第5話 戦場の朝食
爆音と熱気が収まると、雪原には静寂だけが残っていた。
敵のパワードスーツだったものは、半円形に抉り取られた雪の斜面と共に蒸発して消えていた。
「……ふぅ。少々焼きすぎましたね」
俺は赤熱してパチパチと音を立てるパイルバンカーを撫でながら、ため息をついた。
右腕に巻きついていた幼竜はエネルギーを使い果たしたのか、手乗りサイズにまで縮んで俺の手のひらでぐったりと眠りこけている。
「キュゥ……」
「やれやれ。
俺は苦笑し、マントの裏側に幼竜を放り込んでやった。聖女の体温で温まれば、またすぐに元気になるだろう。
「せ、聖女様……」
腰を抜かしていたヒロインたちが、恐る恐る近寄ってくる。
リーゼロッテが信じられないものを見る目で俺と、俺の懐の膨らみを見比べた。
「まさか、あの凶暴な『試作生体コア』を手懐けたのですか?」
「懐いただけですよ。……まあ、使い捨てカイロ代わりにはなりそうです」
「か、カイロ……!?」
ヴェロニカが呆れたように肩をすくめ、セツナは興味深そうに俺の懐を覗き込んでいる。
「……新しい、家族?」
「……そうですね。少し手のかかる、新しい家族です」
俺は観念して頷いた。
懐の中で「キュウ」と甘える声を聞けば、装備品などと呼ぶのは野暮というものだろう。彼女たちの表情がふわりと和らぐのが見えた。
空を見上げるといつの間にか吹雪は止んでいた。
雲の切れ間から薄い冬の朝日が差し込み、白銀の世界をキラキラと照らし出している。
*
拠点への帰路。装甲馬車の中。
俺たちは久々の休息を取っていた。
リーゼロッテは疲れ果てて座席で居眠りをし、ヴェロニカは戦利品のデータ整理に余念がない。セツナは俺の膝に頭を乗せて丸まっている。
そして俺の掌の上では、銀色のトカゲ――バレットが、俺が与えた「黒色火薬」をカリカリと美味そうに齧っていた。
「……変なものを食べるのねえ」
ヴェロニカが顔をしかめる。
「貴女も如何?苦いですが」
「結構よ。……でも可愛い顔をしてるわね。将来はハンサムな
「さあ。今のところは、ただの食い意地の張ったトカゲです」
俺はバレットの頭を指先で撫でる。
硬い金属質の皮膚の下に、温かい血が流れているのが分かる。帝国に回収されていれば脳を弄られ、ただの殺戮兵器になっていた命だ。
それがこうして、俺の指を甘噛みしている。
(……悪くない)
ふと、空腹を思い出した。
そういえば昨夜から何も食べていない。俺はアイテムポーチを探り、レーションの缶詰を取り出した。
中身は冷たいシチューだ。
「……あーあ。結局、焼き立てのオムレツは食えずじまいか」
俺はボヤきながら、まだ微熱を帯びているパイルバンカーの先端に缶詰を押し当てた。余熱で少しずつシチューが温まっていく。
豪華な食事とは程遠い。
だが、膝には安心しきった部下が眠り、手の中には新しい「小さな相棒」がいる。
硝煙とオイルの匂いが染み付いた、戦場の朝食。
俺はスプーンで、ようやく人肌に温まったシチューを掬い、口に運んだ。
「……いただきます」
塩気の効いた味が、泥のように疲れた体に染み渡る。
聖女の薄汚れたスカートの中には、重い鉄の冷たさと、小さな、けれど熱い命の体温が残っていた。
聖女のスカートの中には、祈りよりも重い鉄がある III ~戦場に「卵」は孵らない~ すまげんちゃんねる @gen-nai
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