第4話 【掲示板回】世界が発見する


 アリスの手の中で、ひび割れた操作端末が熱を持っていた。

 それは物理的な熱だけでなく、情報の熱量だ。

 画面の向こう側――世界中から注がれる視線の熱気が、物理的な熱となって伝わってくるような錯覚さえ覚える。


 (どうしよう……どうしよう……!)


 ドラゴンの尻尾ステーキを食べ終え、一心地ついたアリスは、改めて自分の配信画面を確認して戦慄していた。

 同接数、5万人超。

 数字は今も増え続けている。

 コメント欄は滝のように流れ、肉眼で追うことすら不可能だ。


 目の前では、剛田と名乗った男が満足げに腹をさすりながら、食後のコーヒーを淹れ始めている。

 彼は知らない。

 自分が今、ネットの世界で「伝説」になりつつあることを。

 そして、アリスの緊急記録が結果として世界中へ流れてしまっていることを。


 (ちゃんと説明しなきゃ……でも、今止めたら遭難記録が途切れる)


 罪悪感で胃が痛い。

 けれど、配信者としての興奮がそれを上回っていた。

 探索者向けの大手匿名掲示板『迷宮ちゃんねる』では、祭りなどというレベルを超え、一種の社会現象と化していたのだ。


 ◇◇◇


**タイトル:**

【緊急】深層でソロキャンしてるおっさんがドラゴン吹き飛ばした件【現在同接5万】


1 : **名無しの探索者**

おい同接5万超えたぞwww

覇権確定。


2 : **迷宮マニア**

さっきの「ドラゴン場外」の切り抜き見たけどヤバすぎだろ

これ特撮じゃないんだよな?


3 : **切り抜き職人**

>>2

全編ノーカット版上げたから見とけ

【動画リンク:ドラゴン場外ホームラン完全版】

スロー再生推奨。インパクトの瞬間に空間歪んでるぞ。


4 : **特定班B**

場所の特定終わった。

ギルドのデータベースにある深層画像と照合。

背景の植生が『奈落の森』の第90階層以深と完全に一致した。

人類未踏破エリアだぞこれ。


5 : **名無し**

>>4

は? 未踏破エリアでソロキャン?

正気か?


6 : **キャンプ民**

道具へのこだわりも凄いぞ

あの薪割り斧、特注のミスリル製だろ? 値段が想像つかんw

あと設営の手際が良すぎる。完全にガチ勢。


7 : **野球民(帝都推し)**

おいお前ら、場所とか道具とかどうでもいい。

問題は「誰が」やってるかだ。

この構え、インコース捌き……見覚えしかない。


8 : **在野の古参野球民**

>>7

だよな。

俺も半信半疑だったが、さっきのコーヒー淹れる手つきと、あの脱力した構えで確信した。

あの太い指、バットを握り続けた独特のタコの位置。

あれは、国民的ホームラン王・剛田豪の手だ。


9 : **名無し**

ファッ!?

剛田って引退して行方不明の?


10 : **名無し**

引退して野球辞めたと思ったら

物理法則を辞めてたでござる


11 : **自称ギルド職員**

えー、ここだけの話ですが。

ギルド本部がハチの巣をつついたような騒ぎになってます。

「未踏破エリアに居住実態あり」「S級指定災害獣(ドラゴン)の単独撃破を確認」

緊急対策本部が立ち上がるとか何とか。


12 : **名無し**

>>11

リーク乙

でもマジでありそうだから困る


13 : **名無し**

帝都タイタンズの公式SNSが反応したぞ

「映像の人物については現在確認中」だってよ

これガチで剛田じゃねえか!!


14 : **アリス推し**

アリスちゃんの配信が、いつの間にか「伝説の目撃配信」になってる……

頑張れアリス、そのおじさんは人類の宝だ!

絶対に見失うなよ!


15 : **名無し**

これもう探索者ランキング1位だろ

今の1位の剣聖ジークフリートでも、ドラゴンを場外には飛ばせんぞ


16 : **名無し**

祭りの予感しかしない

とりあえずチャンネル登録した

拡散してくる


 ◇◇◇


 アリスは震える指で画面をスクロールさせた。

 特定班と野球ファンの合流によって、「謎のキャンパー=剛田豪」説がほぼ確定事項として語られ始めている。

 切り抜き動画は瞬く間にSNSで拡散され、トレンドワードには『ドラゴン場外』『剛田生存確認』『謎のS級』が並んでいた。


 (すごい……世界中が、この人を見てる)


 目の前の男――剛田は、そんな騒ぎなど露知らず、淹れたてのコーヒーの香りを堪能している。

 湯気の向こうにある横顔は、どこまでも穏やかだ。

 かつて国民的スターとして熱狂の中心にいた男が、今はたった一人、静寂の中で焚き火を見つめている。


 その姿は、アリスの目にはとてつもなく大きく、そして少しだけ寂しそうに映った。


 (……配信、止めなきゃ)


 これ以上勝手に撮るのは、人としてダメな気がする。

 でも、ここで切ったら遭難の記録が途絶えてしまう。

 何より、この人には命を救われた。ただ黙って立ち去ることなんてできない。


 共犯者として、せめて剛田に許可を取れるまでは、記録係に徹しよう。

 そう自分に言い訳をした時だった。

 不意に、剛田がこちらを振り向いた。


「おい」


「ひぃっ!?」


 アリスは飛び上がった。

 バレた? 配信のこと、バレた?

 端末ごと叩き割られる?


 剛田は怯えるアリスを不思議そうに見つめ、手にしたマグカップを差し出した。


「食後のコーヒーだ。飲むか?」


 湯気と共に漂う、豊潤な豆の香り。

 アリスは力が抜け、へなへなと座り込んだ。


「……いただきます」


 この人は、本当にただキャンプを楽しんでいるだけなんだ。

 アリスは覚悟を決めた。

 この「伝説」を、一番近くで見届けよう。


---

**【本日のキャンプメモ】**

**道具:** 手挽きのコーヒーミル。豆を挽く時のゴリゴリという音と感触が、心を落ち着かせる。深層の水は硬度が高いので、深煎りの豆がよく合う。

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――――――――――――作者からのお願い―――――――――――

掲示板回、楽しんでいただけましたでしょうか?

剛田の正体に気づき始めた野球民たちの反応、書くのが楽しかったです。


「もっと掲示板回が見たい!」という方は、ぜひフォローして更新をお待ちください!


次回、ついにアリスと剛田が接触。

そして待望の「ドラゴン肉の実食」です!

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