第2話
見つけた小さな洞穴の中で震える。
風をしのげるだけで冷気から守られているわけではない。
じわじわと、体の芯が冷えたことで体力が奪われていく……。
心許ない厚着だが、着ないよりはマシだろうと考えていた。
が、既に意味はないだろう。
着ているはずなのに裸で丸まっているように寒かった。
まあ、裸だったらもっと寒いのだろうけど……。
震えることに飽きたゆかぽんは、リュックに詰めた遊び道具を取り出した。
寒さを紛れさせるように、気持ちを逸らす。
できるだけ集中できる遊び道具を――。
取り出したのは砂利を布で包んだ玉だ。
お手玉……、みっつ、よっつ……さらに数を増やす。
五つ、六つ――どんどん増やしていく。
投げては受け取り、また投げてを繰り返す。
ゆかぽんは玉をひとつも落とさなかった。
段々と指先が体温を取り戻していく。
高い集中力のおかげで寒さに気を取られなくなってきた。
だが、やはり長くは続かなかった。
ぽん、と玉のひとつが落ちてゆかぽんの額に当たった。
「あぃだっ⁉」
そして、ひとつが落ちれば残りも落ちてくる。気づけば十個の玉が、宙と手をいったりきたりしていたようで……、ぼとぼとと落ちてきたそれを頭で受け止めた。
少しは温まったと思っていたが、寒さを思い出すと一気に指先が冷えてくる。
慣れていた感覚から一度目を逸らしてしまったからか、さっきよりも寒く感じた。
あっという間に。
冷え切ってしまった手は、寒さによって痒いし、痛いしで……限界だった。
玉を掴んでいるという感覚もなかった。
「……あ、……」
ふ、と意識が落ちかけた。
眠くなってる……。
うとうと、としてしまい、落ちていく意識に抗えなかった。
壁に背中をくっつけて、そのままずるずると落ち、ゆかぽんが意識を落とした――――
ふと、温かくて目が覚めた。
まぶたは閉じたまま、頭の裏の柔らかさに気づいた……。
あと、熱を持っている。
それが気持ち良くて、寝入ってしまったのだろう。
こんな場所でも熟睡できたようで、意識がスッキリとしている。
目を開けると、目の前に見えたのは美人のお姉さんの顔だった。
ウサミミだった。
しかも、露出が多い、赤いえっちな服を着ていて…………ウサミミバニーさん⁇
「やっほ、ゆかちー。だいじょーぶ?」
「ふぁっ⁉」
「あらかわいい間抜け面。あ、二度寝はダメよ? 今度こそ死んじゃうからねー」
……ぴんと立った赤毛のウサミミ。
肌色の面積が多い。
着ているのは艶のある赤いバニー衣装。
太ももから足先まで包むのは黒い網タイツで…………ここ雪国なんだけど⁇
ゆかぽん以上の薄着で、しかしバニーさんは高い体温を持っていた
だとしても、見ているこっちがより寒くなる格好だ。
カジノで働いていそうなお姉さんである。
……彼女がどうしてこんなところで?
遭難中?
バニーのまま⁇
「ん? じっと見て、どした?」
「あ、う……」
バニーさんの太ももを後頭部で堪能していると、彼女が前屈みになる。
そこで、彼女の巨乳がゆかぽんの顔にぶにゅう、と押し付けられた。
下から上から熱で包まれて幸せな気分に浸れる……、寝ちゃダメと言われたけど、これは寝てしまうだろう。
再び強い睡魔がやってくる……ただしこれは健全な方の眠気だ。
「ダメだってば。はいはい起きて! 外、もう吹雪がやんでるから、出るよ!」
「え、……うん……。ところで、バニーさんでいいの……?」
「そうよ、バニーさんよー」
バニーさんがゆかぽんの手を引き、洞穴の中から外の世界へ連れ出した。
雨宿りならぬ、雪宿りも終わりだった……。
外に出てみれば、一面が雪景色。まあ今更であるが。
吹雪の時よりは視界が良好だが……しかし雪ばかりである。
雪以外になにもない。そりゃあ、雪の国なのだし?
「バニーさんも遭難者なの?」
「『そうなん』よねー」
「……寒いね」
「あら、どっちの意味?」
ギャグなのかガチなのか分かりづらかった。
遭難だとしたら、彼女には焦りが一切なかったけれど。
慣れているのかもしれない……遭難に。
そうなんかな?
そんなこんなで雑談をしながら下山する。
気づけばゆかぽん、登山していたらしい……村はふもとのはずだったのに。
登っていることにも気づけなかったのは、ゆかぽんに旅の経験がないからなのか、それとも寒さによる極限状態が気づかせてくれなかったのか……どっちもだろう。
慣れていないゆかぽんが全ての元凶だ。
それにしても、バニーさん……ゆかぽんを連れて国へ引き返さなかったのは意外だ。
ゆかぽんを助けるつもりなら、まずは近場の国で体勢を整えるだろうに。
「あれ? 戻りたいの?」
「……いや、ううん、進む……このままいっちゃう!」
じゃないとまた、暖炉の前で居座って、引きこもってしまいそうだから。
「でしょー?」
バニーさんと手を繋ぎながら。
ゆかぽんは初めて雪の先へ抜けることができた。
あ、ちょっと暖かい……。
雪の国から外へ出た、という実感があった。
「――バニーさん、ここまでありがとうございましたっ」
「はーい、どういたしましてー」
ゆかぽんがしっかりと頭を下げた。
親しき(ほどではないが)仲にも礼儀あり、だ。
流れ上、自然な同行だったが、お礼はきちんとした方がいいだろう。
頼んでないのに、とは、死んでも言うものか。
生かされた命だ。
「バニーさんはこれからどうするの?」
「じゃあ、ゆかぽんについていこうかなー」
「……え、なんで⁇」
「楽しそうだし」
バニーさんの目的もあるのではないか?
助けてくれたのだから悪い人ではないと思うが……しかし、謎ばかりだ。
その格好で雪の国の――しかも吹雪の中は、自殺行為だろう。
軽装備なゆかぽんが言えたことではないが、さすがにバニーはない。
修行ならバニーはないだろうし……だって煩悩の塊じゃん。
あんなところで、バニーさんがひとりで……どこからきて、なぜあそこに?
もしかしたらバニー衣装の上に一枚羽織っていて、だけど吹雪で飛ばされたのか? だとしたら、バニー衣装で吹雪の中、洞穴へ辿り着いたのも分かる、けど……。
「その顔、嫌だった?」
「違うよ。……いいけど……まあ、いっか」
「ゆかぽんの目的地は海浜の国よね? 海へ飛び込みたいんでしょ?」
「そうだけど……あれ? 言ったっけ⁇」
言ってないと思うけど、とゆかぽんが首を傾げる。
実際、意識ある内は言っていなかった。
「寝言で言ってたわ。何度も何度も」
「あ、そうなんだ……」
失言ではないけど、なんだか恥ずかしかった。
寒さではなく、ゆかぽんが顔を赤くさせる。
「私も海に行きたいし、目的地が同じなら一緒に行きましょ――ねっ」
ぴょこぴょこ、とバニーさんのウサミミが揺れた……え?
まるで犬の尻尾のように、感情豊かに動いている。……それどうなってんの?
「バニーさんって、もしかして寂しい人?」
「あらまあ、寂しがり屋と言ってほしいけど」
「寂しい人ならあたしが一緒にいてあげよっか? ――うんっ、そうしよ! あたしの特技はマジックっ、バニーさんの衣装もちょうどいいし、これは色々と商売になるかもしれないね……ゼニゼニ」
「わー、ゆかちーの瞳の中がお金だー」
「バニーさんのことも退屈させないよ……ほらこんなに!!」
「リュックの中身は商売道具ばかりってこと? ……いやいや、命を守るための道具を入れなよ、ゆかちー……そんなんじゃあ、また死んじゃうよ⁇」
「また?」
呆れたバニーさんだが、しかし、彼女は微笑んでいた。
だって……。
バニーさんからすれば、寒さに弱っていない時の、よく知るゆかぽんだったから――――
#
ほぼほぼ死んでいたような状態だったゆかぽんを救ったのは、バニーさんだ。
いいや、ゆかぽんが九死に一生を得たのは、バニーさんが出てきたからだった。
バニーさん……彼女の正体は、つまり『死神』である。
大鎌を持たずとも、ぴんと立ったウサミミであっても、死神である。
人を死へ導くのではなく、
ただし、救った後で死神がどう行動するかは、死神によって変わるのだ。
この世に生まれることができた死神は、さて、元の場所へ戻るだろうか?
影の中へ、引き返すか?
……否だ。
彼女たち死神は、自由になりたいと願っている。
死神ではなく、人として。
宿主を殺害し、その肉体という器を奪うため――動き出す。
九死に一生を掴んでくれた味方だった死神は、転じて敵となってしまう。
頼れる味方が敵へ回った時、その脅威は最大だ。
……だが、ゆかぽんと並ぶバニーさんに、その気があるのか?
ゆかぽんを可愛がるバニーさんは、まるで妹を愛でているような緩んだ笑顔だった。
バニーさんは、そっと……。
谷間の中から取り出したふたつ目のウサミミを、ゆかぽんの頭へ――――
「ちょっと、バニーさん……なにしてる」
「一回付けさせて――きゃ、きゃーかわいい――!!」
はしゃぐバニーさんの横で。
ゆかぽんは外れなくなったウサミミに気づき、焦り出した。
「え、なにこれ全然外れないんだけど⁉⁉」
「せっかくだからペアルックしましょ」
「こ、この貧相な胸でそんな大胆な服装着れるわけないでしょうがぁ!!」
ふと見れば、バニーさんがバニー衣装を取り出していた。
この人の谷間はどうなってるの⁇
……たしかに、それを着れば、マジックショーとして集客できそうだけど……。
それってマジック目当てなの? バニー目当てなの? 分からなくなる。
実際、マジックとしてのミスディレクションはしやすいだろう。
でも……、単純に恥ずかしい。
こっちの意識が散漫になったら結局マジックは失敗するし!!
「もー、じゃあ仕方ないかあ……」
「諦めてよね、バニーさん。ペアルックはなしだから」
「仕方ないわね……実力行使でいきましょー」
「は? 服を引ん剝くつもりなのっ、ねえ⁉」
その後。
マシになったとは言え、まだ充分に寒い中。
ゆかぽんとバニーさんの脱がし合いが始まった。
・・・ おわり
雪景色のなか、赤いバニーガール 渡貫とゐち @josho
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