第十話 消える観測者
シン・ニシウラワの見張りを皮切りに、NEO埼玉県内で異変が起き始めた。
東京都。
千葉県。
群馬、茨城、栃木――。
各県が水面下で送り込んでいたエージェントたちが、一人、また一人と姿を消していった。
連絡が途絶える。
定時報告が上がらない。
最後の位置情報だけが、虚空に残る。
「災害予防」の名目で送り込まれた神奈川情報局の人員も、例外ではなかった。
行方不明。
人だけではない。
空中迷彩ドローンが、ある日を境に帰還しない。
建物に仕掛けられた盗聴装置が、信号ごと消える。
回収された痕跡すら、残らない。
まるで――
最初から存在していなかったかのように。
各所で、同じ疑問が浮かぶ。
「……奴の仕業か?」
そして、次の推論へと進む。
「だとすれば……」
「奴を呼んだのはNEO埼玉なのか?」
だが、答えは単純ではなかった。
当のNEO埼玉も、戸惑っていた。
彼らはシン・ニシウラワの存在を認知していた。
完全に掌握はできずとも、各県の動向を探る“情報の濾過器”として利用していた節すらある。
それでも――消えた。
敵対県のエージェントだけではない。
NEO埼玉側が把握し、時に黙認し、時に情報リークに使っていたエージェントまで、同じように消えていった。
制御外。想定外。
指示も合図もない。
誰かが掃除している。
だが、誰なのかは分からない。
ただ一つ確かなのは、観測する者が、観測される側に回り始めたという事実だった。
NEO埼玉の人工海は、今日も穏やかだ。
だがその水面下で、関東全域の諜報網は、静かに、しかし確実に削り取られていた。
そして、誰もが同じ名前を、口に出さずに思い浮かべていた。
――シン・ニシウラワ。
彼はまだ、
何も宣言していない。
それが、何より不気味だった。
関東覇王録 ―NEO埼玉戦記― 原田広 @hara893
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