失われた神々の歴史書
青山茜
第1話 恩人を求めて
気がつくと、私の目の前に炎が広がっていた。
それは――家が瓦礫と化した残骸。
私を取り囲み、今にも飲み込まんと炎と共に迫ってくる。
そして、私の瞳に映りこんだ血まみれで倒れた人間が二人。
それは――かつて、お父さん、お母さんと呼んだ存在。
足が痛い。
起き上がれない。
自分の身体をよく見ると、全身が血で赤く染まっている。
まだ幼い少女だった私は、一体何が置きたのか理解できなかった。
ただ、これから私は死ぬ。
それだけは理解できた。
私の瞳からは、訳も分からないまま涙が溢れる。
大声で喚くように泣き声を上げる。
これから死ぬんだ私は。
その時、燃え上がる炎の中から一つの光が差してきた。
そしてその光の中から一つの手が伸びてくる。
一体それが何なのか、私には分からなかった。
けれど、その手を取った瞬間、私の胸に言いようのない温かさが満ち溢れたのを感じた。
それは、とても強く、覚えている――
――ミア・マラコイデス。
今はそう名乗っている私は、五歳で全てを失った。
故郷の村は、王族の後継者争いに巻き込まれ跡形もなく消え去り、私は五歳にして家族も家も故郷も全てを失った。
まだ幼かった少女の私は何が起きたか理解できず、ただただ泣くしか出来なかった。
そこへ偶然、一人のカウボーイハットの男が私に手を差し伸べてきた。
ロードリックと名乗った彼は、唯一生き残っていた私を救い出してくれた。
歴史学者だった彼はたまたま調査の為に私の村へ訪れたらしく、来た時には既に騎士団によって村をメチャクチャにされた後だった。
彼は私を連れて旅に出た。
そして色んな所へ冒険に連れて行ってくれた。森に埋もれた遺跡や未知のダンジョン、神話の時代の古代遺跡などなど。更に旅の間に聴かせてくれた英雄の冒険譚に神話の数々。
特に二千年前の神々の聖戦のお話がお気に入りで、何度も彼に聞かせてとせがんだ。
全てが初めての未知の体験。
私は目を輝かせていた。
ずっとこんな楽しい事が続けば良いのに。
そう思っていた。
けど――別れは突然訪れた。
ロードリックと出会って一年後。
いつものように彼について森の中を歩いていると、突然目の前に修道院が現れた。
私はこれまたいつものように目を輝かせると、彼は待ってましたかのように中を見学させて貰おうぜと突撃する。
そして修道院の人に案内してもらって、中を見学させてもらった。
修道院の中を一通り見て回ると、彼は突然修道院の人に言った。
「彼女を……ミアをここで引き受けて貰えませんか?」
私は彼が言っている意味が分からなかった。
けど彼が修道院の人と私の事について話している事を聞いている内に、私はこの修道院へと置いていかれるのだと気付いた。
そして捨てられるのだと思った。
「私を捨てないで!」
私は瞳を潤ましロードリックに抱きついた。
絶対に離すもんかと思いっきり。
けど彼はそんな私へ微笑みかけ、頭を撫でる。
「バカお前、捨てるんじゃねぇよ」
「嘘! 私が邪魔になったんでしょ!」
「そうじゃねぇ……」
彼はそう言うと、その場でしゃがんで私の頭をワシッと撫で、瞳をじっと見つめた。
「いいか、俺の旅はメチャクチャ危険なんだ。今後は今までとは比べ物にならねぇくらいもっとヤベェ事もある。そうなったらまだ子供のお前を守り切れねぇ。だから、お前はここで安全に暮らした方が良いんだ」
大きくなった今になれば分かる。
彼の言っている事は正しい。
六歳の子供を連れて世界を旅する事がどれほど危険か。
遺跡を求めて旅をしている道中には、野党は居るし魔物だってウジャウジャ居た。
そんな中、私を守りながら旅をしていたのだ。
けど当時の私は、そんなに聞き分けの良い子では無かった。
また全てを失うという恐怖で心を支配されたのもある。
何時間も駄々をこね、散々困らせた。
けれども彼の決意は変わらない。
最終的に納得せざるを得なかった。
結局私はその真っ赤に腫らした目で、立ち去る彼の背中を見つめる事になった。
けど別れ際に何も言わないなんて事は出来ない。
「ロードリック!」
もう今生の別れになんてしたくない。
「また……会えるよね!」
そう言うと彼は立ち止まり、少し考えるように天を仰いだ。
そして言った。
「……俺は初代エルフ王の書記の原本と、それに出てくる世界の監視者を探してる。お前も俺と同じ道を志ざせば、きっと会えるさ――」
――こうして私はロードリックと別れ、修道院で暮らす事になった。
あれから十年。
私は十六歳になり、修道女として立派に育った……と思う。
文字の読み書き、一般教養、社会知識を学び、ルクナ教の教えを元とした規律に沿った厳格な生活を過ごし、修行の合間に歴史の勉強、更に魔法の才能があったのか希少とされる光魔法を覚えられた。
どうやら私は光の加護を受けていたらしい。
加護は生まれ持って受けているものだ。
人が扱える魔法は、生まれ持って受けている加護によってある程度決まる。
加護は火、水、地、風、光、闇の五属性があり、受けた加護以外の魔法も覚えられない事は無いが各属性の相性もあって難易度が高い。
但し例外があって、光と闇の魔法は加護を受けた者しか絶対に扱えない。
しかも光の加護を受けている人は数十万人に一人という割合で大変希少だ。
よって光の加護者は貴重な存在として聖職者の中でも特別視される。
闇の加護は人間には付与されず、闇の眷属にのみ存在する。
なので、いざという時に闇の眷属へ対抗できる存在でもある。
この修道院にも光魔法を扱える人は私以外にいない。
なので、このままいけば聖職者として高位の神官にもなれるエリートコース一直線なのだけれど、当然私にそんな気はさらさら無い。
私は、歴史学者になる事しか考えていない。
理由は勿論――ロードリックに再び会う為。
それ以外にも故郷を滅ぼした奴へ復讐する事を考えた事も有る。
あれが無ければ天涯孤独の身で寂しく暮らす事も無かったのに、と何度思った事か。けれど、この修道院で女神様の教えに触れ、同じ修道院の修行仲間とお互いの事情を打ち明け合い、それによって恨みを持つ事や復讐の悲しさと虚しさを感じた。
そして何より、ロードリックは私に復讐をするのではなく幸せに暮らして欲しいと望んでいた。
だから……復讐は諦めた。
けれどその代わりに日を追うごとに増していくのが、ロードリックに会えない寂しさ。今の私にとってロードリックは、新たな人生の始まりの象徴であり、敬愛する父のような存在。
だから――もう一度会いたい。
その気持ちが日に日に積み重なり、どんどんと
そして先日十六歳になった私は、いつ修道院を出て
大きな街の教会へ行って神官をしながら学者として活動するという手もある。けれど、それではロードリックに出会えるとは限らない。
色々と勉強してきて気づいた事なのだけど、どうやら彼は冒険者として活動しつつモグリで歴史学者をやっていたらしい。
かなり危ない橋を渡って情報を集め、権力者が隠したがるような過去の出来事を暴いて本にしたりして様々な人たちから反感を買い、学会からも爪弾きにされている。彼をお尋ね者にしている国すらある。
歴史とは――時の権力者よって作られるものである。
彼はいつもそう口癖のように言ってたっけ。
何が彼を動かすのか、今でも私は分からない。けど、恐らく今も世界の何処かで真実の歴史を求めて旅をしているに違いない。
だったら私は……聖職者として生きていても何も進展しない。
彼と同じ道を辿るなら選択は一つ。
――冒険者になるしかない!
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