第2話
「大陸、とまで言うつもりはないが、しかし大規模な大国であるとは自負しておるがな。その王が余であるぞ。……おい、もっと驚くべきではないかね。驚かずとも怯えてもおかしくはないと思うがっ!!」
「怯えないわ。だって可愛いお嬢さんにしか見えないもの」
「余は王であるぞ!!」
今にも噛みつきそうなほど敵意を見せたムー。
ヨウコは慣れたように「まあまあムーちゃん」となだめようとしているが、彼女にとっては火に油になってしまっていた。
「ムーちゃんとはなんだっ、余は王だ……お・う!!」
「はいはい王様ちゃん。そだ、もっと明るくて広く、安全な場所はあるかしら」
「王を顎で使う気か!? 恐れを知らぬ女だな……まったく……――いいだろう、案内してやる、こっちへこい」
雑に手招くムーについていく。
言えばやってくれる素直なムーに、ヨウコはくすくすと笑みがこぼれてしまう。
「優しいのねー、王様はそうでなくっちゃね」
「はったおすぞ貴様」
――壁画を伝うように移動し、ムーが壁を手で押すと、一部の壁が凹んでいく。
ずずず、と移動し、向こう側へ壁の一部が倒れた。
綺麗に長方形でくり抜かれた扉を渡って、向こう側へ。
ここは隠し部屋……らしい。
「意外と中って広いのね……火、明るいけど怖いわよ。地下で火はやめてほしいわ」
「地下? なにを言っている……ここは遺跡の中であっても地下ではないぞ」
「? 地下、じゃないの……? でも、だって私はさっき深い穴に落ちて……、あれ?」
落下の衝撃で記憶が飛んだのか。衝撃で、記憶がすっぽ抜けたのではなく、外から追加されたとか……、追加されるなんてことがあるのか。
そもそも落下しているなら地下である可能性は充分に高い。
しかし、ここは地下ではないと言った……だが女王の言うことである。
女王が本当のことを言っているとは限らないのだ。
「寝ぼけておるか? いや、老いでボケたのか」
「そこまで年上に見えるかしら。若い方だとよく言われるのだけどー?」
息子と並べば親子ではなく姉弟と間違われる。
服装と髪型で、ヨウコは実年齢よりも随分と下に見られるようになるのだ。
まあ、自分でやって痛々しいので年相応のファッションを身に着けるようにはしているが……それはそれでちぐはぐ感が出るという上手くいかない小さな問題である。
「ねえ、ムーちゃん、ここはどこなのかしら」
「だからムー大国だと言ったろうに。地理も分からんのか」
「隣国はなに?」
「他国など存在せんよ。この世界にはムー大国しかないが、まあ……かつて繁栄していたが、余たちが食い潰した国なら多数あったがな。……今は存在しておらんよ。あるのはムー大国だけだ」
「…………おかしいわね」
「なにがおかしい。拳を握るぞ、やるならやってやるとしようか」
知らぬ間にムーの尻尾を踏んでしまっていたのだろうか。
王の言葉を訂正するならまだしも、おかしい、と否定するのはヨウコが初めてなのかもしれない。される機会がなかったムーは、ヨウコの扱いに困っている。
問答無用で気に入らない平民を打ち首にするような傍若無人っぷりはなかった。ならば、ヨウコでもなんとかできるレベルの相手と見てもよさそうだ。
王様だけど。
「私、さ……もしかしたら異世界に迷い込んでしまった――のかもしれないわ」
「ふっ」とムーが鼻で笑った。
むー、としたのはヨウコである。
荒唐無稽なことを言ったことは認めるが、鼻で笑われるのは心外だった。
「ちょっとぉ」
「カカッ、と笑い飛ばしたいところだが――貴様の恵まれた服装や肌艶、少ないが、装飾品を見るにその線もなくはない……と言ったところかの」
すると、ムーがヨウコの腰の、小さなポーチに目をつける。
ぱたぱたと蓋が開いてしまっていたらしい。
中からちらちらと見える長方形の――「おい、その、光っているそれはなんだ?」
「え? ……あら、これはスマホなんだけど……いつ設定したのかしら、アラームがちょうど起動したのね」
「震えているじゃないか。寒いのか?」
「可愛いこと言うのね。でも違うわ、これは生き物じゃないの……スマホって言うんだけど、知らないの?」
「ほお、彼女はスマホと言うのか」
「女の子じゃないのよー」
ムーにしか分からない感覚があるのだろう。
スマホを見て性別を感じ取るところがまず人とは違うし、まさかこれを女子と判断するとは思わなかった。じゃあヨウコは男子と捉えるということだが、その理由も実はなかったりする。
待ち受けが息子だから――だからスマホに性別があるなら、男子と予想する、それだけのことである。
「スマホか……知らんな……魔法か?」
「魔法ではないわよ。道具……って、魔法があるのね……やっぱり異世界に……」
「ただの道具……食べ物というわけでもないんだな?」
「そうね。でもこれで食べ物を召喚することもできるわ……いわゆるデリバリーね」
わざと勘違いさせるように言ったヨウコの悪い癖が出てしまっている。
「召喚……へえ、面白い、やってみせろ」
「無理よー? さすがにムー大国まで配達員がこれるわけないもの。それともここで使えばムー大国の人が届けてくれるのかしら」
興味津々で手を伸ばすムーにスマホを渡す。
まるで小さな子供のように、おそるおそる指で画面をタッチ……操作して切り替わる画面に怯えながらも、やり方さえ分かれば、ムーもすぐに学習したようだ。
ただ、異世界? であるここではスマホも満足には使えない。もちろん、インターネットがなければ機能も制限されてしまう。
アラームやメモ帳くらいしか使えないだろう。保存している写真などは見ることができるだろうけど……サーバーに上げたものは不可能だ。
スマホを失くした時のバックアップだが、まさかここにきてバックアップが消えるとは予想もしていなかった。スマホだけが残るなんて……。
まあ、嘆いていても仕方ない。
つまづいた石ころばかりを見ていても仕方ないので前を向こう。
「ところでムーちゃん」
「気安く呼ぶでない、余は王なのだぞ」
「じゃあ、ムー様ちゃん」
「絶妙にイラっとするが、まあいいだろう……なんだ」
どうして日本語なの? ムー大国は日本語を使う国なの? と、気になることがたくさんあったものの、ヨウコが気になったものは、部屋の真ん中に置いてあった――「あれって、もしかして……チェスなの?」
「チェス? いや知らんが……あれはチェスではなく、手元でお手軽にできる戦争だ。余、たちは”ハンドウォー”と呼んでおる。いいや、過去から長いことそう呼ばれていたらしいがの。小さくだが壁画にも描かれておるさ」
「ふうん? ……面白そうね」
「遊んでみるか? 長いゲームになると思うが……」
「いいね。でも待って、喉が渇いたしお腹もすいたわ……なにも出ないの?」
「貴様を客人とした覚えはないんだがな……仕方ない、すぐに持ってこさせよう――」
意図せず、スマホを使わずデリバリーになってしまった。
ムーが口笛を奏でた。
すると、遺跡の天井部分が上側に開いて――眩しい光の晴天が顔を出す。
それから、ムーの腕へ下りてきたのは、鋭い爪を持つ白くて黒い鳥だった。
ムーの、宝石の鎖で巻かれていた腕に着地する。
「食事を頼みたい」
喉を鳴らした鳥が、晴天の先へ飛んでいった。
数分後、カゴにフルーツをたくさん積んでくれた鳥が戻ってくる。
「うわ、すごい……こんなにたくさんのフルーツを……」
「褒めるよりも先にお礼を言ったらどうなんだ」
「ありがとね」
カゴの中には瓶もあり……その中身は水だった。これで喉を潤せる――
「食べろ、ただし味に文句を言うなよ?」
「言わないわよ。酸いも甘いも味わってきたのだからね……ねえ、砂糖はないの?」
「それは文句だろ」
…つづく
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