Final Stage:残響のヘヴンリー


戦場への帰還


ライブハウス『デッドヒート』。かつて「お遊戯会」と鼻で笑われたその場所に、5人は再び立っていた。


対バン相手は、あの圧倒的な実力を見せつけた「アイアン・ヴェイン」。フロアは「あの無謀な女子高生たちが、伝説の娘を連れて戻ってきた」という噂を聞きつけた観客で膨れ上がっている。


「準備はいい? 互いの喉を掻き切る準備は」 


カノンが冷たく言い放ち、ユイは深く頷く。リンはスティックを回し、アンは真っ赤なギターを低く構えた。


そしてナツミが、フロントのセンターへ。その隣には、同格の存在感でアンが並ぶ。


神の領域、その先へ


一瞬の静寂の後、リンの爆速のカウントが空気を爆破した。


始まったのは、カノンが書き下ろした新曲。


《孤独なふちで 響き合う二つの絶唱(こえ)》


アンのギターが叫び、同時に彼女の鋭い歌声が空気を切り裂く。それに食らいつくように、ナツミの熱い咆哮が重なる。 


二人の声は、時に競い合い、時に寄り添い、螺旋を描いて上昇していく。ユイのベースが地鳴りのように底を支え、リンのドラムが観客の心音を無理やり書き換えていく。


観客席から息を呑む音が聞こえる。


それはもはや「上手い」という次元を超えていた。互いを認めない、譲らない。その強烈な《エゴ》と《プライド》が、一人では絶対に到達できない《神の領域》へとバンドを押し上げていた。


未来の果てまで


サビに差し掛かった瞬間、ナツミとアンの視線が交差した。


憎しみでも、拒絶でもない。ただ「この瞬間、あんたより輝いてやる」という、音楽家としての純粋な敬意。


《私について来なさい、運命のその先まで!》


二人の声が完璧に重なった。


体育館でのライブが「奇跡」だったなら、今この瞬間の音は「必然」だった。バラバラだった5人が、カノンの言葉を血肉にし、自分たちの足で運命をねじ伏せた。


《未来の果てまで 強くなる想いに 弱気な私は出番がない》


演奏が終わった瞬間、ライブハウスを揺らしたのは、地鳴りのような歓声と拍手だった。かつて彼女たちを冷笑したプロのバンドマンたちも、ただ呆然と立ち尽くしていた。


終わらない残響


ステージを降りた後、バックヤードで5人は肩で息をしていた。


「……あんた、ちょっとはマシな歌うようになったじゃない」


アンが顔を背けながら言うと、ナツミは笑いながら返した。


「あんたのギターこそ、私の声の邪魔だったわよ」


二人はまだ言い合っている。けれど、その指先は小さく、確かな達成感に震えていた。


「……これからどうするの? 私の言葉、まだ余ってるけど」


カノンがノートを広げる。


「当たり前でしょ。まだ始まったばかりよ」


ユイが微笑み、リンがスティックを鳴らす。

ナツミはライブハウスの汚れた天井を見上げ、心の中で呟いた。


《渇いた心に駆け抜けた想い》は、もう止まらない。


神様さえ知らない未来の果てまで、この5人の音はどこまでも響き続けていく。

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この夜を、神様に奪わせない 南賀 赤井 @black0655

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