雪景色のなか、赤いバニーガール
渡貫とゐち
第1話
くるぶしまでが白に埋まる雪の国。
道なき雪上を歩く少女は、吹雪く中ではあまりにも軽装備だった。
雪国出身でもこうも軽装備にはならない。
いや、出身だからこそ、装備だけは重点的に重ねるはずだろう。
雪の怖さを充分に知っているのだから……。
雪国出身の少女――その名は【ゆかぽん】。
遺憾ながら、アホみたいなこの名前は本名だ。
親は寝ぼけながら考えたのかもしれない……寒さと眠気に負けたのかな?
「うぶ、さむさむささむむむむっっ!!」
両手で自分を抱きしめるように。さすがに肩を出していたり、胸元を開けていたりという自殺行為のような服装ではないが、着太りに見えるほどには着込んでいなかった。
出かける時はみな、まるーく膨らむのだが、ゆかぽんはすらっとしている。
寒さのせいで唇は紫色になり、肌の色も赤みが消えている……それがまた、作りモノめいた美人感があった。肌荒れが気にならない美白に見えている……もちろん良い状態ではないが。
雪国出身だが、寒さに強いわけではなかった。
逆に、家の中は暖炉で暖かくなっている。指先まで血が巡り、常に火照った体だったゆかぽんは、温もりに包まれた生活をしていた……雪国でありながら生温い生活だった。
とくに、その恩恵を一番に受け取っていたのが出不精だったゆかぽんだ。
雪を見慣れていないほどには、彼女は窓にも近づかなかった。
出不精というか、引きこもりと言うか……。
そんな彼女がどうして家を出たのか。近くのお店へおつかいへ行くでもなく。
ゆかぽんが目指しているのは国から国へ渡り――そう、目的地は都会だった。
こんな山のふもとの村ではなく、おしゃれな大都会へ……今更興味が出てきた⁇
当然ながら、自発的な行動ではなかった……きっかけは一通の手紙である。
『ゆか、わたしはいま真夏の海にいます。
雪の国から出発して祭りの国を経由し、海浜の国へ遊びにきました。
国どころか自室から出たこともないあなたには無縁のところでしょう……なので写真を付けておきます。これでも見て羨ましがってね。
追伸……悔しかったらここまできてみなさいよ、ばーか』
……と。
友人からそんな手紙がきて、なお引きこもっていることはできなかった。
真っ直ぐ、喧嘩を売られている……これは競ってでも買ってやらなければならない。
「さすがに部屋からは出てるけど!」
そう言い返したかった。
それだけ言い返すために、あいつと同じ国を周って追いかけるのもありだった。
――南にある海浜の国。
ここ、雪の国からは真逆の方角にある。
最寄りの国――祭りの国だ――から出ている列車に乗れば、迂回するため時間はかかるが……まあ、確実に辿り着くだろう。
道中で迷うこともなければ危険な生物とバッタリ出会うこともない。安全に、確実に……ただ、友人が海で待っているとも思えないが。
まあ、友人はこの世では珍しい【錬金術師】なので、国を周って聞き込みをすれば情報などすぐに集まるだろう。合流するのは難しくない。
場所も遠いが、しかし無謀な遠さではなかった。
ゆかぽんは手紙を読んだ後、その足で村長の自宅を訪ね、海浜の国までの行き方を教えてもらった――聞いた後は勢いだった。
勢いのまま、旅支度も最小限で家を出た。
吹雪の中を進む。
積もった雪に、くるぶしまでを埋めながら。
……そう言えば、気づけば足首まで雪に埋まってしまっているが……歩いている内に雪が積もったのだろうか。それとも地面が沈んでる⁇
「あっ、ぶっ⁉」
雪に足を取られて前から倒れた。
……倒れてから気づいたが、もしも雪の中に上向きの鋭利な棒でも立っていれば……。
想像したくはないが、白い雪が赤く染まっていたかもしれない。
想像してしまってから、ゆかぽんの顔がさらにさっと青くなる。
これ以上、体温が下がることはないと思っていたのに……っ。
「……ここ、どこ」
世間知らずのゆかぽん。
雪の国、周辺の地図が頭にあるわけでもなく、ひたすら南へ向かえばいいという知識だけを携えて歩いている。
さて、南ってこっちでいいんだっけ⁇ そんなレベルだった。
暖かい方へ行けばいいのよねー、と気楽な考えでここまできたが……暖かい?
どこへ向かおうが寒いのだった。
そして、ゆかぽんは寒さのことばかりに意識が向かっているが……、道を間違え遭難することなど一切、頭にはなかったようだ。
誰が見ても分かる準備不足のまま吹雪の中へ――。
結果、当然なのだが、視界不良の中を方角も分からずに進み、足を滑らせた。
これまで奇跡的に滑らせていなかっただけで、やっと滑った、と言った方がいいだろう――つるっ、とゆかぽんの体が断崖から落ちて……十メートル以上も落下した。
下に積もっていた雪をクッションにするも、しかし…………遭難はさらに過酷な環境へ。
……地元民だけど知らない場所だった。ここはどこ? ……完全に迷子だった。
「あ、まさか……遭難した……?」
今更ながら。彼女自身が、やっと自覚した。
・・・ つづく
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