第九話 去っていく女
エージェントの網膜に、新たな通知が割り込んだ。
最深度調査結果――
クミ・イノウエ。
「……シン・ニシウラワとの関連、認めず、か」
短く息を吐く。
「上からは、ニシウラワの監視を続行せよ、だそうだ」
隣のエージェントが、視線を駅構内へ向けた。
「どう見ても、無関係には見えな――」
言葉の途中で、喉が詰まったような音が漏れる。
「……うっ」
もう一人が振り向く。
「どうし――」
その先は続かなかった。
シンから少し離れたベンチに座っていたエージェントが、声を上げることもなく、静かに崩れ落ちる。
誰も気づかない。
倒れた音すら、リニアの低い振動に紛れた。
クミが、シンを見上げる。
「……シンちゃん。やったの?」
「会話を、聞かれたくない」
低い声。
言い訳も説明もない。
クミは肩をすくめる。
「あたしは、構わないわよ」
「おまえな……」
呆れたように、シンは視線を逸らす。
「俺に、もう近づくな。役人に目をつけられる」
クミは、少しだけ笑った。
「あたしは、構わないわよ」
同じ言葉。
だが、今度は揺るがない。
シンは、短く息を吐いた。
諦めにも似た、深いため息。
やがて列車が減速し、扉が開く。
クミは立ち上がり、振り返る。
「またね」
軽く手を振る。
ドアが閉まり、
リニアは静かに走り出す。
シンは、その場に立ち尽くしたまま、去っていくクミの姿を見続けていた。
困ったような表情のまま。
戦場では見せなかった顔を、秩父の駅で、ひとり晒しながら。
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