第3話 ドラゴン場外ホームラン
森の空気が一変した。
鳥たちのさえずりがピタリと止み、風が凪ぐ。
まるで世界そのものが息を止めたかのような静寂。だが、それは平和な静けさではない。捕食者の到来に怯える、死の沈黙だ。
俺は『ドライスター』の最後の一口を飲み干し、空き缶を握りつぶした。
ビールは空だが、ベーコンはちょうど焼き上がったところだ。
「……来たか」
上空から、強烈なプレッシャーが降ってくる。
風圧で焚き火の炎が大きく揺らぎ、舞い上がった灰が、飴色に焼けたベーコンに降り注いだ。
俺の眉がピクリと動く。
ビールじゃない。肉だ。俺の飯が汚された。
(せっかくのベーコンが……)
灰を払えば食えるだろう。だが、完璧な焼き加減と香りが台無しだ。
食事の邪魔をされるのが一番腹が立つ。
俺はゆっくりと立ち上がり、傍らに立てかけてあった薪割り斧を手に取った。
空を見上げる。
そこには、太陽を遮るほどの巨体が浮かんでいた。
エンシェント・ドラゴン。
深層の空を支配する、最強の生物。
白銀の鱗に覆われた巨体は、全長三十メートルを下らないだろう。
その双眸が、俺というちっぽけな獲物を見下ろしている。
「グルルルルゥ……ッ!!」
鼓膜を劈く咆哮(ドラゴンロア)。
ただの音ではない。魔力を帯びた衝撃波だ。並の探索者なら、これだけで気絶するか、恐怖で発狂するレベルだろう。
だが、俺にとってはスタジアムの大歓声よりも静かだった。
何万人のブーイングに比べれば、ただのトカゲの鳴き声など雑音に過ぎない。
「……うるさいな。マナーの悪い客だ」
俺は斧を軽く振った。
ブンッ、と重い風切り音が鳴る。
ミスリルの塊ごときでは、ドラゴンの鱗一枚傷つけられないと学者は言うかもしれない。
だが、俺の感覚は違う。
(センター方向、逆風。……まあ、関係ないか)
ドラゴンが口を大きく開けた。
喉の奥で、灼熱のエネルギーが渦を巻く。
ブレスだ。
単なる火炎放射ではない。魔力を極限まで圧縮した、純粋な破壊の奔流。直撃すれば、俺だけでなくこの森の一画ごと消し飛ぶだろう。
俺は右足を引いた。
グリップを柔らかく握り、トップの位置を作る。
全身の力を抜き、意識を一点に集中させる。
来る。
ドラゴンの顎(あぎと)から、閃光が迸った。
――ズドォォォォォンッ!!
極太のレーザーのような熱線が、音速で迫る。
熱い。眩しい。
物理的な熱量と、魔力という未知のエネルギーが混ざり合った、回避不能の死の宣告。
だが。
【選球眼】を持つ俺には、そのエネルギーの「芯」が見えていた。
(変化なしの直球(ストレート)。……ナメられたもんだな)
魔力だろうが熱量だろうが関係ない。
あらゆる力には「波」がある。
その波長を見切り、芯で捉えて叩く。
理屈じゃない。来た球を打つ。それだけだ。
俺は左足を踏み込み、腰を回転させた。
背中の筋肉が唸りを上げ、全身のバネが解放される。
――【ジャストミート】。
スイングの軌道が、迫りくるブレスの先端と交錯した。
キィィィィィィィィィンッ!!!!!
森に、いや深層全体に、甲高い金属音が響き渡った。
衝撃の瞬間、空間そのものが歪んだように見えた。
ドラゴンのブレスが、俺の斧に弾かれ、捻じ曲がり、そして――逆流した。
いわゆる、ピッチャー返しだ。
上乗せされた打撃エネルギーと共に、破壊の光がその発生源へと襲いかかる。
「ギャァァァッ!?」
ドラゴンが驚愕に目を見開く暇もなかった。
自分のブレスと、俺の打撃エネルギーを顔面に受け、その巨体がボールのように空高く弾き飛ばされた。
雲を突き破る。
みるみるうちに小さくなり、空の彼方でキラリと光る点になった。
「……場外だな」
そう呟いた、直後だった。
ズシンッ!!
すぐ近くの地面が大きく揺れた。
空から何かが落ちてきたのだ。
◇◇◇
アリスは、口をあんぐりと開けたまま固まっていた。
ドローンの操作端末を取り落としそうになる。
(え……? うそ……えええっ!?)
理解できなかった。
ドラゴンが現れた瞬間、死を覚悟した。
ブレスが放たれた瞬間、灰になる自分を想像した。
なのに。
あの男は、ただ「打った」のだ。
魔法を、熱線を、絶望そのものを。
たった一本の斧で。
震える手で端末の画面を見る。
緊急記録の画面には、信じられない数字が躍っていた。
――同接数:50,000人超
コメント欄が、見たこともない速度で流れている。
『は??????』
『ファッ!?』
『ドラゴン飛んでったぞwwww』
『今のブレスだろ? なんで打ち返せるんだよ』
『音www 完全に金属バットの快音で草』
『これCG? 映画の撮影?』
『いやライブだろ、解析班息してるか?』
同接数が、見る間に増え続けている。
アリスのチャンネルで、過去最高記録どころか、探索系配信の歴史を塗り替えるような勢いだ。
(バズった……。本当に、バズっちゃった……)
その時、アリスは近くに落ちてきた「物体」に気づいた。
ズシン、という音と共に地面にめり込んだ巨大な肉塊。
ドラゴンの尻尾だ。
衝撃でちぎれ飛び、回転しながら本体より先に落ちてきた最高級の食材。
「お、いい部位じゃないか」
男が嬉しそうに近寄っていく。
アリスは恐怖と混乱で腰が抜けていたが、男の声を聞いてハッとした。
男が、こちらを見ている。
殺気はない。
あるのは、少し呆れたような、でもどこか優しい響き。
「……そこにいるのは分かってる。腹、減ってるのか?」
男の手には、ナイフで切り出されたばかりのドラゴンの尻尾肉。
焚き火で炙られ、滴る脂が食欲を暴力的に刺激する。
「え……あ……」
アリスの腹が、返事をするように盛大に鳴った。
男はフッと小さく笑うと、焼けた肉を放り投げてよこした。
アリスは慌てて受け取る。
熱い。でも、信じられないくらいいい匂い。
「食え。灰が入っちまったが、味は保証する」
アリスは躊躇なく肉にかぶりついた。
口いっぱいに広がる、濃厚な旨味。ドラゴンの魔力が溶け込んだ極上の脂。
生きててよかった。
本当に、よかった。
ボロボロと涙をこぼしながら肉を頬張るアリスを、ドローンのカメラが静かに映し出していた。
◇◇◇
**タイトル:**
【緊急】深層でソロキャンしてるおっさんがドラゴン吹き飛ばした件【現在同接5万】
1 : **名無しの探索者**
おい今の見たか!?
ドラゴンが星になったぞwww
2 : **迷宮マニア**
合成乙
と言いたいところだが、ライブなんだよなこれ……
3 : **名無し**
>>1
打った音が完全に金属バットのそれ
キィィィィン!って言ってたぞ
4 : **解析班A**
映像解析した。
加工痕跡なし。ドラゴンのブレス(推定数千度)に対し、棒状の物体が衝突。
接触は一瞬。運動エネルギーを完全に反射してる。
結論:物理演算がバグってる。
5 : **名無し**
>>4
解析班仕事はえーよw
つまりどういうことだってばよ?
6 : **解析班A**
>>5
魔法を筋肉で打ち返したってこと。
人間業じゃない。
7 : **野球民(帝都推し)**
ちょっと待ってくれ。
この構え、このフォロースルー……
まさか、剛田か?
8 : **名無し**
剛田ってあの引退したホームラン王?
いやいや、引退後は行方不明だろ。
9 : **在野の古参野球民**
>>7
俺も思った。
今の「インコース捌き」の肘のたたみ方、全盛期のG.G.そのものだわ。
あと、薪割り斧の持ち方が完全にバットのそれ。
10 : **切り抜き職人**
とりあえず今のシーン切り抜いてきた
【動画リンク:ドラゴン場外ホームラン30秒Ver】
タイトル:「静かに肉を焼きたいだけなのに」
11 : **名無し**
>>10
仕事早すぎワロタ
タイトルの哀愁で草
12 : **飯テロ民**
お前らドラゴンの話ばっかしてるけどさ
このおっさんが焼いてる尻尾ステーキ、めちゃくちゃ美味そうじゃない?
焼き加減がプロなんだが
13 : **深夜の空腹**
わかる
さっきから音と映像の暴力がすごい
肉の焼ける音だけで白飯食える
14 : **名無しの探索者**
・ドラゴンのブレスをホームラン
・謎のS級身体能力
・飯が美味そう
・本人は配信に気づいてない(重要)
これ、覇権確定じゃね?
15 : **アリス推し**
アリスちゃんの同接が5万超えてる……!
いつも2桁だったのに(泣)
頑張れアリス、そのおじさんにしがみつけ!
---
**【本日のキャンプメモ】**
**レシピ:** ドラゴン尻尾のステーキ。塩を強めに振り、強火で表面を焼き固めてから、遠火でじっくり休ませるのがコツ。灰がかかると台無しになるので、調理中の害獣対策は万全に。
---
【読者の皆様へのお願い】
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
もし、ドラゴンのブレスを打ち返すシーンでスカッとしていただけたら、
**ページ下部の【★で称える】から、★3つで応援していただけないでしょうか?**
皆様の★が、この作品をランキングに押し上げ、剛田の伝説を広める力になります!
何卒、よろしくお願いいたします!
次回は掲示板回! 世界中がこの映像を見て大騒ぎします。
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