第4話 竜

 オレはアリスに急かされるままに歩く。

 殺した、俺が3人も。


 歩いている実感がない、フワフワと雲の上を歩いているようだ。現実感がないんだ。今この世界が本当のものだと思えない。


 それは明らかに心の防衛機能による感覚だった。心がオレが殺人をしたという事実を受け止めたくないから、夢だということにしたいのだろう。


 混乱しているのになぜか頭のなかでは客観的なオレがそうつぶやいていた。


「もうすぐです、外に出ますよ!」


 アリスに腕を引っ張られつつオレはついに石造りの遺跡の外、陽だまりの光の中に体を突っ込む。


 出口を抜けるとそこは緑が混じる銀世界だった。


 雪ではない。若干息を切らした、多数の中世風の鎧を身に纏う男たちがオレを取り囲むように立っていた。数は少なくとも両手、両足の指の数では足りない。


「くそっ!」


 囲まれている。

 逃げ道はない。

 周りは鬱蒼とした森、背後はさっき出てきた謎の遺跡。


 どちらに逃げたとしても、オレに明るい未来は待ってなさそうだ。


「……トオルさん……!」


 アリスがオレを不安そうに見つめる。


「やるしかないぞ、トオル」


 タイプライターの言葉は正しかった、戦うしかない。

 クソだ。


「ちくしょう……!!」


 クソだ、この世界は。


「ちくしょう!! 何でオレが! オレがぁ!」


 オレは左手を突き出した。


外傷性大動脈破裂イコライザーぁ!」


 瞬時にナンブがオレの手のひらに現れる。

 オレは銃口を男たちに突きつけた。


「下がれ! 下がれぇぇ!」


 必死にオレは叫ぶ。

 でも男たちは腰の剣に手をかけたままオレに切り掛かる隙をうかがっている。


「ふざけてんのか! お、オレは本気だ! 撃つぞ!」


 だが男たちは退かない。

 そしてその中の甲冑の男たちの一人がボソリと呟いた。


「俺たちの仲間を10人も殺して何を今更……」


 殺した? オレが?


「……そんなに……オレは……」


 瞬間だった、オレは銃口を下げてしまった。


「トオル!」


 タイプライターの声が響く。3人の男がオレに飛びかかってくる。


「やめろぉ!」


 オレは叫びながら引き金を引いた。

 パン、パン、パン。


 無機質でただ人を殺すために起きるだけの青い化学反応が起こる。


 オレは咄嗟に引き金を引いた。

 だから狙いもつけられなかった。

 なのに、弾丸が勝手にホーミングして3人の男たちに向かっていく。


「グ!?」


「ゴェ……ッ!」


 一人は胸部と右手を持っていかれ、一人は下半身がちぎり飛ばされた。

 そして最後の一人に至っては断末魔を上げる暇もなく頭を吹き飛ばされた。


「やれ!!」


 それを皮切りに、一人の男の声が響く。男たちのリーダーか誰かだろうか。

 そんなことはどうでもいい。


 その鶴の一声で周りの男たちはオレを殺しにくる。


「オレは!」


 オレは引き金を引く。


「オレはぁ!!」


 肉と紅が舞っていく、森を草木を緑を汚していく。


「殺したくないんだよ! 殺したくないんだぁ!!」


 匂いが気持ち悪い、鼻の中に血の、殺しの香りが充満する。


「お前らのせいだ! 殺してこようとするから!! オレもお前らを殺さなくちゃいけないんだ!!」


 もう何発も撃った。少なくとも20回いや30回よりも多く引き金を引いた、それでもオレの手の中にある銃は弾切れを起こさない。


 ただ、オレの意思のままに弾丸は敵の脳みそや体を破壊していく。


「死ね! 死ね! 死ねぇ!! オレの前から消えろ!」


 そう叫びながらオレは引き金を引き続ける。


「トオル、撃ちすぎだ」


 タイプライターの声が聞こえる。


「体が保たんぞ」


 どの口が言う。

 オレはこんなこと望んでなんかいない。

 こうするしかないから、引き金を引いているだけだ。


 お前らが、この世界が、オレをこんな風にさせているんじゃないか。


「何やってる! 早くこちらも銃を出せ!」


 取り囲んでいる兵隊の男が叫んでる。

 ウルセェ、全員、目障りなんだどいつもこいつも。


「みんなウゼェんだよ!!」


 そして鼻の下が濡れる感覚があった、それと同時に膝の力が抜ける感覚も。


「あ?」


 オレは膝をついていた、体がダルい、気持ち悪い。

 視界が揺らぐ。

 赤く染まった地面のど真ん中でオレは胃の中の物を全部出した。


「疲弊している、今だ!!」


 まずい、まだ敵は残っている。殺しきれていなかった。


 パンと音がした。オレの銃声ではない。

 肩が、オレの肩が赤く染まって肉が裂けた。


「ぅあ……アアッ!」


 痛い、何をされたんだ? 撃たれたのか?

 霞む目で見てみると甲冑を着た兵士の一人が銃口をオレに向けていた。


 ただの銃じゃない。

 確かボルトアクションライフルなどというやつなんじゃないかアレは。

 どうやらあの大口径の銃でオレは肩を射抜かれたらしい。


「生捕が任務です! 隊長!!」


「そんな余裕があるか! 奴は神の加護を受けているんだぞ! こっちが制御できるわけがない! 上の命令は無視しろ!」


 何かを言い争っているが、耳に言葉が入ってこない。


 クソ、ダメだ意識が途切れる……。


「いいから全員、構えろ!!」


 途切れそうな意識を必死に保ちながら、オレは男たちを睨みつけた。


 甲冑の男たちはライフルや拳銃をこちらに向けている。

 まずい、殺される。


 ──動け!!


 そうオレは手足に願ったが、電池が切れた玩具のようにオレの四肢は脱力している。

 力も込められない。


「撃てぇ!!」


 怒号のような号令が響き渡る。瞬間、銃声が一斉に弾けて木霊した。


 ──嫌だ。


 弾丸は一斉にオレに向かってくる。走馬灯というやつなのか、銃弾すらゆっくりと向かってくるように感じる。

 だが避ける術なんてない。

 間違いなくオレは、オレは死ぬ。


 ──そんなの嫌だ。


「母さん──!!」


 オレはそう叫びながら目を瞑った。痛いのは嫌だ苦しいのももう嫌だった。


 あとどれくらいで着弾する?

 もうくるのか?

 どうせ死ぬなら苦しみたくなんかない。


 いや──。


 なんでオレがそんなこと考えなきゃいけない?


 逆だろ。


 苦しむのは、痛みを覚えるのはお前らのはずだ、貴様らのはずだ。


 オレじゃない、オレは死にたくなんてない。

 オレは! 


 ──父さんと母さんと、アカリを頼む。


 誰かの声が聞こえる。

 誰の?

 いや俺の声だ

 オレは死にたくない。

 死ぬわけにはいかない。


「第四の死因──」


 オレの口が一人でに動く。


爆傷・全身崩壊ブレス


 次の瞬間だった、全身に焼き付くような痛みが走る。

 弾丸の痛みではなかった。

 オレは何かを思い出している。オレじゃない俺が死んだ原因をオレはまた思い出しているのか?


 そんなことを考えるうちにまるで曇りガラスのような、半透明な巨大な竜の像がオレに鎧のように纏いつく。


「なに?!」


 男たちの驚愕の声がオレの鼓膜にも響いた。

 現れた半透明の竜の像は全ての弾丸を受け止めていた。


「こちらも速く分霊を召喚しろ!」


「は、はい!」


 何を言っているのか分からないが、男たちがそんなやりとりをしたと思った次の瞬間、羽を生やした中性的な金髪の人間が光と共にどこからともなく降りてくる。


 二メートルもある天使のようなそいつは鎧を身に纏っている。

 そしてその天使はオレを見下すように見つめたあと光と共に手のひらに剣を出現させた。


「行け! 力天使の分霊! 異教徒を殺せ!!」


 どうやら目の前の天使は男たちによって召喚されたらしい。


 男の号令と共に天使は剣を上段から振り下ろす。

 いかにも神聖な黄金の光を纏った粛清の斬撃が大地を、森を、オレの後ろの遺跡を叩き切る。


 だが──。


「バカな……な、なんでだA級以上の召喚魔法の筈だ」


 その剣はオレと竜だけは切り裂けなかった。


「隊長!!」


 男の焦る声が聞こえる。


「ハハ……」


 オレは自嘲する。


「オレの勝ちだ」


 こんな泥臭く、得たくもなかった勝利に。


 オレの手足の一部のように竜の像はオレの意思のまま口から閃光を放つ。


 それはその場にいたオレ以外の全てを焼き払った。


 ─────────────


 目が覚めると焼け野原の上でオレは仰向けに大の字で寝転がっていた。

 あたりの木々は吹き飛んだ。残ったのはその爆発を生み出したオレの周りにある小さな草木や花々だけだった。


 名前が分からない花や草木をベッドにしてオレはただ空を見上げる。


「空、バカみたいに綺麗だな」


 その空はただ青かった。


「だな」


 感傷に浸っていると唐突にオレ以外の誰かが声を発する、タイプライターでもアリスでもない見知らぬ男の声。

 オレは思わず声のする方に目玉を動かす。


 敵か? 敵ならば迎撃の準備しなければならない。


 しかし首を回すことすらできないほどにオレは疲弊している。

 どうすれば──


「無理すんなよキミ。オレは別にキミを殺そうとしに来たわけじゃないからさ」


 オレの顔を覗き込むのは黒髪の青い魔女帽を被った男だった。


「アンタ……誰?」


 掠れたオレの質問に魔女帽の男は青い目を細めて破顔して言った。


「救難要請を聞きつけて来た。エヴァンソ・ドンキホーテだ。よろしくなキミ」

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