最終話 夜を呼ぶ者


やっぱり夜は静かだった。契約を交わした夜の次の日も、その次の日も次の日も。街は何事もないかのように動いている。人は笑い車は行きかい、街灯は同じ場所で同じ明るさを保っている。


私を置き去りにしたまま、世界は動いている。


「……これも……慣れるのかな」


誰に向けたわけでもない言葉を吐き出す。胸の奥はもう熱を持たない。代わりに夜と同じ温度になっていた。


《無理に慣れる必要はない。》


背後でも、頭の中でもない。冴の声はもう隣にある。


「……でも、もう前みたいには戻れないんだよね」


《あぁ。お前はもう夜を"外側"から見ることは出来ない。》


足を止め空を見上げる。月は相変わらず白く、冷たく浮かんでいる。何も語らない顔で浮かんでいる。


「ねぇ……冴」


《なんだ夜羽》


「夜が裂けなかったら……私は、どうなるの?」


《……何も起きない。》


その答えに少しだけ肩の力が抜ける。


「……そっか。」


《……だが、裂けた夜を見逃す事はもう出来ない。》


冴の声がほんの僅かに低くなる。胸の奥が静かに応えた。それは恐怖でも痛みでもない。"理解"だった。


「……見てしまうんだね。きっと。」


《あぁ》


「……気づいて、呼んで……縫う。」


《それが夜羽の立ち位置だ。》


私は目を瞑って息を吸う。人の夜と、境界の夜。その狭間に立つ感覚は不安定なはずなのに妙に落ち着いていた。


「……冴」


《なんだ夜羽》


「……私、ちゃんと選んだんだよね」


《……あぁ。選ばされたのではない。夜羽、お前が踏み込んだ。》


冴の声は変わらない。でも確かに肯定するものだった。なら……それなら……


「……私は、逃げないよ。」


怖くても、迷っても。それでも夜が裂けたら呼ぶ。


「……冴、次の夜も……よろしくね」


《あぁ、夜羽。呼ばれた時、俺は必ずそこに居る。》


月光が少しだけ揺れた。ならもう迷う必要はない。私は歩き出す。人の夜の中を、でも確かに境界を踏みしめながら。


きっと夜はこれからも裂ける。そのたびに私は夜を縫って私は変わる。それでも……夜が守れるならもうなにも怖くはない。


私は今日も夜を見上げる。

呼ぶべき名前を、胸の奥に抱えたまま。

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月に契約を夜に代償を 綴音華柏(つづねこはく) @kohaku_1105

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