第2話 ルクナ教団
「
冒険者となるのを決意した数日後、私は修道院長へと切り出した。
冒険者となるには街へと出て冒険者ギルドに加入しなければならない。そうするには修道院を離れる必要がある。
別にこの生活に嫌気が差した訳でも、ましてやルクナ教の信仰心が無くなった訳でもない。このルクナ教団の修道院で育った私は、今ではルクナ教の敬虔な信者であり、今でも心の底から信仰している。
だからルクナ教団へ所属したまま冒険者になるという選択も可能なのだけれど、修道女という立場上自由に行動する事ができない。
自由に行動出来るようにするには還俗――つまり教団を退団してそれまでの身分を捨て、俗世に
だから、これは必要な事。
そんな覚悟で発した私の言葉を聞いた修道院長は少し驚いたような表情を一瞬浮かべると、一つ息を吐く。
そして言った。
「やっぱり……」
……やはり修道院長にはお見通しだったのだろう。
私がいつかロードリックを追いかけて出ていくというのは想像に難くない。それ程までに私にとってロードリックが大切な存在。それを修道院長も理解している。
「ミアさん……彼を追うのね?」
「はい。ロードリックを追いかけます」
「けど……俗人に還ってどうするのですか」
どうやら修道院長は私の還俗を止めたいようだ。
まあ、光の加護を受けた私は貴重な存在だし、当然と言えば当然か。
けど、もう決めたこと。何とか説得しなければ。
「彼を追って冒険者として世界を回ろうと考えています。そして、それをするには修道女という立場では不可能ですので、還俗しようと思いました」
「冒険者に? 歴史学者になるというのは諦めたのですか?」
「諦めてはいません。世界を回りつつ、歴史の研究も行いたいと考えています」
「だったら、余計に還俗するのはお勧めできません」
「何故ですか?」
「我らがルクナ教団の施設は世界各国にあります。そしてそれらには数多くの書物が所蔵されていて、中にはこの修道院とは比べ物にならないほど貴重な歴史を記したものもあるでしょう。教団を抜けるとそれら貴重な書物も閲覧する事が出来なくなります。それでは……どうやって歴史研究をするというのですか?」
修道院長の言うことはもっともだ。
そもそも歴史の研究をしたいとは思ってはいるけど、やり方なんか分かっていない。出来ても所詮ロードリックの真似事。
そしてそれは……今思い返せばお世辞にもスマートとは言えないやり方だった。ここでは言えないような事もしていた。
それでも彼を追うには、やらなければならない。
そうすればきっと――
「確かに……仰る通りです。ですが――」
そこまで言うと、修道院長が切り出した。
「行動の自由、が有れば良いのですよね?」
『行動の自由』という言葉に私は驚いた。
修道院長は意地でも私を止めにかかると思って身構えていたのだけれど、何か考えがあるよう。
どうするつもり……?
「この修道院で修道女をしている限り、行動するにも制限がかかる。そして街へ出て教会の神官になったとしても、その街を離れられない。だから還俗すると」
「……その通りです」
「でしたら、貴女は《伝道師》となりなさい」
「伝道師……ですか」
伝道師――それは様々な場所へ赴いてルクナ教の未信者へ教えを説いてまわり導く者。いわゆる宣教師。伝道師は教団には所属するが特定の教会へ所属する事は無く、自由に行動する事を許される。
当然、私は還俗ではなく伝道師になる選択肢も考えていた。
けれど修道士が伝道師へとなるのに認められる年齢は二十五歳以上と規則で定められていて、伝道師になるにはあと九年も待たなければいけない。
私は――そんなにも待っていられない!
「先生、私はまだ十六です。なので伝道師などには……」
そこで修道院長はフッと笑った。
「大丈夫です。私には儀礼を行う権限があります。私が儀礼を行い貴女を認めれば、正式に伝道師となれます」
確かに修道院長にはその権限がある。けどそれは規則を無視した超法規的行為で越権行為と見なされかねない。
「ですがそれは規則に反します。そんな事をしたら……」
「心配するような事には絶対になりません。貴女なら誰が見ても絶対に認められます。何故なら貴女は光の加護を受けているのだから」
そう言って修道院長は私へと笑いかけた。
光の加護を受けているから認められる。
逆に言えば、教団にとって絶対に手放したくない存在という事なのだろう。
変なしがらみを持ちたくないから離れるというのも有るのだが、どうしても手放してくれなさそうだ。
「ですが……」
「貴女にとって悪い話ではありませんよ。それに、教団を抜ければ貴女を護る物は何も無くなります。外の世界で悪意に晒されたとしても、誰も助けてはくれません。ですが教団に所属していれば、相手がどこの誰であろうとも教団が全力で貴女を護ります」
確かにそれは心強い。
ルクナ教団――それは世界最大の宗教団体でありもっとも影響力のある組織。その力は、国家間の紛争でさえも法王の鶴の一声で治まってしまうほど。
そんな教団の者に手を出すという事は、教団そのものに喧嘩を売るに等しい。故に教団へ身を置くという事は、自分の身を守る最善の方法ではある。
特に冒険者などという身分の安定しない物なんかは、何が有るか分からない。
教団は意地でも私を手放してはくれなさそうだし、利点は確かにある。
ならば……仕方がないか。
「……分かりました。伝道師の拝命、お受けいたします」
「そうですか! 納得して頂けて良かったです」
修道院長はそう言って満面の笑みを浮かべた。
――私が伝道師になることが決まり、早速拝命の儀礼が執り行われた。拝礼の間で、礼装を纏った修道院長から拝命の言葉を賜るだけの簡単な儀式。儀礼では、伝道師の証である聖具『
天玲の鎖はルクナ神を象徴する光を
これを首から下げているだけで、誰も手出しはできない。
これで旅立ちの準備は整った。
旅に必要な物は冒険者になると決めた日から全て揃えてる。服装は還俗しない事になったので
最初の目標は、この修道院から歩いて三日の位置にあるシュラインの街。
この街には教会と冒険者ギルドが有るから、まずは教会へ寄って挨拶して寝泊まりさせて貰えるように頼んで、それから冒険者ギルドへ行って登録を済ませる。
そこで冒険のイロハを学びつつ歴史研究のやり方も模索していきましょうか。
私は修道院の皆と別れを済ませると、足早に修道院を後にする事にした。
十年も居れば皆と仲良くなって色々と想い入れもあるけど、皆と別れを惜しんでいたら後ろ髪を引かれて出ていけなくなってしまう。
私が旅立つ為に修道院の門へと立つと、修道院の皆が見送りの為に集まってくる。
恐らく、もう私はここへ戻ってくることはない。
皆とは今生の別れ。
それでも私は、涙を見せない。
未来という歴史の為に笑顔で、ここを出る。
「みんな、さようなら!」
そう言って私は、笑顔で別れをみんなに告げた。
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