ギリアム。掃除も終わったことだ。中断していたティータイムの続きといこうか」
「かしこまりました。今度は少し強めの茶葉をご用意いたしましょう。勝利の余韻に相応しいものを」
俺たちは静かにグラスを傾けた。
遠く宇宙の彼方で、新たな時代の足音が響き始めていた。
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