第4話 コロンブスの鉄槌《ヒート・バンカー》

 白銀の雪原にエンジン音が轟く。

 眼前の敵――氷削用パワードスーツに搭乗した指揮官は、狂気を見る目で俺を凝視していた。


「……正気か?その卵は爆弾と同じだぞ!衝撃を与えれば中の魔力が暴走してここら一帯が吹き飛ぶ!」

「ご心配には及びません。……要は暴走する前に中身を引っ張り出せばいいだけの話です」


 俺はドレスの裾を踏みしめ、雪の上に置いた巨大な卵へ向けてパイルバンカーの銃口マズルを突きつける。

 ゼロ距離。鉄杭の先端が、白銀の殻に触れるか触れないかの距離で固定される。


 卵は熱い。脈動は限界に達している。

 中の生物は外殻の硬度に阻まれ外に出られずにいるのだ。ならば外側からノックしてやるのが礼儀だろう。


(……賭けだな)


 俺は奥歯で飴を噛み砕く。

 普通に撃てば卵は粉砕され中身もミンチになる。

 必要なのは破壊力ではない。「殻一枚だけ」を割り、かつ内部の体温を一気に臨界点まで引き上げる熱量だ。


「調整開始。……排熱弁ヴェント、全開放」


 プシュウゥゥゥッ!!

 パイルバンカーの機関部から白煙のような高圧蒸気が噴き出す。

 俺はトリガーを引くのではなく、機関部の摩擦熱ヒートを意図的に暴走させその熱気を卵へと浴びせかけた。


「リーゼロッテ、衝撃防御!セツナは耳を塞ぎなさい!」

「はッ、はいぃっ!」


 俺の警告と同時、パワードスーツが突っ込んでくる。

 ドリルが俺の頭上へ振り下ろされる寸前――


「起きなさい、寝坊助ドラグナーッ!!」


 俺はパイルバンカーの撃針を叩いた。

 ただしフルストロークではない。コンマ数ミリ単位の超精密打撃寸止め

 ガァンッ!

 強烈な打撃音が響き衝撃波が雪を巻き上げる。

 敵のドリルがリーゼロッテの盾に阻まれて止まるその隙に、俺の足元の卵に亀裂が走った。


 ビキリ、バキキキキッ!

 金属音が響き、強固な殻が内圧に耐えかねて弾け飛ぶ。

 中から溢れ出したのは目が眩むような白銀の閃光と、ドロリとした高濃度の魔力羊水。


 そして――。


「ギャオォォォォォッ!!」


 産声が吹雪を切り裂いた。

 殻を蹴破って飛び出したのは、全身が流体金属リビング・メタルで構成された銀色の幼竜だった。

 大きさは成猫ほど。だがその背には鋭い翼と、燃えるような赤い「照準器サイト」の瞳が輝いている。


「なッ……!?ここで孵化させたというのか!?」


 敵指揮官が驚愕に動きを止める。

 生まれたばかりの幼竜はキョロキョロと周囲を見回し、そして俺――正確には、高熱を放つ俺のパイルバンカーへと視線を固定した。


「……ッ、危ないですよ!」


 俺が身構えるより早く、幼竜は素早い動きで俺の右腕に飛び乗ってきた。

 そして、まだ赤熱しているパイルの砲身バレルに愛おしそうに長い身体を巻き付けたのだ。

 敵への攻撃ではない。これは――


「キュウッ!(ママーッ!)」


 暖を取っているだけだ。

 とんでもない馬鹿が生まれたものである。敵の前だぞ。


「どきなさい!今からあの鉄屑を解体するんです!」


 俺が右腕を振っても幼竜は離れない。それどころか敵のパワードスーツを「邪魔な冷たい鉄」と認識したのか、その喉奥を赤く光らせた。


「ギャッ!」


 幼竜が俺のパイルバンカーの機関部に向けて、猛烈な「高熱ブレス」を吐き出した。

 自殺行為ではない。俺には分かる。これは「給油ブースト」だ。

 外部からの高熱によって、パイルバンカー内部の聖水蒸気圧が限界突破レッドゾーンへ突入する。


『警告。炉心溶融の危険あり。緊急冷却を――』

「必要ありません!……丁度いい温度だ!」


 俺は笑みを浮かべた。

 計らずも最強の「相棒」が手に入ったようだ。俺の武器を予熱ウォームアップしてくれる、生きた発火装置。


「……面白い。貴方も共犯者になりたいのですね?」


 俺は右腕に絡みついた幼竜ごと重くなったパイルバンカーを構え直す。

 銃身はマグマのように赤熱し、周囲の雪を一瞬で蒸発させている。


「ひ、ひぃッ……化け物め!やれ!殺せ!」


 指揮官が絶叫し、チェーンソーを振り回して突進してくる。

 だが遅い。

 今の俺の射程距離レンジは通常の三倍だ。


「消し飛びなさい」


 俺はヒールを踏み込み、幼竜と共に咆哮した。


「――『竜熱撃針ドラグ・バンカー』!!」


 ズドォォォォォォォンッ!!


 引き金を引いた瞬間、視界が白熱した。

 幼竜のブレスで加速された鉄杭は、もはや固体ではない。流星のようなプラズマの槍となって射出された。

 敵のパワードスーツが紙細工のように貫かれる。

 防御装甲もエンジンブロックも、後ろの雪山ごと一直線に穿たれ高熱で溶解していく。


 爆音。そして静寂。

 そこには半円形にえぐり取られた雪原と、蒸発した敵の痕跡だけが残されていた。

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