ep.1『霹靂』③

「待ってくれ……全く話が見えない」


 朝の食卓で、突然ヴォルガーに告げられた追放。

 身に覚えのない非情な宣告に、ヴォルガーは戸惑う他なかった。


「一体どうしてそんな……訳を話してくれ!!」

「毎晩毎晩喘ぎ声がうるさいんだよ!!」

「何の話だ!? そんな大声を出した覚えはないぞ!!」


 ヴォルガーは自分の記憶に従って、素直に正直に反論をする。

 実際、ヴォルガー本人としては大声を出している自覚はなかった。

 隣に座るラピアは彼に同調し、フォローの声をあげた。


「そうですよ! 確かに毎晩喘いでますけど、うるさいなんてことありません!」

「どうしてお主はそっち側なんじゃ……」


 援軍の登場に、リアは頭を抱える。


「とにかく……乳首の開発をやめるか僕達と旅を続けるか、君の道は二つに一つだ!!」

「何を言ってるんだ勇者殿!! 俺達は魔王から世界を救うために戦ってるんだぞ!! 乳首が原因で分裂するなんてそんな馬鹿げた話はない!!」

「僕だってこんな話はしたくない!!!」


 勇者ギデオンは悲痛な叫びをあげる。

 しかし、ヴォルガーとて譲る気はない。


「俺達は七沌将のうちまだ二体しか倒していない!! 仲間割れなんてしたら魔王の思う壺だぞ!!!」

「それはそうだよ……君ほどの実力者を失うなんて、僕にとっても大きすぎる痛手だ。代わりの人材が見つかるとも思えない」

「だったら――」

「それでも君の喘ぎ声によるデバフの方が遙かに大きいんだよ!!!」

「そんな理不尽な……!!」


 油断ならない戦況も、ヴォルガーの実力も認めている。

 認めているが、それでもヴォルガーの追放は譲れない……。

 取り付く島もないギデオンの頑なな態度に、ヴォルガーは苦しんだ。


「理不尽ついでに言わせてもらう!! 君が愛用している黒のタンクトップ……ピッチピチでボディラインが強調されて非常に不愉快だ!! 人の見た目を悪く言ってはいけない、それはわかってるが……見ていると目眩がしてくる!! 気が狂う!!!」

「そうじゃそうじゃ! 乳首がちょくちょく浮いておるぞ!! 気色が悪いぞ!!」

「お、落ち着いてください! それは嬉しいことじゃないですか!!」


 ヴォルガーを襲う容赦ない罵声に、ラピアが隣から助け船を出した。


「なんじゃお主!? 頭がおかしいぞ!!?」

「何を言ってるんですか、私は正常です!! ねぇ?」


 ラピアはタンクトップ乳首の張本人であるヴォルガーに同調を求める。


「……いやまぁ、『嬉しい』と言われても反応に困るが」

「どうしてですか!? 味方でいてくださいよ!!」


 別の余計な争いが始まる前に、ギデオンは自分の主張を続ける。


「とにかく! 君としては鍛え上げた肉体を魅せつけたいのかもしれないが、もう少し考えた格好を……」

「誤解だ!! 自分の体を見せつけようなんて考えたこともない!」

「だったらどうしてそんなピッチピチの服を着ている!」

「それはその、余裕のある服を着ると肌と布の間に隙間が生まれるだろう? そうすると乳首が擦れて『おっ♡』ってなって」

「出て行ってくれ……!!」

「何故だ!?」


 素直に事情を説明しても『出て行ってくれ』の一点張り。

 ヴォルガーは納得こそしていないが、ギデオンに少し譲ることに決めた。


「わ、わかった! このタンクトップは素直に脱ごう!!」

「どうしてそうなる!!?」


 ギデオンの制止が耳に入るよりも素早く上半身裸になるヴォルガー。

 分厚い胸板の上に隆起する乳首は綺麗なピンク色で、女性のように大きく発達していた。


「そしてその乳首はなんなんだ!!」

「なんなんだと言われても!!?」

「失礼を承知で言わせてもらおう! 君の乳首は人を狂わせる!! やたらと綺麗なピンク色なのも! 女の子みたいな大きさをしているのも!! 何もかもが嫌で嫌で仕方がない!!! 視覚への暴力だ!!!」


 ヴォルガーの艶やかでぷっくりとした乳首に激怒するギデオン。

 隣からその乳首に、じーっと真剣な眼差しを向けるラピアがぼそっと口を開いた。


「でも、確かに……ヴォルガーくんの乳首って男の子なのに、赤ちゃんが吸いやすそうなサイズ感ですよね……」

「気色の悪いことを言うでなァァァァァァいッッッッ!!!」


 リアは激昂し、力任せにテーブルを叩いた。

 彼女がこれほどまでに怒りを露わにするのは、森で助けた子供達の村が盗賊によって焼かれていた時以来だった。


「……これだけ言ってもわからないなら……ヴォルガー、君は心の病気なんだよ」

「な、なんだって!?」


 ギデオンは、テーブルに金貨の詰まった皮袋を置いた。


「これは君の……いや、君達のこれまでの働きに見合った報酬のつもりだ」

「正直なところ、ラピアがヴォルガーの味方をするのは予想がついておったからの……」

「これで病院に行って、心と体をゆっくり休めてくれ。魔王も七沌将もこっちでなんとかしておくから……」


 ギデオンとリア王女は、諦めに満ちた表情でゆっくりと席を立つ。


「世界の危機だぞ!? そんな悠長なことを言ってる場合か!?」

「そうです! 落ち着いてください!!」

「とにもかくにもこれで決別だ!! リアッ!!」


 ギデオンのかけ声をきっかけに、リアはの手を握って呪文を唱えた。


「ストミーネッッ!!(瞬間移動の呪文)」


 そして、ヴォルガーが引き留める間もなく……勇者と魔法使いはその姿を消した。


「勇者殿……! 姫様……!」


***


 宿代はいらないとはいえ、礼儀として出発の挨拶はしなければならない。

 受付で亭主を待つヴォルガーとラピアの間には、重い空気が流れていた。


「まさか、こんなことになってしまうとは……」

「本当に……二人ともどうしちゃったんでしょうね」


 やがて受付に現れた宿屋の亭主――ヴォルガーがドラゴンから助けた村人――は、気まずそうに二人に声をかけた。


「あの……よろしいですか」

「ああ、ご主人。すまなかったな、こんな朝から騒いでしまって」

「い、いえ、皆様には本当に深く感謝しております。感謝しておりますがその……非常に申し訳ないのですが、なんというか……できればこの宿屋には、今後立ち寄らないようにしていただけると……」

「えっ……!?」


 謎の出入り禁止通告に、驚きの声をあげたのはラピアだった。

 ヴォルガーは、ただ静かに頷いて……


「……わかった」


 そう返して、宿屋を後にした。


***


 相変わらず重い空気の中、ヴォルガーとラピアは歩を進める。


「まさか、私達が出入り禁止になるなんて……」

「出入り禁止になったのは、きっと――」


 ヴォルガーとラピアは向き合い、言葉を交わす。


「俺達がいれば、魔王の手下を呼び寄せてしまう……そう考えたからに違いないな」

「ええ、他の理由は一切思い浮かびません」


 魔王軍による侵攻は、ここまで人の心を苦しめるものなのか……。

 パーティから追放したギデオンとリア、宿屋を出入り禁止にした亭主。

 その心の傷を思い、ヴォルガーとラピアは胸を痛めた。


「勇者殿は俺を心の病気だと言ったが……心を病んでいるのは勇者殿の方だ!! そして、それは民衆も同じだ!!!」

「はい!! むしろ、私達だけが健康なのかもしれません!!」


 ギデオンになんと言われようと、ヴォルガーとラピアの決意は揺るがない。

 彼らの目指す場所は……病院ではない!!


「行こう、魔王の城を目指して!!」

「もちろんです!!」


≪続く≫

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俺はSSS級格闘家だが夜な夜な♂乳首♂を開発していたら「喘ぎ声がうるさすぎる」と勇者パーティを追放されてしまった~今更戻ってこいと言われてももうお゛っ♡お゛っ♡お゛っ♡ @sexydynamic

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