第3話 はじめての採取
その日の夕方、リューはとりあえず家の中をざっと片づけた。
床の大きな木片を端に寄せ、埃を足で払う。窓の割れた部分には、落ちていた板切れを拾って立てかけてみる。完全ではないが、風は多少マシになった。
「あとは……寝る場所か」
布団などもちろんない。床に直接寝るしかないが、それでは体がもたない気がした。
(藁があれば、簡易ベッドみたいにできるんだけどな……)
でも、藁を分けてくれそうな相手もまだいない。
その夜は、空腹と不安で、あまりよく眠れなかった。
身体は疲れているのに、頭だけが覚醒している。ふと目を開けると、屋根の穴から星が覗いていた。
(……明日、どうしよう)
考えても答えは出ない。やがて浅い眠りに落ちた。
◆
朝。
胃のあたりが、痛いほど空っぽだという事実だけが、はっきりしていた。
「……腹、減った……」
声に出すと、余計つらくなる。
家の中には食べられそうなものなど一つもない。昨日と同じように何もせず過ごせば、ただ弱っていくだけだ。
(何か……探しに行かないと)
リューは空き家の外に出た。
近くには、灰色がかった木々が連なる森が広がっている。通称“魔の森”。
本来は近づくべきではない場所。魔物が出る。だが、だからこそ誰も近づかない場所でもある。
(安全な場所には、もう誰かが手を出してる。今の自分に残ってるのは……危ない方だけだよな)
怖い。けれど、空腹の方がもっと怖かった。
リューは意を決して森へ向かった。
◆
森の中は、想像以上に暗かった。
木々は高く、枝は絡み合い、地面は落ち葉と湿った土でぬかるんでいる。鳥の鳴き声。どこかで枝が折れる音。小さな何かが走り去る気配。
(……魔物、いるのかな……)
考えるだけで背筋が冷たくなる。
それでも慎重に歩を進める。食べられそうなものがないか、地面や木の根元を探しながら。
十分か二十分か。時間の感覚も曖昧になってきた頃──。
「……キノコ?」
木の根元に、ぽつぽつと茶色い傘が並んでいた。丸く、ふっくらとしていて、見るからに栄養がありそうだ。
だが同時に、毒の可能性もある。
(……食べられるのか? これは)
悩んだ末、リューはとりあえず全部摘んで袋に入れた。詐欺師たちに荷物は全部奪われたが、服のポケットに突っ込んであった「小さな袋」だけは残っていたのだ。食べるかどうかは後で決めればいい。
(誰か詳しい人がいればいいんだけど……)
とりあえず、リューは森を後にした。
◆
空き家に戻ると、玄関の前に見慣れた二人が立っていた。
「リューさーん! おはよー!」
ヤヨイだ。今日も元気でうるさいくらいに明るい。
隣にサヨ。視線は相変わらず下向きだ。
「おはようございます。二人とも、どうして……?」
「朝ごはん! ちゃんと食べたかなーって思って!」
ヤヨイはにっこり笑って、持っていた包みをリューの胸元あたりまでぐいっと差し出した。
「はいこれ、おにぎり! 三つあるよ。塩と梅と、ちょっと贅沢に卵そぼろ!」
包みからふわっと温かい匂いが広がり、空腹を刺激する。胃がきゅうっと鳴り、リューは思わずお腹を押さえた。
リューは深く頭を下げた。
「本当に……ありがとうございます。マジで助かりました、命の恩人です」
ヤヨイは「もう、大げさだなぁ」と笑いながらも、声を少し落として続けた。
「でもお母さんには内緒だよ? サヨがね、リューさん、何も食べてないんじゃないかって心配してさ。これ、サヨがにぎったんだよ」
「えっ……サヨさんが?」
思わずサヨを見ると、サヨはビクッと肩を震わせ、視線を外したまま小さく頷いた。
男の人に声を掛けられること自体が怖いのだと分かる。それでも来てくれたのだと思うと、リューは胸の奥が熱くなった。
「ありがとうございます。……サヨさんも」
「……う、うん……」
か細い返答のあと、サヨはふと何かに気づいたようにリューの持つ袋へ視線を落とした。袋の口から、茶色いキノコが少し見えていた。
「……それ」
小さな声が漏れる。
「え?」
「……その、袋の……中」
「あ、これですか。森でキノコを見つけて……でも、食べられるか分からなくて」
リューが袋を開けてキノコを一つ取り出して見せると、サヨはそっと一歩近づき、じっと観察した。
その控えめな仕草が妙に可愛らしく、リューは思わず息を呑んだ。
「これは……火を通せば、大丈夫。……焼けば、美味しいです」
「本当ですか?」
「……うん」
必要なことだけ淡々と告げる。
(すごい……詳しいんだ)
リューの中で、サヨへの尊敬ポイントが一気に跳ね上がった。
「サヨ、すごいでしょ!」
ヤヨイが嬉しそうに言う。
「植物とかキノコとか、何でも詳しいんだよ。ね、今度リューさんにも教えてあげなよ」
「……必要、なら」
その返事は、少しだけ柔らかかった。
「そうだ!」
ヤヨイが手を叩く。
「焼いて食べてもいいけど、せっかくだし、そのキノコ、街で売ってみようよ! いい店、知ってるから!」
「いい店?」
リューが首をかしげる。
「うん、マオのお店。というか、屋台。あの人ね、見た目はだらしないけど、買い取りはちゃんとしてくれるし、変なボッタクリもしないんだよ」
「……でも、いつも眠そう」
「そう、それ! そこがちょっと欠点なんだけどね!」
サヨが短く付け加えると、ヤヨイは笑いながら頷いた。
「行ってみる価値はあるよ! ね?」
リューは二人の勢いに押されるように頷いた。
「お願いします。……連れて行ってください」
無一文からの異世界スローライフ〜可愛くて優しい住民たちを“完堕土下座”させて甘々ハーレム生活【大号泣】 @may2424
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。無一文からの異世界スローライフ〜可愛くて優しい住民たちを“完堕土下座”させて甘々ハーレム生活【大号泣】の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます