Stage.7:不協和音の聖域


衝突という名の調和


音楽室に響き渡る音は、もはや「練習」ではなく「合戦」だった。


アンのギターはナツミを切り裂こうと鋭く唸り、ナツミの歌声はアンを飲み込もうと高く吼える。リンのドラムがその火花をさらに煽り、室内は爆発寸前の熱量に包まれていた。


リズムを支えるユイだけが、その異変に気づいていた。


(……信じられない。ぶつかり合っているのに、一瞬だけ、耳が痛くなるほどの『正解』が鳴ってる……)


それは、互いを叩き潰そうとする二人のエゴが、限界を超えて一つに重なった瞬間にだけ現れる、《神のみぞ知る領域》。一人では決して到達できない、残酷なまでに美しい共鳴(レゾナンス)だった。


譲れないプライド


演奏が止まった瞬間、二人は互いを睨みつけた。


「……今の、私のギターを無視して走ったでしょ」


「あんたこそ、私の声を潰そうとしてボリューム上げたじゃない!」


ユイが「今の、凄く良かったよ!」と仲裁に入るが、二人は「あんなのと一緒にするな」と同時に顔を背ける。才能が強すぎるゆえに、混ざり合うことを敗北だと思い込んでいるのだ。


カノンの宣告


その時、端で静観していたカノンが立ち上がり、二人の間にノートを投げ出した。


そこには、これまでの激しい曲調とは一線を画す、静謐でいて狂気を感じさせる旋律と歌詞が綴られていた。


「いつまで子供みたいな喧嘩をしてるの。見苦しい」


カノンの冷徹な声が響く。


「……これ、デュエット曲?」ナツミがノートを覗き込む。


「そう。一人では絶対に歌いこなせない。二人の声が重なり、競い合い、互いの喉を掻き切るような高音でなければ成立しない曲よ。《私について来なさい》なんて安い言葉じゃない。《死ぬ気で私に喰らいつきなさい》という曲」


残酷なまでに美しい「呪い」


カノンはアンのギターのネックを指先でなぞり、ナツミの目を真っ直ぐに見据えた。


「アン、あなたのプライドは、ナツミの声を殺すためのもの? ナツミ、あなたの歌は、アンを従わせるためのもの?……笑わせないで。そんな低い次元で鳴らすなら、私の言葉を返して」 


カノンが突きつけた新曲のタイトルは――『二律背反のヘヴンリー』


「この曲を完璧に表現してみせなさい。それができないなら、あなたたちはただの『似た者同士の喧嘩っ早い素人』よ」


ナツミとアンは、ノートに書かれた歌詞を読み込み、同時に息を呑んだ。


そこには、二人が隠していた孤独も、渇望も、そして互いへの「認めざるを得ない敬意」も、すべて暴き出されていた。


「……面白いじゃない。カノン、あんたのこの『呪い』、私が解いてあげるわ」


アンがギターを構え直す。


「私だって……この言葉、他の誰にも歌わせたくない」


ナツミがマイクを握り直した。

二人の女王が、初めて同じ「地獄」を見る覚悟を決めた瞬間だった。

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