双子魔女(仮)のわがままアプローチ
渡貫とゐち
第1話
放課後、靴箱の前で「けいちゃん」――と、聞き慣れた声に呼び止められた。
外靴に伸ばしていた手を止め振り向こうと――したら、できなかった。その前に目隠しをされたのだ。黒い布で、視界は完全に真っ暗になった……それだけじゃない。
両手を縛られ、その後はあっという間に意識が……消えかかる――
そう、魔女の魔法によって、だ。
声の主は学園で唯一(唯二?)の魔女……その片割れ。
アレクサンドラ姉妹の姉の方だ――ベリー・アレクサンドラ。
このまま拉致され、おれは彼女たち姉妹に生き血を吸われるのだ……。
「怯えなくていいのよ、けいちゃん……痛くないし、すぐだからね」
「…………、痛みもなく、血が、全部、吸われるのか……ぁ?」
姉からの反応はなく、女子とは思えない力で(魔女だから?)引っ張られた。そして空気が変わった。ブロロロ、とエンジン音。どうやら車に詰め込まれたらしい。
座席に座ったところで、なんとか堪えていたけど意識が完全に落ちてしまった。
だって、車の座席がふっかふかだったから――そりゃ寝ちゃうって。
目を覚ました時、まず目に入ったのが近い天井だった。低い天井なのか、体が沈むようなベッドが高い位置にあるのか、どちらかだと考えてみたが……答えは、見えている天井が部屋のものではない、だった。
天蓋付きのベッドだったのだ。
しかもピンク色でとってもファンシーだ。男子を寝かせる部屋ではない。生活できるならどこでもいい、と選り好みしないおれでも、ここは恥ずかしくなってくる。
枕元に等身大のペンギンのぬいぐるみがある寝起きなんて初めてだった。
魔女の寝床だとしたら、このペンギンもぬいぐるみかどうかも怪しい……等身大ってところが胡散臭くなってくる。動き出すんじゃないか? 魔女の魔法で。
ひとまず起き上がる。人をダメにするふかふか加減だったけど、いくら素材の良いベッドでも親しんだ愛用枕でないと居心地が悪い層もいるわけだ。
寝れても二度寝はできないおれは魔女のベッドに依存することはなかった……ふう。
ベッドに制服で乗るのも罪悪感があった……白シャツとは言え、いけないことをしているみたいだった。それはさておき――見える位置に、体に傷がないかを確認する。
噛まれてないか? 血を吸われていないか?
首元を一番確認したかったけど、鏡がないから確認できなかった。
指で触れてみれば、まあ、うん、ないかな……。
まだ噛まれていなかった。
……魔女だけど、吸血鬼みたいなイメージがある。これはあの姉妹が悪い。彼女たちがそれっぽいことを言っていたのだから、イメージが固まるのもおかしくはない。
だって、
「けいちゃん、あんたの血を吸わせろ」
「けいくん、あなたの血、吸わせてくれる?」
――と、双子それぞれからそんなことを言われたら、血を吸うのが魔女だ、と思ってしまうだろう。魔女なのか吸血鬼なのかそのどちらもなのか。
アレクサンドラ姉妹は、おれでもまだ抱えきれない秘密を持っているのだろう。
傷の確認を終えて(気に出したらきりがないので強制的に辞める)、ベッドから降りる。あ、ベッドも高さがあったみたいだ。思ったよりも高さがあって想定よりも着地が遅れた。
ひゅ、と内臓が浮き上がった感覚……内臓に悪いな……。
部屋にあった出窓に近づき外を見る。
広い敷地が見え……、なるほど、コの字型のお屋敷だった。
中にいると全体図は分からないけど、相当大きいことが想像できる。
敷地の中を悠々と歩いている、もじゃもじゃの白い犬が見えた。……大きいな。
窓から見下ろしてるのに……。
遠近法でもまだまだ大きいのだから、相当大きいはずだ。
もじゃもじゃだけど番犬なのかな?
一応、おれは囚われの身だろうけど、ある程度の自由はあるらしい。だが、たとえば、窓から外に出たら、あの番犬に吠えられてすぐに連れ戻されるだろう。
番犬どころか魔女の姉妹を相手するにしても、手元にはなにもなく、心許ない……。
「部屋になにかないか……?」
人の家の棚を勝手に漁るのもどうかと思ったけれど、拉致されているのだ、こっちが気を遣う必要もないだろう。
大きな扉のクローゼットを左右に開いて、棚の引き出しを開ける。
うっすーい、透け透けな女性用下着だった。
――バン! と棚に戻して閉める。あ、つい反射的に……。
あの透け透けパンツが姉妹のどっちかのものだったとしたら、今の反応は、これはこれで傷つけてしまうかもしれない。
かと言ってまじまじも見れないし……、正解なんてきっとないのだろうな。
ていうか、ああいうの穿くんだ……いや、双子のって決まってわけじゃないけど。
普段、着用するとも限らない。魔女なんだから、儀式のアイテムかもしれないな。
「あ……マッチ、と……ろうそく……」
小さなものだ。手元を照らすくらいは役に立つだろう。
持っておいて損はないはず……たぶん。邪魔になるものでもない。
他に使えそうなアイテムは……と探してみたけど、マッチとろうそくだけで他にはなかった。
この部屋の探索場所はもうなさそうだ――部屋を出る。
閉じ込められてる気もしたけど、扉は開いた。簡単に。
力を入れずとも扉は開いたのだ……まるで、おれを外へ誘うように。
「……いない」
廊下には赤い絨毯が敷かれていた。靴で上を歩いていいのか迷う高級感だ。
普通に生きていたら縁がなさそうな廊下に、一歩踏み出す。
――コの字型のお屋敷というのは分かっているが、屋敷案内図がないと自分がどこにいるのかさえ分からなくなりそうだった。……実際、部屋から出て数秒で不安になってきた。
一本道だけど部屋が多いし、人に見つからないように、となるとシンプルな道は隠れにくくなる。すると――、話し声が聞こえてきた。
曲がり角の先にいるメイド、だろうか。おそるおそる覗くと――やっぱりメイドだった。
それと、もうひとりは……姉!?
赤髪を左右で結んだツインテールの姉。
アレクサンドラ姉妹――ベリー・アレクサンドラ、本人だった。
「攫ってきたあの子ですが、どうするおつもりですか、お嬢様」
「もちろん、食べるつもりよ。だから大きなお皿を準備してくれる?」
はい、ただいま。と足早に去っていくメイド。
大きなお皿……まさか、おれを乗せて調理するつもりか!?
魔女のように。
……魔女にそんなイメージもないのだけど、魔女がなにをしても魔女っぽいになってしまうだろう。だって魔女がすればなんでも魔女がしたことになるのだから――。
足音を立てずに、ゆっくりと引き返す。
当然だけど、アレクサンドラ姉妹は日本人ではない。ヨーロッパの方の、どこかの国生まれで、物心ついたと同時に日本育ちになった、と聞いたことがある。
だから日本語がぺらぺらでも見た目は完全に日本人離れしている。だから美人なのだろう……いや、美魔女と言うくらいだし、魔女は軒並み美人なのかもしれない。
「うわ、やべっ」
引き返した先から、またメイドの声がした。
今度は近づいてくる……このままだとばったりと出会ってしまうだろう。
すぐ近くの扉が、なぜか少し開いていたので、甘えるように逃げ込んだ。
そこは、さっきのファンシー部屋とは違うが、雰囲気が違うだけで子供部屋だった。
おもちゃばかりが散乱している。その内のひとつに足を取られ、転んだ時に指になにかが引っ掛かった……見えないけど、糸……?
ぐ、っとなにかを引いたようで、気づいたら上から金と銀の紙吹雪が落ちてきていた。頭や肩に乗ってるそれを体を振って落とす。
そこで気づいたが、首にもなにかかかっていた――花の輪っかだ。
茎で輪を作り、花を絡ませている。
輪を小さくすれば頭の上に乗せられる王冠にもできそうだ。
元々、そういうものだろう。輪が大きくなったから、首にかかってしまっただけで。
首には花の輪っかで、頭と肩には金と銀の紙吹雪が残っている……ひとりではしゃいでいるパーティ野郎になっていないだろうか。
場違い、と言えるほど周りになにかあるわけでもなかったけど。
「――バラ、バラっ」
「うわびっくりした!? …………鳥かご……インコ?」
「バラ、バラ……バラをもて、バラをもてっ」
高い位置にいた鳥かごの中のインコが繰り返す――バラをもて?
部屋を見回すと、あった。花瓶に刺さっているバラの束だ。
インコはそれを数本、つまんでいけ、と言っているのか……いいの? 勝手に。
拉致した向こうが悪い。だとしても、おれも色々とやりすぎてる気もするんだが……。
「バラ、バラ、もっていけっ、ひつようだっ」
「なんか、脱出ゲームやってるみたいだな……後で役に立つってこと?」
仕組まれた脱出ゲームなら、無駄にはならないだろう。
納得はできなかったものの、マッチやろうそくと同じで、あっても損はしない。
ので、二輪ほどつまんで持っていくことにした。なぜ二輪なのかと言えば、一輪だと喧嘩になりそうだったからだ。
ともあれ、メイドたちをやり過ごすことはできたと思う……、扉へ向かった。
廊下は……うん、ひとけはない。
足音も、耳を澄ましても聞こえなかった……大丈夫。今なら移動できる。
道中、階段を見つけて下のフロアへ。
そこで、おれはメイドの集団と避けられない鉢合わせをしてしまいそうになる。前と後ろから囲まれてしまったから、見つからないことはもう無理だろう……、だったら。
近くの扉を開けて、中へ入る。
隠れるためではなく。……ここは衣装部屋だ。
たくさんの執事服があった。
すぐに着替え、執事服に身を包む――
鏡がないので分からないが、上手く着こなせているのだろうか?
衣装部屋の掃除にやってきたメイドたちが、おれを見て「おつかれさまでーす」と挨拶をしてくれた。
拉致してきた『おれ』、ということには気づいていないみたいだ……喋ってぼろが出る前に出てしまおう。
おれは「ご苦労様」と労って部屋の外へ。
ふう、と安堵していると、今度こそ、終わった――と思った。
だって同じ執事服を着ていたから。……物静かな男性だった。これぞ執事、だ。
内心、びくびくしていると、ホンモノの執事が言った。
「ちょうどいい、配膳をお願いしたい」
「え……」
「こっちだ。ついてきなさい」
――仕事を任された。
苺が上に乗っている、大きなホールケーキをとある部屋へ運ぶ。
扉をノック。
「失礼します」と挨拶をして中へ入ると……そこには――、
魔女がいた。
アレクサンドラ姉妹である。
・・・ つづく
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