第3話 旅立ち

 私は修道院の皆と別れを告げ、ルンルン気分で修道院を囲んでいる森の中を歩いていた。森の抜け方は、ロードリックに連れられて来た時の事を覚えているから何とかなる。

 

 だが――早速めげ始めていた。


「……足が痛い」


 修道院は俗世と隔離した環境を作るために、敢えて辿り着くのが困難な場所に作られている。私が居た修道院も深い森の奥地に存在し、当然のごとく道など無い。

 なので森を抜けるには、道なき道を一日かけて歩き続けなければならない。


 修道院を出て数時間。私は道なき道を歩き続けて早くも足が痛くなってきていた。

 この調子で今日中に森を抜けられるのか不安になる。


 取り敢えずこの辺で小休止しよう。

 そう思って私は近くの倒木へと腰を下ろす。


 ロードリックに連れられて来た時は全く苦に思わなかったけれど、いざ一人でこの森の中を抜けようとするとこれ程大変だったのかと思う。

 まだ魔物に遭遇していないのが幸いだけれど、改めてロードリックの凄さが身に染みる。今こうして腰を下ろして休んでいても、気は休まらない。

 今は一人で、何かあっても誰も助けてくれないし、いつ魔物が襲ってくるかわからない。


「……怖い」


 もし魔物が出てきても私には光魔法が使えるから撃退は出来る。

 ただ実戦経験は無い。修道院には結界が張られていて、魔物が襲ってくる事は無かった。練習と実戦は違う。実際に目の前に魔物が飛び出してきたら、私は戦わなければならない。

 けれども臆している場合ではない。これは乗り越えなければならない事。今後冒険者をするなら魔物討伐もする事になるだろうから、早く慣れておかないといけない。


 私は意を決して立ち上がる。

 

 のんびり休憩している場合じゃない。

 魔物に臆せず早く森を抜けよう。


 私はそう思い、森の外へと再び足を向ける。

 すると森の中に何かが倒れているのを見つけた。

 

 一体何だろう?

 

 私は気になってそろりそろりと近づくと、それは魔物、ブラッドウルフの遺体だった。ブラッドウルフはこの森に生息していて群れで行動する狼型の凶暴な魔物。

 何故こんな所に魔物の遺体が? 魔物同士の争いがあったのだろうか?

 遺体をよく見ると、まるで鈍器のようなもので打ち付けられたかのように腹部が凹んでいた。

 

「……明らかに人の手によって倒されてる。こんな深い森の中に人なんか居るはずが……」


 遺体の周りを観察していると、足跡のような物を見つけた。それは人の足跡のようで、森の奥深くまで続いていた。やはり、人が居る。


 気にはなるけど、そのまま放っておいても良い。私は早く森を抜け出したいと考えている。

 けれど私の脳裏には、かつての故郷の風景が浮かび上がった。

 

 もしも修道院に仇なす者だったら放っておくと不味いかもしれない。

 また同じ事になるかも……。

 

 そう思ったら足跡の正体を確かめずにはいられなかった。私は、森の奥へと続く足跡を追って進み出す。

 追いかける道中、何度もブラッドウルフの遺体を目にした。その全てが鈍器のような物で殴られていた。もしかすると足跡の正体は屈強な戦士なのだろうか。私は身構えつつ足跡を追う。


 しばらく進んでいると、小さな人影が木々の間から覗いた。

 足跡は人影へと続いている。きっと足跡の正体はこれだ。

 私は木々を掻き分けるように人影へと突撃する。


 すると、目の前に木の側へとしゃがみ込んだ少女が映る。

 その少女は、綺麗な亜麻色のミディアムショートヘアー、美しく整った綺麗な顔立ちに黄金の瞳、そしてそれを隠すかのように紺色の大きなフード付きローブを羽織っている。

 まるで神話に出てくる女神様のようなその姿に、私は思わず言葉を漏らす。

 

「綺麗……」


 あっといけない、初対面の人に失礼な。

 けれどいつまでも見ていたい程の神々しさを感じる。

 こんなに綺麗な人は見た事がない。

 

 私はそんな彼女をじっと見つめてしまうが、彼女は私に気づいているのかそれとも無視しているのか分からない。ずっとしゃがんで何か地面をゴソゴソしている。

 彼女の手元をよく見ると薬草のような物を掘り出していた。あれは、この森周辺で採れる希少な薬草ルクソーラ。高級回復薬の原料になる薬草だ。

 

 何故あれを採取しているんだろう?

 もしかして――


 その時――すぐ近くの茂みから唸り声が聞こえた。

 

 あれはブラッドウルフの唸り声?

 まさか近くに居るんじゃ――。


 そう思った刹那、ブラッドウルフが飛び出してきた!

 ブラッドウルフが飛び出してきた先には――あの少女!

 その瞳には怒りに狂った明確な殺意が映っており、間髪をいれず一気に少女の背中へと襲いかかる!

 

「危ない!」

 

 私は少女を守るべく、慌ててブラッドウルフへと光魔法を放つ。


聖槍ホーリーランス!』


 聖槍は、光の魔力を密集させて敵を撃ち抜く光魔法の基礎攻撃魔法。

 私はブラッドウルフへ右手をかざし魔力を込め、一本の光線を放つ!


 そして光線はホーミングしながらブラッドウルフへと向かう――が、聖槍はブラッドウルフの足元へ着弾!


 外した!

 いきなりの実戦になって慌てて魔法を放った結果がコレだ!

 このままじゃ少女が――

 

 『ゴスッ』


――一瞬何が起こったか分からなかった。

 骨を砕く鈍い音が森の中にこだまする。

 そしてドサッというブラッドウルフが落ちる音――


――少女はしゃがんで背を向けたまま、ブラッドウルフの顔面へ左の甲で裏拳をお見舞いしていた。そしてブラッドウルフの頭は潰れ、その勢いのまま飛ばされ、落ちた。


 ……何なのこの少女?

 もしかして今まで倒れていた魔物は全てこの子が倒したの?

 傍目はためには華奢でか弱い少女に見えるのに、どこにそんな力が……?


 この少女は私の理解を超えている。少女からは魔力を一切感じない。身体を鍛えている様子もない。なのに魔物を一撃で倒してしまうほどの力を持っている。

 あり得ない。

 意味が分からない。


 私は目の前で起きた事が信じられず、少女へ声を掛けようにも何も出来なかった。そして少女はそんな私に気づいていないかのように、そして何事も無かったかのように再び薬草を採取しだす。

 

 一体この子は何者なの……?

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