未完の王座、無慈悲な宣告


 

その日は、奇跡と絶望が同時にやってきた。

湊と九条が心血を注いだ共作『Dream of Life』は、国内最大級の電撃的な評価を受け、ついに「銀賞」を受賞した。


かつての挫折を乗り越え、病室から再び掴み取った「小説家」という肩書き。ネット上では「伝説の帰還」と騒がれ、書籍化と重版が次々と決まっていく。


しかし、湊が何よりも渇望していた「アニメ化」の切符……すなわち金賞には、あと一歩届かなかった。


「……そっか。アニメには、なれなかったんだな」


病室のベッドで、湊は刷り上がったばかりの自分の本を撫でながら、力なく笑った。隣に立つ九条は、何も言わずに拳を握りしめていた。銀賞でも十分に快挙だ。けれど、命を削って走ってきた二人にとって、それは「メディアミックス」という名の頂上を目前に、雲に阻まれたような虚無感だった。


追い打ちをかけるように、出版社の担当編集者が病室を訪れた。その表情には、祝辞の輝きは微塵もなかった。


「一ノ瀬先生。単刀直入に申し上げます」


編集者は湊の診断書――九条が書いた、絶望的な数値の羅列――を見つめ、声を絞り出した。


「会社として、今の先生に次作の連載を任せることはできません。上層部からの決定です。今すぐ無期限の休載に入るか、それが受け入れられないなら……このまま引退していただくことになります」


「……どういう、ことですか」


 湊の声が震える。


「今の先生の体調で執筆を続けることは、会社にとってあまりにもリスクが大きすぎる。もし執筆中に万が一のことがあれば、それは『美談』ではなく、弊社の『管理不足』として糾弾される。……我々は、作家に死なれては困るんです」


無慈悲な言葉だった。


やっと小説家として再デビューを果たし、これからもう一度アニメ化を目指して這い上がろうとしていた矢先に、その「舞台」そのものを奪われるという宣告。


「休載すれば……僕の物語を待ってくれている読者は、どうなるんですか! あのファンレターをくれた人たちは!」


「……読者は、完結しない物語よりも、作家の命を優先します。……あるいは、すぐに新しい物語を見つけて、先生のことを忘れるでしょう。それが現実です」


編集者が去った後、病室には重苦しい沈黙が流れた。


窓の外では、かつてのライバルが手掛けたアニメの広告が、相変わらず煌々と夜の街を照らしている。


自分は、小説家に戻れた。

けれど、物語を紡ぐことは許されない。


メディアミックスという夢は、蜃気楼のように遠ざかっていく。


「……九条」


湊は、暗闇の中で親友の名を呼んだ。


「僕は、まだ……何も残せていない。このまま、『ただデビューしただけの男』として消えるなんて、そんなの……」


九条は湊の肩を強く掴んだ。その指先には、医師としての冷静さと、かつてのライバルとしての激情が混在していた。

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