第2話
「いらっしゃいませ――って、何だ。ジョージか」
「よぉ、ジン。幼馴染に向かって『何だ』はねえだろ」
姿を現したのは、小学校からの幼馴染――上島昭二(じょうじましょうじ)、通称ジョージだ。
身長は190センチを超え、筋肉質。黒髪短髪に顎髭、そしていつもサングラスをかけている。
裏表がなく、気さくで、軽口を言い合える仲だ。
そんなジョージだが、町でこいつとすれ違う人たちは、ほぼ全員が二度見する。
体格やサングラスのせいじゃない。
原因は、いつも着てるTシャツにある。
真っ白なTシャツの中心に、二頭身の恐竜キャラクターが大きくプリントされている。
『ザウルスくん』と言って、どこかの博物館のマスコットキャラクターらしい。
大きく口を開け、ギザギザの歯を光らせている。
そして、キャラクターの上には、これまたデカデカと『ザウルスくん』の文字。
今日は上着を羽織ってるが、それでも隙間から『ザウルスくん』としっかり目が合う。
これじゃ、二度見をするな、と言う方が無理な話だ。
そんなジョージが恐竜にハマったのは小学校のころ。
修学旅行先の博物館で恐竜に一目惚れして以来、ジョージの“恐竜愛”は止まることなく爆発し続けている。
「さぁて、今日はどれにするかな〜?」
ジョージは俺と軽い挨拶を交わすと、すぐにお菓子コーナーに直行した。
骨董屋にお菓子が売っている、なんて変な話かもしれない。
けれど、こんな時代だ。骨董一本だけじゃ、とてもじゃないがやっていけない。
だからうちでは、お菓子やアイスなんかも扱っている。
このあたりは、コンビニなんて洒落た店がない田舎だ。
まだ頑張ってる商店もあるけど、店主は年寄りばかりで、売ってるお菓子も二十年以上前から同じラインナップばかりだ。
そんなんだから、子どもたちが流行りのお菓子を買うには、車で三十分かけてスーパーに行くしかない。
そこで試しに、店の一角に駄菓子と流行りモノを置いてみた。
思いつきだったが、意外なことにこれが結構売れる。
骨董屋なんてマニアックな店を続けられているのは、その副収入のおかげだ。
本音を言えば、外国人向けのお土産とか、子ども向けのお菓子とアイスだけ売ってたほうが儲かるかもしれない。
でも、ここはじいちゃんが遺してくれた大切な店だ。
せめて、じいちゃんが集めたものが全部売れるまでは、このスタイルで続けていこう。
そう思ってる。
俺自身でも少しずつ仕入れてみてるけど、まあ、なかなか上手くはいかない。
一品一品が全部違って、同じものはない。
それが難しくて、面白いところでもある。
じいちゃんの思い出の品を眺めていると、壁に掛けられた仮面と目が合った。
どこかの民族のものらしい木彫りの仮面。
面長で口の部分が三角で、目は四角く切り抜かれている。
何に使うものなのか、どこで手に入れたのか分からない。
いつからそこにあるのかさえ分からないほど昔からある。
売れる気配は一切無い。
……全部は無理でも、半分。いや、三分の一でも売れたら、店の方向性を少し考えようかな。
そんなことを、ぼんやり思っていると――
「なぁ、どれにレアが入ってるんだ?」
ジョージの声が、俺を現実に引き戻した。
真剣な顔で、ある商品の前で腕を組んでいる。
視線の先にあるのは、対象年齢三歳以上の食玩『不思議な恐竜・シーズン3』。
箱の中に卵型のカプセルが入っていて、それを割ると恐竜のフィギュアが出てくる。
ディテールが妙に細かくて、大人にも密かな人気があるシリーズの第三弾だ。
どう見ても玩具だが、小さなガムが一粒だけ入っているため、一応『食玩』扱いになっている。
「さ~な。俺は知らないよ、仕入れてるだけだから」
そう答える俺をよそに、ジョージはサングラス越しでも分かる鋭い視線で商品を凝視している。
そんな情熱的な視線で女の子を見つめれば、たいていはイチコロだろう。
――が、悲しいかな。その熱視線の先にいるのは、いつも恐竜だ。
「……よし! これだな」
悩むこと数分、結局選んだのは一番手前のやつだった。
一緒に買い物に行くと、いつも手前の商品から取るジョージらしい。
ちなみに俺は賞味期限を見て、後ろから取るようにしている。
少しでも新鮮な物を、少しでも長持ちする物を、そう心がけて買うようにしている。
そして、いつも冷蔵庫の奥深くで賞味期限切れの化石になって見つかる。
一人暮らし”あるある”だな。
「はい、まいど」
「どれどれ。今日は、なにが当たるかな〜?」
俺に料金を払うやいなや、ジョージはその場で箱を開け始めた。
興奮した様子で箱を開け、恐竜が入ってるカプセルを取り出してすぐに割り始めた。
まるで子どもみたいに目を輝かせている。
笑顔を浮かべ、全力で楽しんでいるのが分かる。
その横顔からは、ちょっと羨ましいくらいの情熱を感じる。
「……なんだよ。はぁ~、またダブった」
口ではそう言いながらも、顔は嬉しそうだ。
口角が上がり、頬は緩んでいる。
「ほら。ジンも見てみろよ」
それでも楽しそうに一通り眺めたあと、その恐竜を渡してきた。
大きな羽に大きな
空を飛び、映画なんかでよく見るやつだ。
恐竜に詳しくない俺でも、さすがに名前くらいは知っている。
『翼竜プテラノドン』
プテラノドン……なのだが――
「なんだよ、これ?」
足元には、
まるで九州地方で銅像になっていそうな
……俺は、こんなプテラノドンは知らない。
「なにって、“プテラノどん”だよ。“プテラノどん”」
ジョージは得意げにそう言うと、『ニカッ』と白い歯を見せた。
「……プテラノどん、ねぇ」
なんというか、昭和の駄洒落感がすごい。
でも実際、『プテラノどん』は良く出来ている。
人気シリーズになっているのも納得できる。
『プテラノどん』をジョージに返すと店のテーブルの上に置き、色んな角度から眺め始めた。
時にはサングラスを外し、またある時はサングラス越しで楽しそうに眺めている。
「他のは、どんな恐竜がいるんだ?」
「ん~? 箱の裏に書いてあるぞ」
お菓子の箱の裏を見てみると、数種類の恐竜が劇画チックに描かれていた。
下の辺りに、七種とシークレットレアの全八種類、と書いてある。
「ちょっと貸してみろ。……ほら、説明書だ」
ジョージが箱から説明書を取り出し、俺に渡してきた。
四つ折りにされた説明書を広げる。
そこには恐竜の種類と特徴が描かれていた。
「なになに、え~と……」
ブラジャーを着けた『ぶらキオサウルス』。
鳥と一緒に描かれている『鳥ケラトプス』。
他にも数種類の恐竜が、楽しそうに描かれている。
……これを、作ったやつの頭の中を覗いてみたい気分になった。
もちろん、『プテラノどん』も載っていて「おいどんは不器用ですから」と、なにか違うんじゃないのか、と思われるセリフが書いてある。
シークレットレアの恐竜はシルエットのみが描かれていて、「この先は君の目で確かみてくれ!」と書いてある。
確かみてくれ……。
なんで大事な所で誤字するかなぁ。
「んで? このシークレットレアってのは?」
「お! ジンも気になるか! 実はオレも気になっちゃってさ、調べちまったよ」
気になるわけではないが「またダジャレだろ」と心の中でツッコミを入れた。
「Tレックスが七色に光るように進化した、ってのがレアらしい」
「恐竜なのに光るのか?」
「ああ! その名も――”ゲーミングTレックス”!」
無駄にためを作り、なぜか自信満々で教えてくれた。
確かに七色に光るのは”レア感”があるな。
……でも、それは本当に進化なのだろうか?
見つかりやすくなるから退化のような気もするが……。
それとも、わざと見つかって、返り討ちにするという高度な作戦なのか?
もしかした他の恐竜のダジャレにも深い意味があるのか?
人気だからと仕入れていたが、こんな深い考えがあるシリーズだったとは……。
なんだか少し気になり始めた……ような気がする。
ジョージは一通りプテラノどんを堪能したあと、一緒に入っていた小さなガムを口に放り込んだ。
そして大きな口で小さな風船ガムを器用に作り、『パン!』と鳴らした。
サングラス姿でデカいから、ガムが妙に似合う。
「どうだ、仕事の方は? 八百屋って、年末も忙しいのか?」
「ん~、まぁまぁ、かな。今朝も親父と配達に行ってきたとこだし、明日の大晦日にも配達があるし」
「そっか、大変だな。おばさんは元気か?」
「元気も元気。今日も元気に店番してるよ。……そんでさ、今日、飲みに行かね?」
「いいよ、ヒマだし」
ジョージが来る時は大体が、酒の誘いだ。
スマホで連絡すりゃいいものを、いつも顔を出してくれる。
目当ては「不思議な恐竜」だろうが、わざわざ来てくれるのは嬉しいもんだ。
「んじゃ、後で適当な時間に迎えに来っからな」
軽く手を上げ颯爽と帰って行った。
その背中を見ていつも思う。
あいつは絶対モテる。
……Tシャツが『ザウルスくん』でなくて、手に『プテラノどん』さえ持ってなければ。
次の更新予定
鐘が鳴る。そして、世界が廻る。 磧沙木 希信 @sekisakikisin
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