第4話 ふたたびコンコン探偵

 メリーさんの葬儀に参列すると、アンがいた。

「どうしてここにいるんだ?」

 思わず、俺はアンにそう聞いた。

「だって知り合いだもの」

「どういう関係なんだ?」

「メリーさんは、私のお料理学校の先生だったのよ」

「ほぅ、ということは?」

「メリーさんが家族のことで悩んでいて、私が相談を受けたの。私の旦那が探偵をやっているということを覚えていてくれてね。私があなたを褒めていたのを覚えていてくれたのね。義理堅い人だったわ。あなたを紹介したのは、私よ。私が紹介したことは内緒にしてくださいとだけ頼んだの」

「ほぅ、またアンが俺に仕事をくれたんだな」

「まっ、そういうことになるわね」

「ほぅ、葬儀が終わったら、少し話せないかい?」

「いいわよ。別れた妻に何か用があるの?」

「ほぅ、強気だな」

「あなた相手だとどうしても強くなってしまうのよ」

 アンと久しぶりに二人きりで喫茶店に入って話すことになった。

「メリーさんが亡くなったことで何か知ってることはあるかい?」

「そうね。サムさんのお嫁さんのことで凄く悩んでいたわ」

「ほぅ、アーリーだね」

「それぐらいかしらね。どんな依頼だったの?内容までは聞いてないの」

「ほぅ、守秘義務だが、君ならいいだろう。息子のトムくんの鐘を盗んでくれと言うものだったよ」

「盗めたの?」

「ダメだった。俺には難易度が高かった」

「でしょうね」

「それはないだろ。俺だって元は警察だぞ」

「あなたは、どこか抜けているし、優しすぎるから、無理でしょうねと言ったのよ」

「ほぅ、抜けている?」

「あなたは何もわかってないのよ。すぐ器の小ささを気にするし、私はあなたといるだけで楽しかったのに、あなたは全然楽しそうじゃなかった。優しいから、無理して合わせてたんでしょ?そして凄くプライドが高いから。子供もいなかったし、あなたが欲しがらなかったでしょ?離婚にしても、あなたが別れたいなら仕方ないと思ったのよ」

「子供を俺が欲しがらなかったと?」

「そうよ。結婚してすぐ子供は苦手だと言ったわ」

「愛してないなら、二十年も一緒にいない」

 アンは、二人で過ごす時間が好きだったと言った。その言葉を聞いて、俺は、

「ほぅ」

 と返しただけだった。二人で話していると、どうしてもけんかになってしまうようだ。

 他にも感情的になったアンは、言った。

「あなたは、ピエロを演じて、セミオーダーの服を着ていたのよ」

「ほぅ、それは違う。俺はそれが嫌だったんだ」

「子供みたいね」

「ほぅ、そんな風に思っていたのか」

 最後に、俺が、

「俺は世界中が敵だとしても。アンにだけは味方でいて欲しかったんだ」

 と言うと、アンは、

「ちゃんと味方してたわ。あなたが気づいてないことも沢山あるのよ。探偵のくせに、人の心がわからないのね」

 と言って、俺を見た。あれだけ共に時間を過ごしていたのに、初めて聞くことばかりだった。俺たち元夫婦は何していたんだろう。アンと同じものを見て、愛を伝え合った過去が走馬灯のように思い出されてせつなくなった。

そして、アンは、もう一度、俺の元を去って行った。俺は、悔しくて、メリーさんの死の真相を突き止めようと躍起になった。俺は、男らしく、アンの期待に最後くらい応えてやろうと思った。

 俺は、ある情報を握っていた。メリーさんが、亡くなった日、アーリーは、家にいなかったのだ。電話の相手から呼び出しがあって、赤い服を着て夕方出かけていった。家族には友達と旅行に行くと言ったらしいが。おかしなところが沢山あった。アーリーは、俺が鐘を狙っていることも、鐘にはなんらかの価値があるらしいことも、うすうす気づいていたようなのだ。アーリーは、皆が寝静まると、トムの部屋に侵入し、鐘を探し回っていた。近所の人とトムの鐘について話していたことも俺は知っていた。トムの鐘がものすごく高価で売れるものだと思っているようだった。

 俺は、今も盗聴を続けていて、サーシャがたびたび休みの日に、ジイタ家にやってきては食事の世話などをしていることも知っていた。俺の本当の仕事は終わっていない。

「サーシャ」

 駅で改札内に入ろうとしているところに声をかけた。

「あぁ、コンコン探偵さん、まだ盗聴してるんですか?」

 と驚かれた。サーシャの輝く肌を見たら、こう思った。そうだな、俺が生きてるような汚れた世界の中で、いつまで純白でいられるか。そうか、きっと自分の色を持った人だけ他人の色に染まらずに光るんだ。そんなことをサーシャに直接会って気づいた。

「俺の仕事はまだ完了してないさ。少し話す時間あるかい?」

「ええ。次の電車にすれば、一時間半ぐらいはありますわ」

「そうか、じゃ、次の電車にしてくれるかい?」

 駅のすぐそばの喫茶店に入った。

「何か食べるかい?」

「ええ。ピザトースト食べます」

「俺は、お腹すいてないから」

「私だけ食べるんですか?」

 と聞くので、俺は笑ってしまった。

「若いんだから、よく食べるのは悪いことじゃないよ。年取ると、代謝が落ちるからね」

「そうですか。私、ピザトースト食べますよ?」

「おごるよ」

 ピザトーストが運ばれてくるまでに、話を終わらせようとした。

「サーシャ、君は、メリーさんが最後に一緒にいた人物がわかっているね」

「ええ。コンコン探偵さんもですか」

「ああ。君のジイタ家での様子を盗み見ていて、確信に変わったさ」

「警察行きますか?」

「君を取り調べした警察官の連絡先はわかるかい?」

「はい。ちゃんと聞いておきました」

「さすがだ。俺たちの仕事は、終わらせることだ」

「はい」

「俺が、あとは、この警察官に連絡して、推察と証拠を提出してくるよ。証拠は、いつ渡してもらえるかな?」

「持ちだすのが、難しくて」

「そうか。証拠は無理か」

「それは、警察の人に任せましょう。私も一緒に警察に説明に行きますか?」

「いや。そんなことはしなくていいよ。君はあの家族の一員になるんだろう?」

「それも知ってるんですね」

「お幸せに」

「はい。ありがとうございます。やはりあなたはメリーさんの仕事をやり遂げる才能があったのですね」

「ほぅ、それは、それは、買い被りすぎだな」

 それだけ話すと、サーシャは、おいしそうにピザトーストにかぶりついた。サーシャは、出会ったときよりさらにきれいになっていて、自信に満ちている。メリーさんの悲しい出来事も、あの家族とともに、乗り越えていくだろうという明るい光を感じた。サーシャは、メリーさんの死という試練を乗り越えようとして自分の生き方を見つけたのだと思った。そういう人間は強い。ちゃんと未来を見て、自分にとって大切なものを知った人間は輝きだすのだ。どんなに不幸な出来事を前にしても。

 一方、俺はどうだ。依頼人が殺されてしまう前に、頭を働かせて、こんな結末にならないようにするべきだったのではないかと思う。俺は、この事件に関して責任がある。メリーさんも、自分が選んだお嫁さんに関して責任があると感じ続けていたのではないだろうか。責任感の強すぎるメリーさんが、アーリーの態度をみるたびに、どれだけ責任を感じ、胸に痛め、後悔していただろうと思うと苦しくなった。こんな結末になる前に、俺がもっとできる男であったなら。俺の人生は、後悔ばかりだなと寂しくなった。

 俺は、警察に事情を説明しに行った。次の日に、アーリーがメリーさん殺害容疑で捕まった。警察が訪れると、アーリーは、すぐに崖にメリーさんを突き落としたと自白したということだった。泥のついた赤い服も押収されたということだった。

 俺は、メリーさんの死の真相の報告もかねて、アンに電話した。

「アンか?まだこの番号使ってたんだな」

「だって変える必要がないんだもの。あなたがかけてくるなんて想定してないわ。どんなことが言えるわけ?」

「ほぅ、そう怒るなよ」

「あなたは、私をむかつかせる天才よ」

「メリーさんを殺した犯人がつかまったよ」

「知ってるわ。テレビぐらい見るもの」

「メリーさんのこと残念だったな」

「そうね。とても家族思いの良い人だったわ」

「家族を思い過ぎたんだな」

「あなたにわかるの?」

「ほぅ、まぁ、そう言うなよ。メリーさんは、家族を守るために、家族に殺されたんだよ。殺された日、犯人を呼び出したのは、メリーさん自身だったのさ。殺される瞬間に何があったかまではわからないけど、きっとメリーさんは、命がけで家族を守ると決めた行動だったんだな。責任感が強すぎたんだよ。それが、あの死に方なんだ。最後に突き落としたのは、アーリーかもしれないが、きっとアーリーだって殺そうとして出かけたのならば、あんなに目立つ赤い服は着ていかないさ。きっとアーリーの怒りが頂点に達して殺意を抱くほどの言葉をメリーさんが言ったんだろうと俺は思ってる」

「私ね、一つ凄く覚えてることがあるの。長男のサムさんいるじゃない?あの人の奥さんになった今回の犯人ね。結婚する前はとても良いお嬢さんだったと聞いたのよ。それが、どこで変わってしまったのか、ある時期から、子供を叩いたり、次男のトムさんを怒ったり、人が変わってしまったと聞いたわ」

「人が変わるか」

「あなたは変わらなくていいわ」

「なぜ?」

「あなたはずっと変わらなかった。私が変わったのかもしれない」

「俺さ、警察を辞めたのは、君のためだったよ。君の仕事が忙しかったから、少しでも、暇な時間を作って、二人で過ごせたらいいと思ったんだ。それに俺が子供を欲しがらなかったと言ったろ?あれは、君の負担を減らすためだったのを思い出したんだ」

「今更なにを言うの?」

「いや、メリーさんの命をかけて、家族を想った行動に影響されたかな。言っておこうと思ったんだ」

「今更ね」

「幸せで暮らせよ。俺がしてあげられなかった分、君は幸せになるべきだよ」

「わかってるわ」

 とアンが言って、電話が切れた。

 事件が落ち着いて、一人でココナケに行くと、マスターが、

「サービスだよ」

 と言ってシフォンケーキを出してくれた。

「どうしたんだい?」

 と聞くと、アンが前にココナケに来て、俺に時々サービスしてあげてとお金を置いて行ったとマスターは言った。俺はそのアンの粋な計らいに、目頭があつくなった。

 俺の部屋の窓から、ジイタ家の人々が庭でバーベキューをしている様子が見えた。トムが何かを言って、サーシャや家族が思いっきり笑っているのを見て、俺は幸せな気分になっていた。悲しい出来事を乗り越え、平和なひとときが、ジイタ家にやってきたのだと感じられた。

 その他にもサーシャは、メリーさんのピアノを居間に移し、調律を頼み、リーナをピアノ教室に通わせた。そこでリーナには、友達ができたようだった。リーナの弾く不慣れなピアノの音がジイタ家には響くようになった。

 メリーさんを殺した犯人は、結果的にアーリーだったが、この物語を仕組んだ真犯人は、メリーさんなのだ。メリーさんが作り出した脚本の中に、一つの駒として、みんながいる。メリーさんは、自分の命をかけて家族を守ろうとした。メリーさんの目的は、最初からこの家族からアーリーを追放することだったんだ。自分の責任を果たしたとメリーさんは天国でそう思っているだろうか。メリーさんはとても大事なことを見落としていた。アーリーがいなくなることより、メリーさんがいなくなることの方がずっと悲しいことだと考える人たちがいることを。どんなに責任を感じても、自分まで追放する必要はなかった。一つ、うまくいかないからいってと全てを消し去るべきではないのと同じことだ。他の方法を考えることもできたはずだった。メリーさんの家族への深い愛をまっすぐに表現していたら、違った結末になっていたと思う。人間ひとりにできることには限界がある。身近なことほど見落としてしまう。メリーさんは自分という存在の大切さにだけ最後まで気づけなかったのではないか。おそとの人である俺がもっと早く謎を解き、メリーさんの本当の力になれていたらと悔やまれる。メリーさんが、俺を探偵に選んだのは、本当はこんな結果にならないように止めて欲しかったからではなかったか。そんな気がする。メリーさんの解いて欲しかった本当の謎は、メリーさんの心の中にあったのかもしれない。依頼人のあんなつらそうな顔ばかり見ていたのに、メリーさんが自分を犠牲にしようとしていると、なぜ気づいてあげられなかったんだろう。悔しさがつのる。助けてとすがることができる人間ならば、陥ることのない罠がある。助けをすぐ呼べるなら、苦労はしない。助けてと言えないから、溺れ、罠にはまっていく。怒り、悲しみを吐き出して、自分自身を救える方法を人は何より先に学ばなければならないのかもしれない。俺への依頼は、メリーさんの精一杯のSOSではなかったか。それに気づいて、さらに俺はやりきれなさを感じた。

今日も「不機嫌な王女」を見て、テレビの前で叫ぶトムの声が家中に響く。いつまでもそのトムの声が耳に残った。

「追放よ!」

 俺の元には、サーシャから小さな教会でトムと結婚式をすると書かれた招待状が届いていた。メッセージには、「あの百万円は、結婚式の費用に使わせていただきます」とサーシャの丸い字で書かれていた。ジイタ家に新しいウエディングベルが鳴る。

そして、俺は、この部屋を今日、旅立つ。

(了)

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トムズベル 渋紙のこ @honmo-noko

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