第3話
フルーツで腹を満たした後、ヨウコが目の前にある正方形のボードを見る。
マス目があるチェスかと思えば、違う……薄っすらと見えているのはボードの中の……ジオラマのような世界だった。
箱庭サイズでファンタジーの異世界が見えている。
「これはなに?」
「ハンドウォー――そして、駒は生きた人間だ。この箱庭にいる駒を、プレイヤーである余たちが交互に移動させる……ただし移動はそれぞれの駒の意識に左右される。課題を与えることで駒の動きを誘導することもできるが、狙った行動をしてくれるとは限らんわけだな」
プレイヤーの意図を汲めるかどうかもまた、勝敗を左右する重要な要素だ。
「へえ……、この駒たちは作りモノなの?」
「いいや? 実際の人間が使われる。選んだ人間を駒にし、箱庭の中へ送るのだ。そして、余たちが交互に世界へ干渉し合って駒同士の勝敗をつけることになる。動かん駒とは違って人の意思が挟まった予測不可能な戦略ゲーム……それがハンドウォーだ」
「ハンドウォー……ね。実際は、ムー語によるちゃんとした名前があるのでしょうけど」
「ん?」
「いいえなにも。他にルールはないの?」
「細かいルールを決めてしまえば、ゲーム性をがらりと変えることもできるぞ。使える武器は剣のみ、もしくは武器は禁止の拳のみ、とな。たとえば――駒同士の信頼関係を強固にしたければ、信頼関係を軸にしたルールを作ることも可能だ。信頼関係によって身体強化される――とまあ、勝敗以外の目的を絡めることも可能だ」
「これ……、上から観察するってことよね。まるで蟲毒ね。悪趣味じゃないのぉ?」
「ひとんちの壁画をぺたぺた観察していた貴様が言うかね」
「そうだったわねー……えへへ、てへぺろ」
「その行動の意味は知らんが侮辱されたと受け取っておこう」
「ちょっと違うわよ」
「ちょっとなんかい」
ムーがサイドテーブルにあるフルーツを手に取る。
手の平の上で軽く振ると……スムージーとなった。
ガラス製のグラスに注ぎ、ムーが口をつける。
「え、すごいわね……」
「これが魔法だ」
「魔法……私にもできるのかしら」
「できると思うぞ……やってみろ」
え? できるの? と疑いながらも、方法も分からないまま見様見真似でとりあえずやってみる、という行動を起こせるのが冒険家のヨウコである。
「えっと……えい!」
フルーツを手に持ったヨウコ。
腕を軽く振ると――フルーツがシェイクされた……え?
「わっ!? えっ、私って魔法使いだったのかしら!?!?」
「滴っているから早くグラスに注げバカ!」
指先からグラスへ、スムージーを注ぐ。
自分の手だが、これを飲むとなるとちょっと勇気がいる……。
結局、一口飲んだらその後は気にしなくなったが。
「魔法は誰でも使えるものさ……そして、魔法を使い、ハンドウォーは干渉されるわけだな。深く考えるな、魔法とは想像の具現化、技術は必要ない。歩く、走る、跳ぶ、とそう変わらん。体力と同じように魔力を使うだけだ――。貴様は、やはり異世界人らしいな。じゃなければここまで常識を知らん理由が分からんからな」
「ごめんなさいね、適応するのが遅くて」
「いや、早い方だろう。異世界にいったことがない余には分からんが、普通に難しいことをしていると思うが。この世界の常識をこうも早く会得するとはな……」
グラスに口をつけ、ずずず、とスムージーを流し込むヨウコ。
それから、まったりと。ムーとふたり、向き合って雑談を交わす。
「――さて、雑談も済んだところでゲームをやろうか。貴様とは楽しめそうだ……わくわく、わくわくしておるぞ! 王である、余が!!」
「ルールのことなんだけど……」
「冷静!! まあよいが……箱庭に、指定した人間を入れるんだ。これは余が用意しよう……そうだの、牢にいる罪人を使おうか。元々、この箱は罪人を更生させるためのものでもある……昔はそうだったらしい。今は娯楽になっているがな」
「あらそうなの。更生か……ふむ、なるほどねえ……。ねえムー様ちゃん。異世界の人間を駒にすることはできるのかな?」
「ん? 貴様の魔力を辿ることで異世界の鍵を開けることも、まあ可能だが……貴様に近い人間しか連れてこれないと思うぞ。さらに言えばひとりかふたりか……いや、ひとりだな。無理に引き抜くといらん事故が起きそうだ」
「ひとりでいいのよー。連れてきてほしいのは息子なの……ヨートくん。二年前だったかしら。……その時から部屋に引きこもっちゃって、未だに学校へいけてないの」
「母親がちゃんと把握していないところにも原因がありそうだが……」
冒険家、かつ研究者として家族から離れているヨウコにとっては耳の痛い話だった。
ちなみにシングルマザーである。
父親がいないのは、ヨウコを見ていれば想像がつくだろう。
冒険、そして研究バカである。恋愛だって、彼女にとっては研究だった――
「確かに世界を転々として放置した私のせいでもあるけど……でもね、原因はいじめなの。と言ってもヨートくんが首謀者じゃなくて、周りにいたってだけなんだけど……でも、止めなかった。だから利用されて、トカゲのしっぽ切り、そして次の標的にされた。そこで反撃できたらいいんだけど、あの子は家に逃げ帰ってきた……だらしない子なのよねえ」
「親の言葉とは思えんな。愛より研究か? クズめ。もっと息子に寄り添うことはできなかったのか?」
「寄ることも添うこともできなかったわ。その時、私は海外にいました、てへぺろ!」
「息子に殴られたらいいんだ貴様なんか」
「殴られるのもいいわね。って、そもそも殴られるものだと思っていたんだからぁ」
母親として、役目を全うしていなかった。
息子よりもまずは自分を振り返るべきだった……でも結局、自分が一人前の母親になるには息子のことを真剣に考えるべきなのだと答えに至った。
なら近くにいてやれと誰もが言うだろうけど、それがどうしたってできない軸を持つ親だっているのだ。
だから――引きこもりの息子を更生……否、助けてあげたい。
ゆえに、今回のこのゲームで、息子を駒として使うことを提案したのだ。
「できる? ムーちゃん様」
「ちゃんと様が逆になっておる、気を付けたまえ。まあ、できるが……しかし本当にいいのか? 箱庭世界のため、ゲームではあるが……ゆえに死ぬことはないがそれでも、精神崩壊の危険性はあるんだぞ?」
「荒療治でもいいわ、一旦リセットすることも視野に入れているの……だから平気」
「余は貴様のことが怖くなってきたぞ……? 我が子を崖から落とす親がいるとは聞いているが、蹴り落とした上で追撃しているではないか。本当に更生……、息子を助ける気があるのか?」
「男の子は打たれて強くなるものよ」
「余もその方針だが、にしたってだ……貴様を見ているとこの考えはあらためた方がいいと思えてきたぞ……」
「それって鏡映し、ってことかしら。見て初めてダサいと気づくみたいな?」
「かもしれんな」
片手間で会話をしながら、ムーがヨウコの魔力を辿って息子を探す。
「むー……ん、おっ、見つけた。連れてくることは可能だぞ……して、どうする。貴様の息子をそっち陣営のキングとするか? このゲームはキングを討ち取られたら終わりだ……、あらためて言うが、余の勝利となる」
「ええ、分かったわ。理解してる。ヨートくんを守るために駒を動かせばいい、ってことよね……。じゃあ駒は……他の駒は? まさかヨートくんひとりでムー様ちゃんの軍に対抗しろとか言うつもりじゃないよね?」
「もちろん、余の駒を譲ろう――選ぶか? それともランダムで――」
「ムー様ちゃんが選んだらバランス崩壊でしょ? 選ぶわ」
「ズルはせんよ。それに、各駒にはコストがある。強い駒は見て分かるようになっておるよ。そして、箱庭世界にいる”駒になっていない者”たちは、動かした駒――貴様の息子だな――によって、駒にはならないが、仲間にすることができる。それを課題として駒に与えても構わないぞ……たとえば『四十名のチームを作れ』とかな。これはそういうゲームでもある」
「ふんふん、なーる……まあやりながら覚えていくわ」
「そうか……それはそれで、初手から悪手を打たないことを祈るしかないな……」
並んだ駒を選び、自軍へ引き入れていく。
それから、箱庭世界を一望し、広々とした世界であることを実感した。
世界地図を見るようなものだ。こんなものか、と思っても、実際の世界は広い。
まずはあそこまでいってから――、と言うのは簡単だが、実際は国を横断するのだって数時間では無理だ。課題の内容にも気を遣う必要がある……。
確かに、これは数時間では終わらないゲームである。
「安心するといい、いくら時間を使おうが、ゲームが開始すれば現実世界との時間差が生まれる。どれだけ長時間のゲームでも、最大で一日ほどにしかならないだろう。ゲームが長引けば、だがな。早く終わる可能性も充分にあるが……余は、それは望まぬよ」
「それは私も嫌よ。やるなら楽しみたいもの……長く、存分に、ね」
「カカッ、では存分に悩み、楽しもうではないか――ゲームを!」
「これもまた観察と研究…………ロマンが溢れる冒険ね」
…
…
「第一のルールは異能を用いたバトルを軸としよう。第二のルールとして、駒たちには順位を争ってもらう……課題を作りやすく動機にもしやすいからな。あとは、駒たちに今回のゲームを知らせないことをルールに含めよう。余たちのゲームには関係ないルールを提示することで、場が動きやすくする……、余に気を遣って動かない、なんて行動を取る駒がいれば興ざめだからな。それも確かに戦術ではあるのだが、今回は不要だ。……そういうことだが、いいかね?」
「いいわよー」
「緊張感がないな……ぴりっとしていても嫌だが。まあ、楽しめればそれでいいわけでもあるし……、うむ、深く考えないようにせんと。――それじゃあやろうか」
ボード、という名の箱庭を挟む。
スムージーを片手に、雑談を交えながら目の前のゲームに興じる。
ダメな大人のようで――しかし親の顔が見えている。
片や息子を、片や罪人たちを、更生させたいがための親心である。
荒療治が過ぎるが、それでもそこに愛情があっても、憎しみはなかった。
「はじめよう――――ハンドウォー……またの名を、アビリティランキングを」
…読切/おわり
「罪人って、もしかして殺人した子も混ざってるの?」
「まあ……いないこともないが……」
「あら、そういう子ばっかりでもないのね。たとえばどんな罪があるの?」
「……ったんだ」
「ん?」
「余のケーキを勝手に食べた罪人がおるんだよ!!」
「…………」
「罪だ罰だ絶対にゆるさんからなあ!!」
「可愛い罪人なのね。それにしてもムー様ちゃん……ちっちゃいわあ」
人妻とムーの女王 渡貫とゐち @josho
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