第2話


「あ……、」


「けいちゃんっ! それ、かっこいい姿ね!」

「けいくん、うちで働く気になったの?」


 双子の姉妹が、向かい合わせでテーブルを挟んで座っていた。姉は両肘をついて、妹は背筋をぴんと伸ばして礼儀正しく。……双子だけど見分けられないわけじゃない。


 妹の方は姉と比べたら髪も短く、結ばずに下ろしている。色もほんのちょっとだけ明るい赤髪なのだ。なにより、妹の方はおれのことをけい『くん』と呼ぶ。


 どうしてかは分からないけど……。


「いや、働く気はないって……今だけ臨時で――」


 テーブルにホールケーキを置く。

 そこで気づいた……「あれ?」


「どうしたの、けいちゃん?」


 広い部屋、少し物足りないけど、手作り感があるパーティ会場だった。

 姉妹が協力して作ったのだろうか。……だろうなあ、もしもメイドや執事に言えば、もっとプロ級の腕前でセッティングしてくれるだろうし。


 でも、そうはしなかった。見映えではなく手作りという愛を重視したのかも――飾り付けと一緒に、『誕生日おめでとう ベリー&ショコ』の文字があった。

 ……姉妹がお互いのことを祝うつもりで…………え、今日、誕生日なの?


 思っただけのつもりが口に出ていたらしい。


「そうだよ、誕生日なの。――あ、そのバラ……、もしかしてけいちゃんも祝ってくれるってことー?」


「けいくん、女の子にプレゼントでバラを渡すなんて……男前ね」


「いや、おれ、さっき拉致されたんだけどさ……え、知ってるよな……?」


 ふたりの指示じゃなかったのか? じゃあ、おれは誰にどうしてこの屋敷まで拉致されたんだ……? 謎が謎を呼ぶ――が、分からないことを考えても仕方ない。


 今は、一年に一度の記念日だ。

 たとえ魔女でも、誕生日は祝うべきだろう。


「――ま、いいか。じゃあこれ、あげるよ……バラ。あとこれもあるんだけどさ……」


 執事服の内側にしまっておいた、首からかける茎の輪と花飾り。それをふたりの首にかける――さらには小さなろうそくを、ケーキの上に立てて、マッチで火を点ける。


 準備がいいね、と言われたけど、偶然だ。後々役に立つだろう、と思って持っていたけど、まさかこんな風に活躍するとは夢にも思っていなかった。


 ふたりが今日、誕生日である、という前提はまったく頭になかったしな。

 道具だけ見ると、まるでおれが用意したみたいだった。


「けいちゃんが準備したサプライズパーティーみたいだね」

「いや、そんなつもりじゃないけど……」

「けいくん、サプライズを企てるなんて、かわいいね」


 魔女ふたりがおれを見ながらくすくす笑う。

 くすくす、だけど、バカにした感じは一切なかった。


 ふたりともが、「ありがとう」と言ってくれた。……サプライズのつもりがないのに、結果、サプライズみたいになったから……、感謝されるようなことはしていないよ。

 まあ、こうして誕生日だと知ったなら祝いたいけどね。


「けいちゃん、私たちのこと好きすぎよね」

「普段のいやよいやよも……好きのうちなの?」


「だって普段は血を吸わせろとか言うからさ……それに、おれを使って魔女の儀式を成立させようとするじゃん。そりゃ嫌だろ、どうなるか分からないんだし」


 魔法、儀式……せめてなにが起こるのかだけは教えてほしいんだけど。


「――けいちゃんを魔女にする、と言ったら?」

「え、魔女? ……おれ、男なんだけど……」


「性別も変えちゃう魔法もあるんだよね――実際にやるなら準備が大変だけど」

「そんな魔法があるのか……だとしても嫌だけど!? 女になんてなりたくないよ!」


『女、なんて?』


 あ、地雷を踏んだ?

 魔女、というか女性全般の地雷だ。


「いや……その……だって女になったらさ……」


 男として生まれたんだし、最低限、ロマンを叶えてからだ。

 女になるとしても、それから――。

 なるなら、の話だけどな。ならなくていいならならないよ。


「言い方が悪かったね、ごめん……」


「素直に謝れるのがけいくんの良いところ。許す。ほら、一緒にケーキ食べよ」

「いいの?」


「そのためのホールケー……あ」

「??」


 妹のショコが、しまった、みたいな顔をしたけど……なにが?


「いいから、けいちゃん、早く座って食べようよ――――はいあーん」


 姉のベリーが、フォークで生クリームを取っておれの口元へ……

 そのあーんはなんのために!?


「儀式のためよ、これでけいちゃんを使い魔にするの」

「女じゃなくて今度は使い魔か!? じゃあ、翼とか尻尾とか生えるのか!?」


「そういうイメージなの? ……まあでも、うふふ、どうなのかなー?」

「使い魔のけいくん……うん、すっごい欲しい」


 妹もまた、フォークでスポンジ部分を取り出しておれの口元へ寄せてくる。

 姉からは生クリーム……合わせてケーキが完成するわけだ。


 そのためにはこのあーんを受け入れなければいけないわけで……うーん……、あーん。

 ぱく、と、おれは誘惑に抗えずに食べてしまった。

 これが儀式なら、おれは使い魔への一歩を踏み出したことになる……いいのかな……?


「けいちゃん、せっかくだし、三人で写真とろっ、スリーショット! いいでしょ?」

「撮ろうよけいくん。これも儀式だよ。魔法に必要なの」


「儀式なら仕方ないか……って、言っておくけどおれは女にも使い魔にもなりたくないぞ!?」


「賢くなる魔法……もあるよ?」

「その魔法は欲しい! ――次、なにすればいい!?」


 現金なやつ、と思われても仕方ない。実際、現金な考えだし。

 賢くなる魔法は魅力的だ。


 相手が魔女だから、どんな代償を支払わされるかは分からないけど……

 その代償を払ってでも欲しいものである。


 賢くなれば――おれはもっと、魔女を理解できるはずだから。


「けいちゃん」

「けいくん」


「あ、呆れないでよ、ふたりとも……」



「賢くなりたいなら」


「魔法をかけてほしいなら」



『――もっともっと、たくさんの儀式をしないとね』







 実際のところ、アレクサンドラ姉妹は

 本当に。


 ただのヨーロッパ生まれの日本育ちの女の子――姉妹である。


 そんなふたりの魔女設定を、なぜか信じているのが「けいちゃん(けいくん)」こと一色いっしきけいであった。


 色々と勘違いやタイミングなどで動かぬ証拠(らしきもの)を見た彼は、ふたりのことを魔女だと信じてしまった。


 誤解なら早く解いた方がいいのだが、アレクサンドラ姉妹は誤解を解かぬまま、魔女として彼と接している――なぜか。


 だって……、魔女設定でいた方が、アプローチできるから。


 魔女でいないと惚れた彼に声をかけられないから。


 儀式という設定がなければ、大胆なこともできないから――



 姉妹には必要な嘘だった。ロールプレイングだった。


 だから、この設定は続くのだ。

 アレクサンドラ姉妹の魔女ごっこは、一色景が疑うまでは、どんなに嘘みたいな設定でも続くのだろう。



 ――まったくもう、と嬉しそうに姉が言った。


 ――ほんとにね、と妹もまた、微笑みながら言ったのだ。




『魔法にかかったのは、こっちよ』





 ・・・ おわり

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双子魔女(仮)のわがままアプローチ 渡貫とゐち @josho

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