第3話 どうか、なくさないでって


 課題曲──じゃないけれど、お互いどの曲を覚えてくるかという話になった。

 亮くんは『愛を伝えたいだとか』。原曲を聴いて、「俺もこの曲好き」と言ってくれたのが嬉しかった。


「亮くんは? なにかリクエストとかある?」

「男性ボーカルでもいい?」

「うん。その、アジカンってバンド?」

「そ。俺が好きになったきっかけの曲」


 そう言って、スマホから曲を流してくれた。

 

 聞こえてきたのは、あまり触れたことのない音楽。イントロは長いし、派手な電子音はないし、ボーカルはちょっとクセのある歌い方。でも、妙に耳に残る。

 亮くんが好きなものなら、自然と私も好きになれる気がする──そんな不思議な感覚。


「……どう?」

「うん、かっこいい」

「だろ?」


 そう言って目を細めながら笑う亮くんが、何よりもかっこよく見えた。


「なんて曲なの?」

「これ」


 スマホの画面を向けられる。タイトルの文字を目で追ったけれど、すぐには読めなかった。


 ──なんだろ、この文字の組み合わせ……。


 ほんの一瞬だけ考えて、いぶかしげに答えてみる。


「……レレ?」

「だよな。やっぱ、そう思うよな」


 反応からするに、亮くんも私と同じ読み方をしたのだろう。整った顔からのぞく、あどけない笑顔。笑うと幼く見えるそのギャップが、彼の魅力のひとつなのかもしれない。


「『Re:Re:アールイー・アールイー』って読むんだって」

「絶対わかんないやつ」


 小さく笑い合ったあと、亮くんが少しうつむきながら、でも目だけは私を見つめてお願いするように言った。

 

「俺はもう弾けるから、なんとなくでも覚えてきてくれたら嬉しい」


 言葉の端に照れが混じっているのがわかって、胸がじんと熱くなる。

 彼の期待に応えたい。彼の弾くギターに合わせて歌ってみたい。


「大丈夫、ちゃんと覚えてくるね」

「俺も、あいみょん頑張るわ」


 そのとき、スマホが震えた。


《まだかかりそう?》

《早く来ないと莉緒の奢りだよー》


「友だち?」

「友だち。三人でファミレス行くつもりだったんだけど、先に行っててって」

「マジで? なんか時間取らせちゃったみたいでわるい」

「……そんなことないよ!」


 勢い余って声を張り上げてしまった。ここに来たのは自分の意思だ。それも、半ば尾行みたいに。

 だから亮くんは、なにも悪くない。むしろ謝りたいのは私のほうなのに、亮くんはくつくつと笑っていた。つい見惚れてしまって、私は謝るタイミングを逃してしまう。

 

「綾瀬の声、やっぱよく通るよな」


 たぶんこれが、今の亮くんからもらえる最大限の褒め言葉。「うるさい」とか「やかましい」と親によく怒られるこの声に、産まれて初めて感謝した。

 

「これ以上友だち待たせるのも悪いし……来週の放課後、また屋上でもいい?」

「うん! 全然いい!」


 そうして、私たちは連絡先を交換した。

 彼のアイコンは可愛らしいトイプードルの写真。名前は虎太郎だと教えてくれて、家で飼っているらしい。もふもふと撫でる亮くんも絵になるだろうなあ、と想像して頬が緩んだ。


「それじゃ、また来週」

「またね」


 手を振って、屋上をあとにした。

 名残惜しさを押し隠すようにドアを閉め、背中を預ける。喜びと興奮と緊張を落ち着けるように、はあと大きく息を吐いた。

 ドアを向こうから、かすかにギターの音が聞こえる。


 ──私と亮くんだけの秘密……。


 階段を降りて、昇降口を出て、ファミレスへと向かう。

 足取りはとても軽やかで、教科書とかが入ったカバンは全然重さを感じない。

 高一のときよりも近い距離に亮くんがいる。羽が生えたみたいに、心がふわりと浮いていた。

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