白華流離奇譚〈五〉時巡りの花 −2−

風花《かざはな》

温もりを埋めた日 -ある卵の話-

──バサリ


 突然大きな羽音がした。


 それと同時に、地面を横切る影は、自分の知っているどんな鳥よりもずっと大きかった。


「ほぇ……?」


 少女は思わず立ち止まり、空を見上げた。上空には自分を狙って急降下してくる大きな影がある。一瞬、呼吸が止まる。時間も。


白雅ハクガ!」


 男の怒声が飛ぶ。白刃の軌跡が宙を舞い、風を裂く音が、もうひとつ重なった。次の瞬間、少女──白雅の視界から影が消えた。


 ハラハラと舞い散る焦茶色の羽根。鼻をつく鉄錆びた血の臭い。白雅は言葉もなくその光景を見つめていた。


「白雅、怪我はないな?」

赤鴉セキア


 白雅に『赤鴉』と呼ばれた男は、剣についた血糊を拭き取ると、剣を鞘に収めた。


「しかし……デケー鳥だったな」


 赤鴉の言葉に、白雅も地面に転がった怪鳥の死骸に視線を向ける。翼を広げれば、成人男性である赤鴉と同じくらいの大きさはありそうだった。


「どこから来たんだろ」

「さぁな。近くに巣でもあるんじゃねーか?」


 二人でキョロキョロとあたりを見回すと、白雅は近くにある崖の先に、怪鳥の巣らしき枯れ枝が絡み合った影を見つけた。


「赤鴉。巣、あった」

「お、よく見つけたな、白雅。鳥は光りモノ好きだからなー。なにかお宝があるかもしれねーぞ」


 二人で崖の上を目指して岩山を登る。白雅は意外なほどしっかりとした足取りで、赤鴉についてきた。


 赤鴉と白雅は巣の中を覗き込む。


「……卵?」


 なんと中には、白雅の頭ほどもある卵がひとつきり置かれていた。


 白雅はおそるおそる手を伸ばす。


「これ、あったかい……?」


 つい先ほどまで、あの鳥がここにいたのかもしれなかった。


「生きてるの?」


 だが、赤鴉は首を横に振った。


「……生きてるかどうかはわからん」

「死んでるかも?」

「……かもな。だが、食えば、数日は腹がもつ」


 白雅の返事は一拍遅れた。卵から手を離せない。


「……ダメ」

「?」

「卵、温かいから、まだ生きてるかも」


 白雅は卵を抱えあげると、その温もりが消えてしまわないよう、お腹に抱き込んだ。


 そのまま動かない構えの白雅に、赤鴉は小さなため息をつくと、焚き火を熾して野宿の準備をしたのだった。


 夜、白雅は卵を抱いて、じっと動かなかった。手放したら、冷えてしまう気がしたからだ。


「……冷えたら言え」


 それだけ言って、赤鴉は焚き火に薪をくべた。


──翌朝


 卵はすっかり冷たくなってしまっていた。


「赤鴉、どうしよう……」

「……お前はどうしたい?」


 赤鴉の問いかけに、白雅は、うーん、と考え込んだ。温もりの消えた卵。これといって明らかな変化もない。それでも──。


「……食べたくない」

「じゃあ、どうするんだ?」


 白雅は巣と卵を見比べた。


「……ここに埋める」


 その結論に、赤鴉は一瞬言葉に詰まる。幼い白雅が生死の概念について知っているわけはない。それでも、彼女は弔うことを選んだ。


「……好きにしろ」


 最終的にそれだけ答えて、赤鴉は背を向け、剣の柄に手を置いた。それ以上、なにも言うことはなかった。


 白雅は巣の手前に穴を掘る。小さな手では掘れる大きさなどたかが知れていて、卵がはみ出してしまう。それでも、周りの土を削って卵が隠れるように土を被せた。


 こんもりと盛り上がった塚ができた。


「……ここ、あったかいから」


 土の中は大地の温もりに満ちている。これならきっと卵も寂しくないだろう。


「……終わったか?」

「うん」


 白雅は一度だけ振り返り、土の盛り上がりを見つめる。


「んじゃ、戻るとするか。そろそろ紫闇シアンのヤツも戻った頃かもしれねぇしな」

「わかった」


 二人は巣を背に、来た道を引き返した。振り返ることはなかった。崖の上には、風に揺れる枯れ枝と、こんもりと盛られた土だけが残った。


 卵が生きていたのか、死んでいたのか。それを知る者は、もういない。

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白華流離奇譚〈五〉時巡りの花 −2− 風花《かざはな》 @kazahana_ricca

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