朝飯前の誓い(カクヨムコン11お題フェス:卵)

悠鬼よう子

朝飯前の誓い

 年の瀬も押し迫った八百屋の前で、卵を眺めながら熊さんが首をひねっておりましてね。


 この熊さん、長屋住まいの浪人で、懐も寒い。


「なあ八っつぁん、卵ってのは不思議なもんだな」


「また難しい顔してどうしたい、年の暮れに」


「中はまだ何にも決まっちゃいねえのに、割った瞬間、もう『朝飯』になる。立派なもんだ」


 八っつぁん、卵を並べながら言います。


「卵ってのはな、未来を先取りしてる。殻の中に『これから』が入ってるんだ」


「なるほどな……じゃあ、俺の来年も、こんなもんかね」


 熊さん、卵を一つ手に取って、じっと見つめます。


「新年に書き込む願いってのは、この殻みてえだ。中身は白紙、割り方次第」


「覚悟がねえと、何も出てこねえぞ」


 しばらく黙っていた熊さん、ぽつり。


「なあ八っつぁん、俺ぁ来年こそ、浪人暮らしにケリをつけてえ」


「珍しいこと言うじゃねえか」


「だからよ……腹を決めて、生き方を変えようと思ってな」


 八っつぁん、慌てて卵を引っ込めまして。


「熊さん、決めるのはいいが――割るのは卵だけにしときな。年明け早々、騒ぎは御免だ」


 八っつぁん、卵を紙袋にしまいながら、ひとつ咳払い。


「まあ熊さん、卵は朝飯、腹は大事。割る順番を間違えなきゃ、来年もどうにかなりまさぁ」


 熊さん、照れくさそうに頭をかいて、


「へえ……まずは卵一つ、腹八分でいきますかね」


 八っつぁん、にやりと笑って、


「それが一番の願掛けだ」


 ――てなことで、

 年の瀬の八百屋は今日も平和。

 お後がよろしいようで。

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朝飯前の誓い(カクヨムコン11お題フェス:卵) 悠鬼よう子 @majo_neco_ren

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