【短編集】マスミが通る!

第1話 K県 廃寺 A寺

 K県S市──ここにA寺と呼ばれる心霊スポットがある。


 そこは■■宗の寺で、すでに廃寺となって数十年が経っている。


 住宅街から少し離れた場所にあり、周囲はちょっとした森になっていて、建物の背後には小さな山がそびえている。壁や天井は所々崩れ、本堂は丸見えの状態。また床には仏具が散乱しており、まさに心霊スポットと呼ぶに相応しい外見である。


 肝試しにやってきた者達は、まず近くの道路から森の中の獣道を歩くことになる。森の中に一歩踏み入れた途端、道路脇の街灯などは何の意味もなさない暗闇が待ち構えている。頼りになるのは手にした懐中電灯のみだ。


 都会育ちの人間にはわからないだろうが、夜の森はあなたが想像するよりずっと騒がしい。風にざわめく木々の音、夜行性の生き物たちの鳴き声や足音──それらの気配に感覚は研ぎ澄まされ、自身の足音や呼吸、さらには心臓の音までもが激しく鼓膜を震わせる。それでいて「しん」と耳を刺すような静寂までもが混在している。それが夜の森なのである。


 とはいえ小さな森。ほんの1、2分──体感はそれ以上だが──で森を抜けると、ふいに人工的な広場に出る。あなたがイメージする『お寺』は高い壁に囲まれ、入口は重厚な木の門が塞ぐ──そういったものであろう。しかしこの寺には壁も門も無い。広場の奥に山を背にしてぽつんと建っている。この『覚悟も決まらぬまま突然領域に踏み込んでしまった』とでも云うような感覚が、この場所に漂う『恐怖』を増幅しているのは間違いないだろう。


 広場といっても10メートル四方かそこらしかないので、嫌でも剥き出しになった本堂の中の様子が見える。屋根の一部が欠けていることもあり、月の明るい夜であれば懐中電灯なしでも、荒廃した内部の様子がうかがえるだろう。腐敗し崩れた屋根、人の手によるものか破れた木の雨戸、骸骨のように骨組みだけとなった障子、穴が空いて雑草が頭を出している縁側の板──。そしてそれらの向こうには、毛羽立った畳の上に散乱する仏具、空っぽの須弥壇。まさに諸行無常といった光景が広がる。


 そんな有様を恐怖に背を丸めながら観察していると、ふいに何処からともなくお経を唱える声が聞こえてくる……。本堂には誰もいない。慌てて辺りを見渡すが、広場の中には自分(或いは自分達)しかいない。森の中だろうか、と背後に明かりを向ける──誰もいない。いったい何処から……再び本堂へ目を向けると、そこには空っぽの須弥壇へと向かって一人手を合わせお経を唱える僧侶の姿が──。




 そんな曰くのあるA寺を──、


 マスミが通る──!!




あっ! 良かったぁ。いや、もう終わっちゃったかなー、って心配してたんですよぉ。いや、良かったぁ。もうね、推しのイベントに向かうくらいの気持ちでね、仕事終わりダッシュで来ましたよー。いやぁ、まあ推し活とかよくわかんないんですけどね。イメージです、イメージ。いや、ほんと、良かったぁ、いてくれて。


あの、お取り込み中すみません、私マスミと言います。


あ、大丈夫ですよ、そのまま、はい。お経、唱えててもらって。はい。あの、話さえ聞いてもらえれば私は別に……あ、でも唱えながら聞くのが難しいようだったら黙ってもらっても……? あ、はい、それで大丈夫です。はい。はーい。


ね、はい、それで今日なんですけど。ちょっとその、お話と言いますか、お願いぃ……い? そうですね、ちょっとお願いが、はい、ありまして。


あの、化けて出るの、やめてもらえませんかね?


あのですね、その、私ぃ、この辺が地元で。その、実家がね、すぐ近くなんですよ。歩ける距離で。あの、わかりますかね、あそこから道路に出て駅の方に向かうと交差点あるじゃないですか。あのほら、小学校のとこの。そこを右に曲がるとちょっと行ったとこにコンビニありますよね? あの、青い看板のやつ。わかります? 私が子供の頃は酒屋さんだったとこなんですけど……まあ良いや。そのね、三軒隣がうちの実家。赤い屋根の。そこが実家で。


そんなわけでこの辺ね、子供の頃からよぉく知ってて。ぶっちゃけここ、この、ね、ここの森とか広場も遊び場でしたからね。て、いうか私が子供の頃はここって普通に子供達遊んでましたから。だからね、全然そんな、心霊スポットとか、そういう印象ないんですよ。この場所に。噂もね、全然、マジで全然ありませんでしたよ? 聞いたことないです。


だからびっくりしちゃって。その、噂、曰くっていうんですかね? なんか巷で心霊スポットだなんて言われてるって聞いて。慌てて訊いてみたんですよ幼馴染に。「何かA寺が心霊スポットって言われてるって知ってるー?」って。そしたら──ふふふ。あ、ごめんなさい、すいません笑っちゃって。いやそしたらね、みんな「知らん」って。ふふふ。あっ、ごめんなさい! でもね岡倉のヤツだけ、あいつオカルト好きじゃないですかぁ。だから「知ってる」って言ってました。はい。でも、あの、思ったより地元では知名度なかったです。心霊スポットとして……っていうか、あなたの知名度って言うべきなんですかね? この場合。どうなんですかね? 私自身はその、心霊スポット化? したことないんで。ちょっとその、あなたがどう思われたいのかは、ちょっとわからないんですけど……。


まあとにかく、その、私としては思い出の場所が心霊スポットって呼ばれるの不本意なんで、出来れば……うーん、ごめんなさい、適当な言葉が見つからないんですけど。とにかくその……誤解を恐れずに言うなれば……どっか行って欲しいな、と。


いや、だってあなた、昔ここにいませんでしたよね? いませんでしたよ、ね? ね? 何かここに縁のある方なんですか? それとも「あ、ここ空いてんじゃ〜ん」って感じで来ちゃったんですか?


……無視、ですか。

それならね、こっちも考えがありますよ。


まずあなた。今唱えてるお経ですけど。ネットにあなたの映像出回ってたんで、事前にチェックしてきたんですけど。あなたの唱えてるお経、主に〇〇宗で使う〇〇経ってやつですよね? ここ、■■宗のお寺なんですよ。まあ別に私は仏教に詳しいわけじゃないんで「■■宗でも唱えるんで」ってんならすいませんですけど──ってあれ? なんか、あの、すいません……間違ってたらすいません、今唱えてるお経……別のに変えました? それとも何か2コーラス目に突入しただけですか? さっきからずっと短いフレーズを繰り返してたから流石に私も覚えちゃってたんで、あの、変わったなぁってことくらいは私もわかっちゃったんですけど……。あ、ほら! やっぱり。変わってますよね? しかも何か……あのこれは勘違いだったらごめんなさいなんですけど、ちょっと、その……うろ覚え感? 感じるんですけど……。あ、いや、別にいいんですけどね。こういうのは気持ちが一番大事だと思うんで。うろ覚えでも、心がこもってれば、ね? はい。


それと、これは素朴な疑問でもあるんですけど。あなたって、あの、失礼ですが亡くなってるわけじゃないですかぁ。それでその、こうやって化けて? 化けてって言い方、失礼ですかね? 化けハラ? んまぁとにかくこうやってほら、ここに、いらっしゃって。それってこの世に未練がある、ってことですよね?


その未練って何なんですか? 悟りを開きたい、ってことなら……あの、たぶん、ほら、それこそ『成仏出来ないほどの未練』ってのがあるうちは無理なんじゃないですかね? それってつまり欲ですよね? 欲があって悟れるんですか? 私的には無理なんじゃないかって思うんですけど。だから潔く成仏した方が……ってあれ? ごめんなさい、成仏出来ないから仕方なくセルフ除霊してる的な感じですか? 違いますかね? ごめんなさい、今ちょっと思いついたことそのまま話してますけど。


何にせよ、こんなとこに化けて出てる時点で、ちょっと悟りとは真逆のとこにいるんじゃないかなって思うんですよね。だから可能なら一旦成仏していただいて、ワンチャン来世で悟ってどうぞ、って感じでいきませんか? どうです?


たぶんみんなね、思ってると思いますよ。「坊さんが化けて出てくるって何なん?」って。「生前の修行の甲斐がない」って。あ、ごめんなさい、今のはちょっと言い過ぎたかも知れません。ひとの努力を否定するのは良くないですよね。ごめんなさいね、私もほら、地元を守りたいみたいな正義感が出ちゃって。


あれ?


違ったらごめんなさい、なんか、ちょっと透けてません?


いや最初っからちょっと透けてはいましたけど。って、あの、ふふふ。ごめんなさい、幽霊ってマジでちょっと透けてるんですね。ふふふ。あの、ごめんなさいね、初めて見たから、なんか今更、感動しちゃって。


あの……これって、このまま文字通りフェードアウトしようとしてます?


それって私のお願い聞いてもらえたってことで良いですか?


出来れば「もう出ません」って言質欲しいんですけど……。


あ、消えちゃった。えー、どうしよ。明日もまた確認しに来た方が良いかなぁ。えー、2日連続はキツいなぁ……。仕方ないから、父さんに頼むかなぁ……。


 *****


 ──こうして今日もまた、この世からひとつの心霊スポットが消えた。


 マスミが通り過ぎたあとに心霊スポットは残らない。


 決して!

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