#8

数日後、佐久田家には子供たちの笑い声が響いている。


真叶ママが、

「みんなー、オヤツよー。」と上階に届くように大声を出した。


バダバタバタ


と走り降りる音。その中に、律の姿もある。


みんなは知らないだろう。このイジメを始めたのが律であることを。嘘の噂を流し、そのせいで何匹もの猫が怖い目にあっていたことを。


「今日はね、クッキー焼いたんだ」

と、花が咲くような笑顔で真叶ママは振る舞う。


(たぶん、真叶ママのせいじゃないのか?)


吾輩は、甘く漂っている匂いに鼻をヒクヒク動かす。


明るく側にいてくれる母親が羨ましかったから真叶をターゲットにしたのだろう。


律の闇は彼が作ったものではない。

忙しく働いている両親だ。

律もまた実の親にいじめられていると言っても過言ではないだろう。


律に対しての加害者である両親もまた遅くまで働かされている被害者なのかもしれない。

こうして、被害者と加害者が永遠に終わることなく繋がっていっているのだ。


真叶の手作りクッキーを、遠慮がちに食べている律と目が合った。


口元へ運んでいた手が止まり、目がどんどん見開かれていく。


「あっ!」


声を上げると、律に視線が集まった。

その指先が、吾輩を指し示す。


子供たちは、その先を目で追う。


「あーっ、律の家にいた黒猫じゃん!」


友達の一人が気づくと、

「ほんとだ」「ほんとだ」と、次々に近寄ってくる。


真叶だけが、一人、状況を飲み込めずにいた。


皆、口々に言う。

律の家に黒猫がいたこと。

そして、その猫にそっくりだと、真叶に教えている。


律は、どんな気持ちで吾輩を見つめているのだろう。


(そろそろ、かな。)


旅立ちを考える。

吾輩がここにいれば、律は嫌でも今回のことを思い出すだろう。

律の悲しみは、まだ解決したわけではないのだ。


「くわぁーっ」


大きく欠伸をする。


(泣くだろうなぁ……真叶ママ。)


町はすっかり寝静まり、太陽もまだ顔を出す準備ができていない。

そんな中、猫たちは会議を開く。


「ここから北へ少し行ったところに、そろそろ親離れの時期を迎える子猫がいるよ。

たしか、黒猫も一匹いた気がする。」


情報が集まっていく。


佐久田家の玄関先には、一匹の黒猫が

「ミー、ミー」と鳴いている。


そして、もう一匹。


周りよりも大きな家の前には、

黒いラインの入った鯖色の子猫が、元気に鳴いていた。


吾輩は猫又である。名前は死ぬほどある。

信頼と統率力を持ち合わせる猫。

そして何より so clever なのである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

吾輩は猫又である〜探偵編〜 @hachio_haru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ