殺戮スノーマンがやってくる

秋犬

Jingle all the way!

「走れソリよ、風のように!」


 そう言ってヒゲの男はトナカイを鞭打つ。走りたくて走るのではない。この男に命令されて、仕方なく走らなければならない。トナカイは真っ白なため息をついた。これから夜通し、この雪の中荷物を運ばなければならない。一体自分が何をしたというのか。


 それを言えば、このヒゲ男も一緒である。何故この寒い中を運送業のように駆けずり回らなければならないのか。


「やいこのツノ野郎、さっさと走らねえとジンギスカンにして食っちまうぞ!」


 随分と口の悪いヒゲ男だ。よく見るとただのヒゲ面であり、真っ白なおひげのお爺さんという代物ではない。ただの太ったヒゲの男だ。


「うるせえな、蹴っ飛ばして星にしてやろうか」

「ああ? トナカイのくせにサンタに口答えする気か?」

「てめえみたいなサンタはお断りだぜ」


 すっかりトナカイは走る気をなくし、サンタらしい男と口論になった。


「一体なんでこんな寒い時期にこんなことさせられているんだ?」

「思うんだがな、これはサンタの野郎の陰謀だ」

「サンタはてめえじゃねえのか?」

「んなわけあるめえ、俺がサンタってツラしてるか?」

「なるほど、確かに」


 どうやらソリに乗っているのはサンタではないらしい。では一体、誰が何のためにこんな茶番を仕掛けているのだろうか?


「そう言うおめえさんは、何でトナカイやってるんだ?」

「は? そう言えば、俺は何でトナカイなんだっけ……」


 はて、トナカイには記憶がない。トナカイがこんなにペラペラしゃべるわけでもないので、トナカイは最初からトナカイではなかったのだろう。


「やいモノども! ターキーレッグにしちまうぞ!!」


 そう言って現れたのは、赤い服を着た大男であった。普通の人間の三倍くらいありそうな大男は手にしたメイスをドカンと地面に叩きつける。積もった雪がはらはらと粉のように舞い上がった。


「しかしそうは言っても、トナカイが走らねんだからどうしようもねえ」

「そいつぁ生意気なトナカイだな! てめえはこっちへ来い! 今代わりのトナカイを持ってくるから、ちょっと待ってろ!」


 大男はトナカイをソリから引き離し、偽サンタに待機を命じてその場を離れた。トナカイは大男に引っ張られて、寒風吹きすさぶ平原の一本モミに縛り付けられた。


「てめえみたいな根性曲がりにサンタは務まらねえって思ったからトナカイにしてやったのに、なんてザマだ。今夜はここにいろ」


 そう言うと大男はぶるぶる震えながらトナカイを置き去りにした。トナカイは心細く思ったが、今夜の仕事がなくなってせいせいした。明日の朝まで待っていればよいのかと思うだけで、今夜の良き日を神に祈れそうだった。


『神に祈る、だって。生意気だね』

『せっかく労役で罪が免除されるってのに、管理役が見放した』

『地獄行き♪地獄行き♪』


 風に乗って、遠くから不思議な歌声が鈴の音とともに聞こえてきた。


「地獄行きって、一体誰が歌ってるんだ?」


 すると、風に乗って舞い上がった雪の向こうから何かが集団で押し寄せてきた。


『地獄行き♪地獄行き♪腹が鳴る♪今日は楽しい地獄行き♪』


 トナカイは目を凝らした。それは十体ほどの雪だるまスノーマンたちだった。


『ぼくたち』

『わたしたちは』

『この荒れ野の意志。今すぐお前を地獄に落とすよ』


 雪だるまたちは手に手に獲物を構えた。


『まずは生きたまま皮を剥ごう♪』

『死んで役に立てるよよかったねえ♪』

『そしてそれから肉を切ろう♪』

『肉がうまいよよかったねえ♪』

『最後に目玉を喰ろうてやろか♪』

『俺たちお目目だうれしいねえ♪』


 雪だるまたちははさみやナイフをカチャカチャと言わせながら、トナカイの周りを踊るようにまわった。


『どうせこいつもろくでなし♪』

『前世は悪鬼か妖怪か♪』

『腐った魂きっと美味い♪』

『我らのご飯はトナカイ飯♪』


 そんな歌を歌いながら、雪だるまたちはトナカイの周りを回った。


『どうした、ぼくらが怖くないのか』


 トナカイは怯えるまでもなく、雪だるまたちを見つめていた。


「好きにしろ。俺を食って喜ぶなら、それに越したことはない」


 トナカイは全てに疲れ切っていた。ここで雪だるまに食べられて、それで全てが許されるのであれば何でもよいと思った。


『ああ、怠惰怠惰怠惰♪』

『食べる価値もない腐った魂♪』

『雪だるまの救済を、断ったお馬鹿なトナカイ♪』

『さよならバイバイ、雪の中♪』

『泣いても喚いても、雪の中♪』

『お馬鹿なトナカイちゃん、さようなら♪』


 その時、ひときわ強い風が吹いた。


『お前の罪を、数えてお休み』


 急に雪だるまの声が止んだ。吹きすさぶ風も雪も鈴の音も、いつの間にかなくなった。星ひとつない暗い夜空に、どこまでも広がる雪原だけがトナカイの前に残された。


 そこでトナカイは夜が明けるのを待った。夜さえ明ければ、あの大男が迎えに来るだろうと思ったからだった。そう言えば神の裁きとかそういうこともあったかもしれない。サンタのトナカイとして罪を償えば、恩赦が受けられる。そんな気もしていたが全てはどうでもよかった。挙句の果てにサンタ役と喧嘩して、雪だるまにも見放された。


 トナカイは待ち続けた。暗い荒野で、誰かが迎えに来るのをずっと待った。しかし、夜は明けずに雪だるまも大男も来なかった。飢えも乾きもなかったが、ただ寒い平原にトナカイはずっとひとり取り残された。それがトナカイの罰と雪だるまたちは教えていたが、トナカイはとうとう気が付くことはなかった。


<了>

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