第2話 K県 廃神社 B神社
K県S市──ここにB神社と呼ばれる廃神社がある。
町の中心部に突如現れる小さな山──都市開発から取り残されたそこは遠目には一種の神聖さを感じなくもないが、境内に向かう階段を登り始めてすぐ、あなたはその場の不気味さに気がつくだろう。すでに無人となって数十年経っており、手入れするものもいなくなった石段は薄汚れている。両脇に並んでいたであろう石灯籠は倫理観に乏しい人間が蹴飛ばしでもしたのか、そのほとんどが斜面に倒れている。
百数十段の階段を登り切ると、そこには半壊した狛犬が出迎えてくれる。これも恐らくは何者かの手によって壊されてしまったのだろう。昼なお暗い周囲の環境もさることながら、何者かによる罰当たりな所業のその痕跡が、立ち入った者の心に恐怖を滲ませる。
落ち葉や枯れ枝で雑然とした境内に鎮座するのは不気味な様相の廃墟だ。というのも数年前に雷が本殿──といっても一般的な住宅の一階部分程度の大きさ──の屋根を直撃。全焼は免れたものの大きな火災を引き起こした。その結果、管理されていた当時は清浄で静謐な佇まいであったろう日本が誇る木造建築技術の粋は見る影もなく、表面を歪なクレバスと萎縮し引き攣れた木肌に覆われた黒い異形へと変貌してしまったのだ。
そんな恐ろしいこの神社には、その見た目以上に恐ろしい噂がある。それは『丑の刻参り』の噂だ。
丑三つ時になると、時折この神社から釘を打つ音が聞こえてくる。その音を追って石段を登っていくと、階段脇の森の中にぼうっと光る何かが見えてくる。よおく目を凝らしてその光を見るとそれは──古来からの方式に則って白装束を身に纏い、三本の蠟燭を立てた鉄輪を被り、口には櫛を咥えて胸元に鏡をぶら下げた──女であることがわかる。女は般若の顔で木に藁人形を一心不乱に打ち付けている……。
もし、あなたがその女の姿を見てしまったらすぐに逃げることを強くお勧めする。丑の刻参りを執り行なっているところを見られてしまうと『呪詛返し』にあってしまう。それは自らの命を失うことになるため、女は必死にあなたを殺そうとしてくるだろう。
そんな曰くのあるA神社を──、
マスミが通る──!!
あっ! うわぁ、本当にいた……。あ、ごめんなさい。何か……玄関前に犬の糞を見つけた時みたいなリアクションしちゃって……あ、ごめんなさい、女性に対して犬の糞とか言っちゃって……。配慮、配慮が、その……。
あっ!? やめてやめて! やめて下さい!
あのっ……もうっ!
えっ? あらっ、あらあらあらごめんなさいごめんなさい。ええ……いや……ええ? ごめんなさい、いや、よく考えたらそうですよね。そっちの攻撃が当たるなら、そりゃこっちの攻撃も当たらないと、ねぇ? ちょっとズルい? ズルいっていうか何ていうか……ねぇ、わかりますよね? 逆の立場で考えたら、ねぇ? 私だったらそう思うなぁ。はい。
それで、あの、すみません話進めますね。起き上がるのは、はい、ゆっくりで大丈夫ですんで。それでその、今日私が来た理由なんですけど……。あ、そうだごめんなさい、名乗るのが遅くなりましたが、私マスミと言います。よろしく……よろしくじゃないか……まあ、良いや、よろしくお願いします。
それでそのマスミがですね……ふふ、あ、ごめんなさい、何か、普段自分のこと名前で呼ぶタイプじゃないんで。すいません……。えっと、それで、その、お願いがありまして。
そのぉ……それ、よそでやってくれません?
いや実はですね、駅向こうにあるA寺ってご存知ですか? 私あの辺に実家があって、それでこの神社の近く──ほら昼間ならここの階段からも見えますけど──の高校が母校でして。この神社って、けっっこう思い出の場所なんですよね。帰りに友達と集まってダベったりとか、それこそ恋バナとか? したりなんかして。ほら、ここなら周りの目が気にならないですし、コンビニも階段降りてすぐですからね。まぁぶっちゃけ? 今だからですよ? 今だからぶっちゃけますけど、まあ、ほら……ちょっとタバコ吸ってみたりとか? いや良くないですけどね、良くないですけど、人目を避けてそういうね、冒険的な。今は非喫煙者なんですけどね。あ、ちなみに犯罪とかはしてないですよ? 犯罪とかぁ、それこそ──丑の刻参りとかぁ? いや冗談です冗談。ごめんなさい、そんな顔しなくても……いや、ごめんなさい。ね、真剣ですもんね、そちらは、ね? ごめんなさい……ていうか未成年者の喫煙も犯罪ですよね……ごめんなさい。なんか、自分のこと棚に上げちゃって。
えーっと、それで、そう、それでね、そのA寺も何か最近心霊スポットって言われてて。それで私、行ったんですよ。霊に直談判しに。思い出の場所なんで困りますって。
え? 聞いてくれましたよ。もちろん。腐っても──腐ってもはヒドイか──あの……化けっても。化けっても? 化けて出ててもお坊さんはお坊さんなんで。聞く耳は、はい。耳ありお坊さんでした。耳なしじゃなくて。はい。
でね、友達に「話せばわかってくれたよ〜」って報告したんですよ。そしたら、そしたらですよ、この神社にも何か出るって言うじゃないですか。だからなんか、自分が行くっきゃないなって。まぁちょっと酔ってたんでね。勢いで。はい。そんなわけで。勢いで。
で、そう、まずはこれ、この話、聞いていただきたくて。あの、それって丑の刻参り──えっ、ですよね? 丑の刻参り。ですよね? ね。ああ良かったぁ。違ったらもう前提が──って、あ、お話出来るんですね。びっくりしちゃった。
ってあれ? え?
あ、幽霊じゃないんですか? えぇ……。
あっ、じゃあ、えっ、改めてごめんなさい。お怪我とか……あ、大丈夫? セーフ、良かったぁ。あの、ごめんなさい。見た目で完全に化け物……いや女性に化け物は失礼ですよね……。お化けだと思い込んじゃって……あの、こういうのもセクハラになるんですかね? 最近コンプラ怖いですよね……。実際、幽霊より怖いですよね、コンプラ。
あっ、ごめんなさい脱線しちゃった。そう、それでね、丑の刻参りじゃないですか、それ。だからちょっとここ違うかなぁって……。いやね、なんかですね、AIに聞いたらぁ、丑の刻参りって京都の貴船神社ってとこでやるのが正式らしいんですよ。私も初めて知ったんですけど。だって、ねぇ、普通に生活してて丑の刻参りのこととか調べないですもんね。仕事とかでも「ちょっと丑の刻参りについて調べといて〜」とかね、ないじゃないですか。
でね、そこの貴船明神って神様が丑の刻参りの神様みたいですよ。神様とか詳しくないんで、よくわかんないんですけどね。いや、わかんないですよ、もしかしたらここでもイケるのかも知れないですけどね。ここの神様でも。でもそこまでバチバチに衣装固めるくらいやる気なら、本場の方が良くないですか?
そもそも廃神社なんで、神様いないんじゃないですかね。ここ。いや、わかりますよ。ボロボロだし、オカルトっていうかめっちゃホラーな雰囲気ありますしね。なんか呪いとか上手く行きそうな雰囲気あるってのはわかります。めっっちゃわかります。
でも……いやぁやっぱね、そこまで気合い入ってるなら本場行った方が良いと思います。だってほら、そこまで本格的な衣装来て「何の成果もありませんでしたー!」て、ねぇ、くっそハズいじゃないすか。いや全然、全然バカにするあれじゃなくて。むしろ応援? 応援団ですよ、私。まあ私一人なんで、応援人? 応援人ですね。応援人。
行きましょう! 貴ふ……貴ふね? 貴ぶね? まあ良いや、その、貴なんとか神社に! ね! 私、応援しますから! こんな丑の刻参りと全然関係ない神社でやってないで。貴女には似合わない。貴女にはこんな神社似合わないですよ。ね。行きましょう。京都に。
京都に行こう!
*****
──こうして今日もまた、この世からひとつの心霊スポットが消えた。
マスミが通り過ぎたあとに心霊スポットは残らない。
決して!
【短編集】マスミが通る! 塔 @tou_tower
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