Little light

めいき~

告白はメリークリスマス

 清美は暗い空を見ていた。


 「何処で、間違えたのかな……」


 寒いだけで、雪は降っていない。心の中は猛吹雪にはなっていたが。清美は今年すごく頑張った。頑張ってクリスマスに五歳歳下の彼氏の為にチキンとご馳走を用意し。美容院にも行って、フィットネスで三ヶ月かけて痩せた。


 ただ、喜んでもらいたくて。できる事をなるべく頑張った。飾り付けもしたし、予定を空ける為に仕事も頑張ったし。半年前から休みを入れる念の入れようで。隆史と一緒にクリスマスを過ごそうと頑張って来た。


 なのに、なのに……。


 また、涙が止まらず。顔を覆う。途中までは、楽しいクリスマスだった。毎年毎年仕事漬けだった私は、彼氏のいる連中の自慢話や。おひとり様セレブで自分へのご褒美の話をする同僚の話をこれでもかと聴いてきた。


 喪女とか言われて、空気と化していた毎年。学生時代も、社会人になってからもだ。今年の四月、たまたま趣味のイベント会場で意気投合したのが隆史だった。友達感覚で、趣味も一緒。通話しているだけで、毎日が楽しくなる。


 そんな毎日だったのに。今年で、三十五歳。クリスマスが誕生日だから、惨めも余計だった。子供の頃からケーキは売れ残りの安くなったもの。だから、誕生日は一日ずれていた。


 隆史は無言で出ていった。この部屋から。


 走馬灯の様に、これまでの自分の事を思い出す。思い出して、また後から後から涙が止まらない。ずっと毎日が幸せだったから。どんなイルミネーションよりも、今年の自分が輝いて居たから。


 なんで? という想いが未だに止まらない。隆史は凄く真面目だった、だからコスプレとかダメだったかなと。自分のトナカイ姿を見た。着ぐるみに近いそれ。


 赤い鼻と同じくらい、今の自分の眼は赤いのだろう。鏡を見なくてもそれぐらいは判る。手作りした、トナカイは顔と心以外は温かい。


 いつもなら、パジャマかジャージで過ごした。何の予定もなく、他の友達が幼稚園ではしゃいでいる時でさえ。なんで、クリスマスなんてあるんだろうとさえ考えて生きてきた。


 私の住む場所は、雪が滅多に降らない。


 小さなマンションの部屋で産まれて、育って。大きくなっても、まだ違うアパートに住んでる。言葉が喋れるだけのトナカイみたいだ。引いているのは、プレゼント満載じゃなくて。辛さとか嫌な思い出とかだけど。


 クラッカーを鳴らした所までは楽しかった。小さな部屋で、少しの灯りが灯った様で。とても、眩しく私の人生最良のクリスマスになる出だしだった。


 何度も料理を失敗して、チキンだってもう胃に来る歳なのに。この日の為に週一で焼いて焼き加減を覚えたと言うのに。


 部屋に戻ると、我が家のクロワッサン(猫)が世界で一番だらし無いへそ天で転がっているのが見えた。ご主人様が、世界で一番不幸な時に何をやってるのよ。この猫は。


 しょうがないので、いつも通り。前あしの下あたりを両手で持ってコタツの中に入れてやる。我が家のクロワッサンは、コタツというレンジの中で黄金色の焼きクロワッサンに……。


 惨めなトナカイは、冷めたチキンを見つめながら。焼きクロワッサンの様子を覗き込んだ。会社帰りに捨てられていたから、ワッサンと名付けて。三年前からウチにいる。


 でも、よく曲がってへそ天で寝ているから。いつしか私はこの子をクロワッサンと呼ぶようになった。


 トナカイの手袋を取って、コタツの中に入れ。ワッサンのお腹を撫でる。


 特に動く気配はなく、柔らかい。


 私も、動く気にはなれなくて。窓の外の曇り空を見た。


 その時、さっき無言で出て行った。隆史が玄関に息を切らせて戻ってきていた。


 なんか、紫色の紙袋を持って。


 そして、開口一番。「ごめん、俺。こういうの初めてで」そういって紙袋の中身をこっちに見せながら。


「これ、トナカイの着ぐるみ?」


 そう、紫の紙袋に入って居たのはトナカイの着ぐるみだった。隆史はゆっくりと頷くと。


「俺、二人のクリスマスなんてしたことなくて。こういうの着るもんだってわからなくて。昔、クジで外れて学芸会の時に着たやつ。家に慌てて帰って、取ってきたんだよ!」


 着てくる! とそれだけ言うと、玄関の方に行ってしまった。


 呆気に取られて、その様子を見送った私は。嫌われたわけじゃない? と段々思考が追いついてきた。



 そして、隆史は私と同じ手袋と靴が無い着ぐるみサンタに赤い付け鼻をつけた状態で「どうだ? おかしくないか?」などと尋ねてくるので。「おかしくはないけど、ギチギチよ」とお腹周りを指を刺して笑った。


 学生時代に着ていたというそれは、とっくにぱつぱつになっていた。


「座ってよ、料理温めなおすから」そういって、冷めた心も少しずつあったまりながら。私は、レンジに冷めたチキンを入れた。


 回るそれを見つめながら、「服なんてどうでもいいのに」と笑って呟く。


「メリークリスマス、清美さん」


「メリークリスマス、無言ででてくから不安になっちゃったじゃない」


 そういって、温めなおしたチキンをテーブルの上に置いた。


 隆史君も、飛び出す前に持ってきたらしきケーキを机に置くと。蝋燭を立てていく。


「誕生日おめでとうもだな。蝋燭はあんまり多くすると穴だらけになっちゃうから四つでいいか?」


 私は、無しでもいいけどと言いながら。かつて実家では蝋燭どころかケーキもホールじゃなかった事を思い浮かべた。


 蝋燭に火が灯る度に、冷たかった心がぼんやり明るくなっていく。部屋の灯りの足しにはならないけれど、私にはこの時間があるだけで温かい。


 チョコレートのログハウスが、蝋燭の火で少し溶けて、慌てふためく。それを見てプッと吹き出した。


 頭を後手でかきながら、私達トナカイ二匹が向き合って。部屋の片隅のクリスマスツリーに電気を入れて。


 初めての楽しいクリスマスで、初めての楽しい誕生日。



 目の前でモリモリ食べてるツノのついた頭を見ながら、若いわねと微笑んだ。


 すると、また急に料理を食べる手が止まって真剣な顔で考え込み。私にこう言った。


「やべぇ、清美さんと俺がトナカイだったら誰がサンタやるんだ?!」


 私は思わず左手で顔を覆い、無言でため息をついた。全く……。


 しょうがないので、クリスマスツリーに飾ってあった小さな帽子を外して。我が家のクロワッサンの頭にのせ。隆史の目の前にすっと差し出した。「サンタよ」


 多分、私はいろんな感情が混ざって。変な声になっていたと思う。


「随分と可愛いサンタですね」


「文句あるの?」


「文句はないけど」


「無いけど何よ」


 隆史は無言で、コンビニから買ってきたクリスマス仕様のプリンが入っていた外側の飾りカップに猫用おやつを入れ。テーブルの上に置く、スンスンと鼻でやってから。猫用おやつを食べるワッサン。隆史君と私の表情が、笑顔になる。


「トナカイ二匹がご馳走食べて、サンタは無しって訳にはいかないだろ?」


 確かにねと、私も同意した。


 私達の共通の話題は猫。


「家に帰ったら、うちのやつにもご馳走してやらないと」


「しもふりは、元気してるの?」


「あぁ、いろんなお肉がつきまくってずっしり重たくなってる」


 彼の猫の名はしもふり。友人に子猫の時にもらったらしいが、大切にしすぎて随分タヌキボディに育った。


「清美さんの所の、ワッサンは相変わらずだらし無いよな」


 オヤツを食べ終わって、再びこたつの下で焼きクロワッサンになっているウチの猫をみて。これさえ無ければと思いながら、


「もう慣れたわよ。それに、仕事で帰ってきた時。このお腹に触るとあったかいの」


「うちのしもふりも、頭以外触らせてくれないかなぁ……」


 急にしょぼんとする。そんな彼を見て、うちのワッサンでよかったらさわる? と尋ねると。ゆっくり頷いた。


 私達二人は、暫くワッサンとしもふりの話で花を咲かせる。ワッサンを交互に撫でながら。


 思い出したように、赤い靴下を目の前にずいっと差し出した。


「何よ」


「クリスマスと誕生日を兼ねて、俺からプレゼント。忘れないうちに渡しとこうと思って」


 相変わらずなんだからと、靴下に手をいれると小さな箱が一つ。かなり、上等なその箱を開けるとイヤリングが入っていた。


 ピンクダイヤの、桜の花型のそれ。


「これ……、あたしが欲しくて。ボーナス握りしめてお店に行ったらもう売れたって…………」「そ、限定五個の最後の一個。ほら、箱の内側にNo.があるだろ?」と隆史が指を指した場所には確かに五の文字が刻まれていた。


「最初のじゃなくて悪いんだけどさ」そういって、照れている。ずっと、欲しくて悔しくて悩んでたものが最高の日にプレゼントとしてこの手にある。


「じゃ私も、プレゼントを渡しましょうか。靴下には入らなかったから、持って来るわ」と言って別の部屋に置いてあった。飾りの印刷された紙が巻いてあるだけのそれを座っている彼の横に置いた。


「おいおい、これはもしかしてっ!」


「イヤリングよりは安物で、持って帰るのも大変でしょうけど」


「何言ってんだ。これより俺が欲しいものなんて他にねぇよ。これ、絶対しもふりに使わせてやるからな!」


 大興奮で、喜んでいるそれは。猫用大車輪。猫が走って遊ぶためのもので、いつかしもふりに買ってやるんだと。豪語していたそれを私は彼に贈った。


「喜んでもらえたようで良かったわ」


 私も、その様子をみて。彼に大車輪を贈った事は間違いじゃなかったと思った。


 実は、イヤリングが買えなくて。帰り道に偶々見かけたそれを買ってしまったはいいが、この狭いアパートのどこに置くんだと酒が抜けて、正気に戻ってから押し入れに眠っていたそれ。直前に、彼が欲しがっているのに気づいて。クリスマス用のラッピングだけしたものだったりする。


(喜んでもらえたのなら、結果オーライかな)


 今にも踊り出しそうな勢いで、喜んでいる彼をみて。若干罪悪感がもやもやとし始めた。


「ありがとうっ! ありがとう!!」何度も何度も彼はお礼を言う彼。


 急にまた止まると、居住まいを正し。


「実はもう一つ真剣な話があるんだわ」急に真面目な顔で言い放つ。


「何かしら」


「実は、俺好きな人が出来まして」


 その瞬間、私の目の前は真っ暗になった。



「目の前のトナカイで、清美さんって言うんですが」その言葉を聞いた瞬間に。私はきっと、変な顔をしていたと思う。


 相変わらず、紛らわしいのよ!。



「できれば、恋人からでお願いしたんですが」とかモジモジやってるそれをみて「良いわよ」ときっぱりと私は言った。


「え? いいの?」きょとんとした顔でこれである。


「ダメな男を自分家にあげたりなんかしないでしょう?」


 私は多分、変な顔のままそう答えていたと思う。


「そうかぁ! よかったぁ!!」


 全く、私も初彼氏なんだから。手探りにしかならないと思うけど。大丈夫なのかしらと思いつつも、まぁ多分付き合ったとしても。デート場所は猫カフェとか、猫がいるキャンプ場とかでしょうし。あれ? 今までとあまり変わらない気が……。


「清美さん、次の休み。猫フェアで、爪研ぎ買おうよ」


 ワクワク顔でそんな事をいう隆史をみて、私は「しもふりには爪研ぎより、オヤツの方が喜ぶんじゃ無いかしら」というと。梅干しのマークみたいな顔をして。「あいつ最近俺より良い食生活してるから、少し下げたい」


 私は、多分ずっと何とも言えない顔をしてたと思う。


「参考までに聞きたいんだけど、ワッサンって毎日何を食べさせてるの?」


「拾って来た日からずっと、毎日お徳用のビック野菜カリカリよ。他のもあげようとしたけど、オヤツ以外頑なにこれしか食べなくて」


 私は、台所のシンクの下に置いてある。巨大な猫の顔写真が印刷された物を彼に手渡した。彼は、箱の隅々まで自分の眼で見て。スマホでパシャリと何度か、その箱の写真を撮ってありがとうと言って返してきた。


「成る程、これしか食べないんだ。うちのしもふりにも、これあげてみようかな」


「そういえば、隆史君はしもふりに何食べさせてるの?」私が尋ねると、持っていたスマホを渡してきた。


「うちはこれだな」そのスマホに映っていたのは、猫缶だった。


「嘘、これを毎日あげてるの?!」私のワッサンには、ご褒美デーだって出さない様な結構本格的な奴。


「でもさ、スッゲー嬉しそうな顔で食べてくれるんだよ。俺さ、あのしもふりの顔を見るのが凄く好きでさ」その表情は、ツリーのライトアップされた星より輝いていて。少し、妬けた。


「まぁ、こんな顔されたらあげちゃうわよね」スマホにいっぱい入っていたのはしもふりの笑顔だった。猫なのに、どうしてこんなに幸せそうな、満ち足りた顔ができるのかと言うぐらいご機嫌な表情だった。


 隆史と私は何とも言えない表情になり、どちらかが先ともいえず。二人で大笑いした。私達トナカイ二匹は、今日恋人になった。


 でも、何も変わらない。でも、それがいい。


 私の、心の表情はしもふりに負けないくらい輝いていた。


 それからずっと、私達二人は。また猫の話をずっとしていた。


 ワッサンの小さな帽子が、コタツの中で脱ぎ捨てられていたので。そっと摘んでテーブルの上に戻す。「うちのサンタは、早めに寝ちゃうみたい」私がそういってこたつの布団を戻すと。「仕方ないだろ、外は雪がチラついて来たみたいだし」


 小さな窓から、私が毎年見上げた空から。白い雪が降って来ていた。


 ふと、隣をみると。隣のトナカイがこちらをじっと見ていて目があう。


「どうしたの?」私が尋ねると、「鼻、はずさない?」と尋ねてきたので。私も「そっちもはずさないの?」とお互いきょとんとした顔で真顔になると。どちらともなく、付け鼻を外す。


「メリークリスマス」

「メリークリスマス」


 二人の声が、部屋で重なって。


 その後、座り直して。こたつの中で手を繋いだ。


「ねぇ、どうして私みたいなオバサンが良かったの?」


「俺もオッサンだけど、良かったのか?」


 二人で、何それと苦笑した。


「清美さんが良かった。じゃダメかな?」


 そんな事を、いう彼に私も。


「私も、オッサンじゃなくて。隆史君が良かったじゃダメかな?」


 二人で、笑い合う。


 もう一度、部屋の片隅にあるツリーに下がっている。雪だるまの飾りの様に、二人が揺れた。


「雪……、積もるかな」


「少なければ、綺麗なんだけど」


 二人で見る雪は……。いや、いつの間にか。膝の上にワッサンが座っていた。前足を懸命に伸ばして、雪を挟んで取ろうとする仕草がまるで人間の子供の様で。そんな頃もあったのかなと、二匹のトナカイが一緒になって。クリスマスツリーの星に向かってやってみた。


 二人と一匹で見る。空の灯りは。


 小さく、昇っていくように見えた。



 <おしまい>

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