第四稿 推敲は必須
仮面文芸即売会。
結局ハメレイの続きを書けなかった私は、出展者としてではなく一般参加者として即売会を楽しむことにした。
「今週ハメレイの新刊無いの?」
「えっ、いつもあるじゃん!」
ハメレイを楽しみにしてくれている生徒達の声が耳に入り、心に刺さる。
好きな物語の新刊を楽しみにする気持ちは、私にも分かる。
刷られたばかりの本を触った時の、心が浮き立つ感覚。
それを期待していた彼らに応えられないのが、少し申し訳ない。
出展する時とは違う仮面を着けているから、彼らが私を見てもハメレイの作者だとはバレないはずだ。
ブラブラと会場を歩いていると、人気作家のテーブルに目が行く。
淑女達は引き続き、復讐物に惹かれている。最近はお仕事物も人気だ。
紳士達は、田舎でのんびり暮らす話、生まれ変わってみたら何故か最強だった話が人気だ。
みんな疲れてるのかな。
手軽にスカッとする話や簡単に愛される話が好かれるのは、生徒達が日頃からストレスを抱えているからなのかも。
何かしらのスキルを持った主人公が好まれるのは、向上心の表れか、それとも、劣等感の裏返しか。
ハメレイのヒットを経ても、この流行の裏側にある紳士淑女の心理が掴めない。
だから、私はダメなのかな……
少し疲れて、回廊の壁に寄りかかった。
横目に、長い列ができている場所をチェックする。
恋愛物は男女共に手堅く人気。
でも、好まれる話の傾向は男女で大きく異なる。
「溺愛物」という、男性にひたすら甘やかされる話を淑女が好むのに対して、紳士達は「女性の浮気や不倫からの復讐物」を好む。
あ……そうじゃない。
淑女達向けの、真実の愛を見つけた婚約者からの婚約破棄、そしてその復讐に対応しているのが、紳士達向けの、女性側の浮気・不倫からの復讐。
結局どちらも同じストーリーラインだ。
淑女達向けの溺愛ものに対応しているのが、多数の女性達から愛される紳士向けのハーレム物だ。
愛されたい。
流行りの恋愛物の傾向から伝わってくるのは、男女の、よく似た切実な感情だ。
そんなに愛されたいのなら。
もう、婚約破棄物を好む淑女と浮気・不倫物を好む紳士で、付き合っちゃえばいいのに。
それとも愛されたい者同士では孤独が深くなるだけ?
お互いに愛を求めているのに、噛み合わない。
婚約破棄を叫んだヴィラントの姿を思い出す。
『お前では私の心の飢えは埋まらない』という、宣告。
そして、読者から必要とされたい私の気持ちも、ヴィラントのハメレイへの愛では埋まらない。
私達もまた、お互いの心を埋められない二人だ。
フツフツと、腹の底から何か熱いものが込み上げてくる。
だから、人は物語を求めるのか。
婚約破棄。からの『ざまぁ』と呼ばれる復讐。
(ナディア・クライノートは、どう復讐するの?)
私の物語の読者は、何を期待している?
この物語が復讐劇なら、復讐する対象が一番苦しむ結末にすべきだろう。
ナディア・クライノートは筆を折る。 藤咲紫亜 @fujisakisia
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