第2話 夢のマイホーム

少し歩いただけで、すぐに街並みは途切れ、何もない荒野が広がった。


土の道の両側に、雑に開かれた畑。ところどころに、傾いた柵と、手入れの行き届いていない家が見える。ウィンド領の“辺境感”が、じわじわと肌にまとわりついてくる。


「ここ、どう見ても栄えてないでしょ?」


ヤヨイが笑いながら言う。


「盗賊も多いし、森は近いし、魔物も出る。産業はほとんど農業だけ。王都からの援助がなかったら、とっくに潰れてるよ。でも、その援助の代わりに若い男を兵士として連れてっちゃうから、働き手が減って畑も荒れて……ほんと悪循環」


リューは息をのんだ。こんなにも厳しい土地だとは思っておらず、言葉が見つからない。


「でもまあ、そんな悪いことばかりじゃないよ。女の人は多いからね!」


ヤヨイは、すぐに明るい調子に戻る。


「畑仕事は女の人たちが頑張ってるし。男手がほとんどいないから、若い男ってだけで、そこそこ貴重資源なんだよ?」


「き、貴重資源……」

「うん。だから、やる気と根性を見せて頑張れば──結構モテると思うよ?」


笑顔でさらっと言われ、冗談か本気か判断できない。


かなり後ろからサヨがついてきている。男の人が苦手だという話を思い出し、リューは視線を落とした。さっきつい「おっぱい」をじっくり見てしまったことを思い返し、自己嫌悪が押し寄せる。


(うぅ……ぜったい嫌われたよな、これ……)


「ほら、着いたよ」


ヤヨイが前方を指さした。

そこには、一軒の家があった──正確には、“かつて家だった何か”が。


屋根のあちこちに穴。壁の板は剥がれ、窓ガラスは割れ、扉は半分落ちかけている。家の前の農地だった場所は、雑草に覆われ、どこまでが畑だったのかすら分からない状態になっていた。


「……これは……想像以上……」


思わず本音が漏れる。


「でしょ?」


ヤヨイは笑う。


「でも、誰も使ってないから、全部リューさんのだよ。やったね、マイホーム!」

「……あ、あはは、そうだね……」


リューは乾いた笑いを浮かべながら、扉を押し開けた。


中は、予想どおりひどかった。


床には厚い埃と木の屑。天井には大きな穴が開いていて、そこから空が見えていた。雨漏りの跡も残っており、床板は歪んでいる。

そして、二階へ続くはずの階段は、途中からぽっきり折れていた。


「……二階は?」

「上がらない方がいいと思う」


サヨが、短く言う。


「……床、抜けて危ないから」


その声には、珍しく強さがあった。きっと、実際に危ないのだろう。


「家具もほとんど残ってないね……」


リューは、空っぽの部屋を見渡した。


「テーブルも椅子もないか……」

「前に住んでた人が、売れるものは全部売っちゃったんだよ」


ヤヨイが説明する。


「お金がなくなって、街に出ていっちゃった。そのあと戻ってきてない」


さらっと重いことを言う。


「でも……まあ、穴は開いてるけど、一応“屋根”はあるし」


ヤヨイは、無理やりポジティブに続ける。


「壁だって、一応あるし! ね、サヨ!」

「……夜風は、しのげる。……たぶん」

「ほらね!」


ほらねと言われても、説得力はかなり怪しい。


(……でも、ないよりは、ずっといい)


雨風を完全にしのげなくても、寝転がれる床があるだけ、野宿よりマシだ。


「本当に……ありがとう。こんなボロでも、家をくれるなんて」


リューは二人に頭を下げた。


「いいっていいって!」


ヤヨイが笑う。


「困ったら、すぐ宿に来てね。ご飯とか、ちょっとなら何とかするから!」

「……でも、頼りすぎると……」


サヨが、申し訳なさそうに小さく付け加える。


「そう、それ! お母さん、怒るからね!」


ヤヨイは両手を合わせて、ぺこりと頭を下げる仕草をしてみせた。


「でも、根は優しいしさ。リューさんが頑張ってたら、きっと力になってくれるよ」


(……厳しくて、優しい。か)


アカネの顔を思い浮かべながら、リューは小さく頷いた。


「じゃあ、私たち、そろそろ戻るね。昼の準備あるし」


二人は手を振り、街の方へ戻っていく。

その後ろ姿を、リューはいつまでも見送っていた。


(……本当に、いい子たちだな)


胸の奥に、じんわりあたたかいものが広がる。

同時に、不安も膨らんだ。


(こんな優しい人たちがいる領に、何もできない自分が来て……役に立てるんだろうか)


ボロボロの空き家に、ひとり取り残されると、現実の重さが一気に押し寄せてくるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る