鐘が鳴る。そして、世界が廻る。

磧沙木 希信

第1話

 本作に登場する団体名・商品名・人物・出来事はすべてフィクションです。

 実在の団体・商品・人物・事件等とは関係ありません。


 AIを創作補助として利用しています。

 プロット・設定・執筆は作者によるものです。

 あらかじめご了承ください。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ――ゴォォォォォン!


「大丈夫だよ」


 笑って握ってくれた君の手の温もりは消え、意識が遠くなる。


 ――ああ、もう大丈夫だ。

 俺はもう、きっと、大丈夫だ。


 君の温もりが胸に残っている。


 鐘が鳴る。


 そして――



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「……ふぁ~あ。はぁ、ヒマだなぁ」


 ここ数日は、気持ちの良い冬晴れが続いている。


 俺、天野人成(あまのじんせい)は、今日も店番に精を出していた。

 と言っても、店は見事に閑古鳥が鳴いている。

 頬杖をつきながら、店の引き戸が開くのをぼんやり眺める。

 そんな毎日を過ごしている。


 俺の店『天野骨董店』は、田舎の商店街の一角にある。


 表は骨董店、奥は住居タイプの古い店だ。


 元々はじいちゃんの店で、数年前に俺が引き継いだ。

 両親は別の町に暮らしていて、今は俺ひとり暮らしだ。

 悠々自適な一人暮らし――とまではいかないけど、それなりに楽しくやっている。


 店の壁には、一枚の色褪せた写真が飾ってある。

 バブルの好景気まっただ中だった頃の、活気に満ちた商店街の写真。

 お祭りの様子を写した物で、神輿を担いでいる大人たち、出店に並ぶ子どもたち、風船を配っている着ぐるみまで、みんな笑っている。

 今とは活気、というか熱量の違いを感じる。

 あの頃は、何でも売れていたらしい。

 高ければ高いほど、よく売れた。

 そんな不思議な時代だった。

 タバコの匂いが染みついたじいちゃんのあぐらの上で、そんな話をよく聞いた。


 店内には、そんな時代からの商品が多く並んでいる。


 民族楽器や不気味な仮面、将棋・囲碁といった遊具。

 古いフランス人形におかっぱ頭の日本人形、掛け軸や調度品、風鈴やガラスの器。

 怪獣の玩具やぬいぐるみ、レトロゲームソフト。

 さらには、お菓子屋の前で舌を『ペロッ』と出してるマスコットや、薬局の前に置いてある目が『ぱっちり』したカエルの人形まで並んでいる。


 通路の両脇に、天井まで物が積まれたカオスな空間が広がっている。

 ……これは決して掃除をサボっているわけじゃない。

 骨董屋らしい「玉石混交」の雰囲気を大事にしてるんだ。


 店内にはテレビのニュースだけが静かに流れている。


 いつもの、ほのぼのとしたニュースを眺めていると、『ガラガラ』と戸が開いた。

 今日、初めてのお客さんだ。


「いらっしゃいませ」


「コンニチハ」


 流ちょうな日本語で返してきたのは、最近では珍しくもなくなった外国人のお客さん。

 お土産に買うのか、自分で楽しむのか。

 外人さんは興味深そうに店内を見回しながら、ゆっくりと歩き出した。


 店の評判は意外と悪くない。

 古い人形や食器類、日本っぽい絵が書いてあればそれなりに売れた。


 この外人さんも、そんな商品を手に取り楽しんでいる。

 絵画や茶器など一通り楽しんだ後、ある掛け軸の前で立ち止まった。


「これは“ヨコヤマ・タイカン”ですか? 本物デスカ?」


 ――横山大観。

 本物なら何百万円もする、日本画の巨匠だ。


「ははは、まさか。残念ながら偽物ですよ。祖父が、知り合いの借金の”カタ”にもらったものだそうです」


 荒々しい山並みに、力強い木々。

 輪郭のハッキリした人物に、「横山大観」の名前と印。

 素人目にも分かる、完璧な偽物だ。

 だが、出来そのものは悪くない。


 俺の説明を聞いた外人さんは手を顎に当て、真剣な眼差しで掛け軸を見つめている。


 そして――


「気に入りました。これ、クダサイ」


 満面の笑みを浮かべての、ご購入。

 作品自体は良いから、偽物と聞いても迷いは無かったみたいだ。


「ありがとうございます」


 壁から丁寧に外し、軽く”はたき”で埃を落とす。

 そして、掛け軸用の細長い筒に入れて手渡す。


「サンキュー。最近、物が増えすぎちゃってネ。家に飾ると妻が怒るから、今では職場に置いてるんデス」


「ははは。うちとしては、もっと買ってもらえる方が助かるんですけどね」


 どうやら、いろんな日本の物を集めているらしい。

 そういうお客さんは大事にしたい。

 また来てくれるかもしれないからな。


「え~と……それでは、良いお年を。デスネ」


「ええ、良いお年を」


 年越しの挨拶を交わし、満足気に彼は戸を開けて出て行った。


 お客さんがいなくなり、また静かな時間が流れる。


 ――ゴォォォォン!


 澄み渡る冬晴れの空に、山の上のお寺から鐘が鳴り響く。


 その振動は、空のように広がって行った。


 2025年12月30日。


 今年も残り二日となった。


 新年は、もうそこまで来ている。

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