第5話 目覚め

「はぁ! はぁ! はぁ!」


 誰かが息を切らして走っている。誰だ?

 そんなことを考えている時、どしゃっと音を立てて誰かが転ぶ。


 汚い泥水の鏡に顔が映った。

 俺だ。


 なんで俺が映っている?


「逃げなきゃ……!」


 息を切らしながら俺は走る。

 誰から逃げるのか、なんのために逃げるのか理解できないまま俺は走る。


「救難の信号魔法を使えば……みんな助かる!! 父さんも母さんも! アカリも!!」


 ダダダダと、無機質で激しい音が響く。

 胸に激痛が走った。


「あ、があっ!?」


 撃たれた。俺は撃たれたのか?

 再び、俺は泥に塗れた。

 雨がまた降り出した。


「あ、嫌だ……ぁあ……死にたくない……死にたくない、俺は……まだ」


 なんでこんなに俺は……。


「みじ……めだ……俺は……」


 俺は誰かに愛してるって言ったことがない。愛してるって言われたことがない。


「俺は、こんな……とこで、腐って……」


 俺はそうか、そうだったんだな。


 俺は幸せになりたかったのか。


 ─────────────


「……クソ……!」


 夕焼けの空だ。

 綺麗な綺麗な夕焼けの。


 なのに目覚めは最悪だ。

 クソみたいな夢を見た。

 多分、俺が死んだ時の夢を見たんだろう。一番最悪なのは死んだ時に感じた絶望の感情まで追体験したことだ。


 なんでこんな目にオレは遭ってんだ。


 寝てもいられなくなってオレは上体を起こす。

 誰かがオレに毛布をかけて……いや毛布というよりマント? をかけてくれたようだ。

 その青いマントが胸からずり落ちながらオレは周りを見る。


「ここは……?」


 焼け野原じゃないところを見ると先ほどまで戦っていたところではなさそうだ。

 どこかの森の中のようだが……。


「どうした、犬のクソでも踏んだような顔をして」


 すると、唐突にオレ以外の声が聞こえる。

 慌てて振り向くとそこには見知らぬ男がいた。


 そこそこ長い長髪を後ろにまとめた男は、髭ひとつなく、白い長いコートと黒いズボンを身に纏い、それに似つかわしくない鉄の大鍋を抱えながら、オレにそう話しかけた。


「アンタは……?」


「どこからどう見ても料理人だろうが」


 ── どこからどう見たらアンタを料理人だと思うんだ……?


 という言葉は出さないようにした。


「えっと……」


 オレは言葉に詰まる。ここがどこか分からない上に意味の分からない男が目の前にいる。


 男はガチャガチャ何やら、木と石でできた即席の調理台の上に大鍋を立てようとしているようで──。


「カスが」


 などと悪態をつきながら、設置に悪戦苦闘している。


「あ、あの、手伝いましょうか?」


 オレがそう尋ねると、男は首を振る。

 助けはいらないと力強く瞳と態度でそう訴えて、再び鍋の設置に難儀している。


「おいガキ」


 すると男はぶっきらぼうにオレをそう呼ぶ。あまりにも粗野なその物言いに思わずオレは身構えた。


「何が喰いたい」


 だが、続いた男の言葉に思わずオレは肩の力が抜けてしまった。

 なんだ、この男、本当に料理を作ってくれるのか?


「か、カレーがいいです……」


 オレも何言ってんだ。

 思わず、自分の好きなものを言ってしまった。


「カレー?」


 男は怪訝そうな顔をする。

 当然だ、ここはタイプライターによれば異世界。

 カレーを知ってるような文化圏でもないだろう。


「ふむ……」


 男が悩み始めたのでオレは慌てて言い直す。


「なんでもなんでも良いっす! 食えればなんでも!」


「遠慮するな」


 そういう男は再び鍋の設置に取り掛かる。

 遠慮するなって……そもそもカレーなんて知っているのだろうか。


 というかこの世界はどう言うとこなのだろう。

 ヨーロッパみたいな雰囲気を感じるが中世と言うにはカオスすぎる。


 なぜかボルトアクション式のライフルがあるかと思えば、それを操っていた兵士らしい男たちは中世ヨーロッパの雑兵や騎士のような鎧を身に着けていた。


 世界観が渋滞しているな……。


 ──ぐぅぅ……


 そんなことを考えていると、腹が減って来てしまった。


「お腹すいたか?」


 男はオレにそう尋ねる。

 ちょっと恥ずかしかったがオレはうなずく。


「もうそろそろドンキホーテが帰ってくる、少し待ってろ。寝ててもいい」


 それは申し訳ない気がする。

 オレはとりあえず誰かがかけてくれた青いマントを少し手繰り寄せ、体育座りをした。


 落ち着く、下は何もない乾いた草木だがそれでも心が休まった。


 すると唐突にオレの近くの茂みが揺れてのそりと長身の男が姿を現す。

 白いフルプレートの鎧を身につけ魔女帽子を被ったその男にオレは見覚えがあった。


「あ、アンタ……いやアナタは……!」


「お、目が覚めたか。悪い気を失ってたから、勝手に連れて来た」


 確か、そうだ。

 オレは記憶をたどってこの魔女帽子の男の名前を思い出す。


「エヴァンソ……さん?」


「お? 覚えててくれたか? エヴァンソ・ドンキホーテだ。改めてよろしくな!! スイケシュとも仲良くやってるみたいで安心した!」


 そう言って笑う、エヴァンソ。

 だがスイケシュという聞きなれない人名にオレは思わず首を傾げる。

 するとオレの様子を察したエヴァンソはため息をついた。


「スイケシュ……お前……自己紹介してないのかよ……」


「ん? ああ……鍋の設置で手間取った。スイケシュ・グリーンケーン。料理魔法研究家だ」


 するとずっと鍋の設置に悪戦苦闘していた男……スイケシュはそうオレに名乗った。


「あ─……その悪いな。スイケシュは少し性格に難があるんだ」


 エヴァンソはそう言った。

 少しの間しかスイケシュとは話せていないが、間違いなくエヴァンソの言う通り性格に難がある男だということはわかる。


「あ? ドンキホーテ、言っておくが俺に直すところなどありはしない。逆に聞くがどこが悪い?」


「口が悪くて、性格が捻くれてるところ?」


 スイケシュの問いにエヴァンソはそう答えた。


「どうした? それだけか? 言っておくが貴様のあげたものは全て俺のチャームポイントだ。残念だったな」


「まあ、こんな感じで。性格はとんでもなく悪い。多分ワーストだな」


 エヴァンソはそう言って苦笑いする。

 スイケシュは、ふんと鼻を鳴らしてようやく鍋の設置を終わらせた。


 オレはそんな2人に挟まれたまま、つられてため息のような引き攣った笑いを浮かべる。


 何も分からない、状況が良くなったのか悪くなったのか判別できない。

 が、しかしとりあえず確信できることがある。


 オレは助かった。

 12人もの俺達を犠牲にして。


 ──ぐぅぅ……。


 腹の虫が騒ぎ出す。

 おかしなもんだ、こんな状況なのにオレは、どうしようもなくメシが食いたいらしい。

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異世界で目が覚めたら目の前で俺が死んでました。この世界でオリジナルの俺はとっくに死んでたみたいです 青山喜太 @kakuuu67191718898

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