第3話 はじめての採取

その日の夕方、リューはとりあえず家の中をざっと片づけた。


床の大きな木片を端に寄せ、埃を足で払う。窓の割れた部分には、落ちていた板切れを拾って立てかけてみる。完全ではないが、風は多少マシになった。


「あとは……寝る場所か」


布団などもちろんない。床に直接寝るしかないが、それでは体がもたない気がした。


(藁があれば、簡易ベッドみたいにできるんだけどな……)


でも、藁を分けてくれそうな相手もまだいない。


その夜は、空腹と不安で、あまりよく眠れなかった。

身体は疲れているのに、頭だけが覚醒している。ふと目を開けると、屋根の穴から星が覗いていた。


(……明日、どうしよう)


考えても答えは出ない。やがて浅い眠りに落ちた。



朝。


胃のあたりが、痛いほど空っぽだという事実だけが、はっきりしていた。


「……腹、減った……」


声に出すと、余計つらくなる。

家の中には食べられそうなものなど一つもない。昨日と同じように何もせず過ごせば、ただ弱っていくだけだ。


(何か……探しに行かないと)


リューは空き家の外に出た。

近くには、灰色がかった木々が連なる森が広がっている。通称“魔の森”。

本来は近づくべきではない場所。魔物が出る。だが、だからこそ誰も近づかない場所でもある。


(安全な場所には、もう誰かが手を出してる。今の自分に残ってるのは……危ない方だけだよな)


怖い。けれど、空腹の方がもっと怖かった。

リューは意を決して森へ向かった。



森の中は、想像以上に暗かった。

木々は高く、枝は絡み合い、地面は落ち葉と湿った土でぬかるんでいる。鳥の鳴き声。どこかで枝が折れる音。小さな何かが走り去る気配。


(……魔物、いるのかな……)


考えるだけで背筋が冷たくなる。

それでも慎重に歩を進める。食べられそうなものがないか、地面や木の根元を探しながら。

十分か二十分か。時間の感覚も曖昧になってきた頃──。


「……キノコ?」


木の根元に、ぽつぽつと茶色い傘が並んでいた。丸く、ふっくらとしていて、見るからに栄養がありそうだ。

だが同時に、毒の可能性もある。


(……食べられるのか? これは)


悩んだ末、リューはとりあえず全部摘んで袋に入れた。詐欺師たちに荷物は全部奪われたが、服のポケットに突っ込んであった「小さな袋」だけは残っていたのだ。食べるかどうかは後で決めればいい。


(誰か詳しい人がいればいいんだけど……)


とりあえず、リューは森を後にした。



空き家に戻ると、玄関の前に見慣れた二人が立っていた。


「リューさーん! おはよー!」


ヤヨイだ。今日も元気でうるさいくらいに明るい。

隣にサヨ。視線は相変わらず下向きだ。


「おはようございます。二人とも、どうして……?」

「朝ごはん! ちゃんと食べたかなーって思って!」


ヤヨイはにっこり笑って、持っていた包みをリューの胸元あたりまでぐいっと差し出した。


「はいこれ、おにぎり! 三つあるよ。塩と梅と、ちょっと贅沢に卵そぼろ!」


包みからふわっと温かい匂いが広がり、空腹を刺激する。胃がきゅうっと鳴り、リューは思わずお腹を押さえた。

リューは深く頭を下げた。


「本当に……ありがとうございます。マジで助かりました、命の恩人です」


ヤヨイは「もう、大げさだなぁ」と笑いながらも、声を少し落として続けた。


「でもお母さんには内緒だよ? サヨがね、リューさん、何も食べてないんじゃないかって心配してさ。これ、サヨがにぎったんだよ」

「えっ……サヨさんが?」


思わずサヨを見ると、サヨはビクッと肩を震わせ、視線を外したまま小さく頷いた。

男の人に声を掛けられること自体が怖いのだと分かる。それでも来てくれたのだと思うと、リューは胸の奥が熱くなった。


「ありがとうございます。……サヨさんも」

「……う、うん……」


か細い返答のあと、サヨはふと何かに気づいたようにリューの持つ袋へ視線を落とした。袋の口から、茶色いキノコが少し見えていた。


「……それ」


小さな声が漏れる。


「え?」

「……その、袋の……中」

「あ、これですか。森でキノコを見つけて……でも、食べられるか分からなくて」


リューが袋を開けてキノコを一つ取り出して見せると、サヨはそっと一歩近づき、じっと観察した。

その控えめな仕草が妙に可愛らしく、リューは思わず息を呑んだ。


「これは……火を通せば、大丈夫。……焼けば、美味しいです」

「本当ですか?」

「……うん」


必要なことだけ淡々と告げる。


(すごい……詳しいんだ)


リューの中で、サヨへの尊敬ポイントが一気に跳ね上がった。


「サヨ、すごいでしょ!」


ヤヨイが嬉しそうに言う。


「植物とかキノコとか、何でも詳しいんだよ。ね、今度リューさんにも教えてあげなよ」

「……必要、なら」


その返事は、少しだけ柔らかかった。


「そうだ!」


ヤヨイが手を叩く。


「焼いて食べてもいいけど、せっかくだし、そのキノコ、街で売ってみようよ! いい店、知ってるから!」

「いい店?」


リューが首をかしげる。


「うん、マオのお店。というか、屋台。あの人ね、見た目はだらしないけど、買い取りはちゃんとしてくれるし、変なボッタクリもしないんだよ」

「……でも、いつも眠そう」

「そう、それ! そこがちょっと欠点なんだけどね!」


サヨが短く付け加えると、ヤヨイは笑いながら頷いた。


「行ってみる価値はあるよ! ね?」


リューは二人の勢いに押されるように頷いた。


「お願いします。……連れて行ってください」

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無一文からの異世界スローライフ〜可愛くて優しい住民たちを“完堕土下座”させて甘々ハーレム生活【大号泣】 @may2424

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