『師匠の悪癖』

 ローレン師匠の目は、男性にしては大きい方だ。

アダムの様に真ん丸な猫目ではなく、垂れ気味で穏やかな、知性佇む双眸だとボクは思う。


 その癖に気づいたのは、ボクが、新薬に転用できる構造精神分析論について所見を述べている時だった。


 普段、何かにつけてボクに張り合ったり、つっかかってくる同期、レベッカが、師匠に何か耳打ちをしていたんだ。

 正直、彼女が師匠に近づくのも嫌なのに、なんでわざわざ、ボクの発表中に師匠の思考と聴力を奪うんだよと、めっちゃイライラした。

 レベッカもローレン師匠の事が好きで、ボクと師匠が話をしてると割ってきたり。


「ローレン様に気に入られてる?

 アンタが無理矢理取り入ったの間違いでしょ、このアバズレ!」


 って、ちょっとでも、客観的視点を持っていたら言わないような事ばかり言うから、ボクだって友好的に接する理由なんて無いだろう?


 でも、公私混同をしようものなら、師匠その人からきっつい注意が飛んでくる。

 ボクだって、自分の主張のクオリティを落としたくないからね。見ないふりして、発表に集中したさ。


 その時だった。


 何時も穏やかなアメジスト色の両目が、ビー玉みたいに大きく見開かれて、何も映していないお人形さんのような瞳になったんだ。


 びっくりした。


 綺麗な目には変わりないんだけど、なんていうか、何の感情も表現せず、何の感情も読み取らせない――そんな丸い、光を灯さない瞳のまま、唇だけは笑顔の形をしているんだ。


 怖いとか、そういうんじゃなくって――いつもの笑顔と全然違うから、あれ? って思って、覚えてた。


 ボクは、師匠の本当の笑顔を知っているからね(えっへん)


 師匠はそのまま、貼り付けた仮面のような笑顔で司会進行を続けた後、気が付いたら元の顔に戻られていた。

 だから最初は、気のせいだと思ったんだ。


 でもその後も、打ち上げ中に、レベッカがボクを貶すような事を言う時。

 師匠はその、お人形さんみたいな笑顔で、天然のふりをして話の矛をレベッカにむけたり。


 TV講義用の収録の時、ドリンクボトルのラベルを


「TVに映るならはがさなきゃね」


 って言いながら、お人形さんみたいな顔でべりべりはがしてた。

 あ、またあの目だ……って、ボクはそっちばかり気になってしまって、ぼうっと師匠の事を眺めていたんだ。

 ――それが気に入らなかったみたいで、突然むすっと不機嫌になられて。

 あれ多分、ボクが「かっこいい!」ってはしゃぐと思ってたのに、そうじゃなかったから、気分を害したんじゃないかなぁ。


 思うに師匠の悪癖は、自分を護ったり、本音に緊急で仮面を被せなきゃいけない時に、目がまるくなる事だと思う。


 いや、悪い癖とは限らないかもしれないけどさ。

 本音は目に出る、っていうけど、それを出さない努力もまた目に出る――っていう、ちょっと怖いお話。


 でもそんな癖、ボク位しか気づいてないんじゃない?

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