第3話
「うわああああああああああっ!!」
形容しがたい恐怖に駆られ、悲鳴が迸る。
「自害、なのか……」
虚ろの瞳に悪寒を感じて飛び跳ねると、拍子に紙切れ一枚が彼女のポケットから飛び出してくる。恐る恐る掌に乗せ、唾液をごくりと飲み込んでぺラりと捲る。丁寧な筆記で残虐めいた文章がそこにあった。
『お前らは殺人犯だ。人の創造意欲を無にして、人の存在価値をまるごと消す。それは殺しているに等しい。だから俺は徹底的にお前らを殺す。お互い様だろ』
「は?」
彼女は小説を書いていた。されど読まれなかった。すると偶発的に無力感、自己嫌悪。世界に対して「不公平」という感情が体の隅々にまで増殖したのだろう。手と足と脳、それらを感情に支配され、正しいと思ったことを疑いもせず正しいと思ったのだろう。
作戦を決行した。混沌に貶めるため、わざわざ自害までした。 『お前らは間接的に俺を殺している』徹底的にそのメッセージを見せつける為に。
ならば彼女の表情や感情は、すべて演技だったのだろうか。
包み隠さず僕も話そう。
僕も小説を書いている。でも読まれない、だから書く目的が分からなくなった。
いろいろな理由はあれど、最終的な目標はやはり「読まれたい」ただその一節のみ。すると文章を綴るこれは時間の徒労で、目を向ける努力は他にもあるのではないか。と、諦めに似た感情が「小説を書く」という創作活動すら拒んでくる。
そうくると、数多の感情が頭の中を洪水し、カクヨムに作品を投稿する = 創作意欲を消してしまう自爆行為。と同種族にしか分かち合えない思考が完成した。
彼女もそうなのではないだろうか。だから腹を割って話せば、分かち合う瞬間が来るかもしれなかった。
だって、僕らは同じ種族なのだから。
「とにかく、これではっきりした。もう争う必要もない」
友人を友人だと思わなかった理由は簡単だ。同種族じゃないから。言語が伝わらないんじゃ、どうしても壁というのは自然に発生する。徐々に壁は厚さを増し、気付いた頃には砕くのさえ窮屈になる。
あそこで死んだのは逆に良かったのかもしれない。壁を気にしなくてよくなるから。
しかし永田はどうなのだろうか。同種族か、否か。マイノリティーな思考を持つ点は同士だが、彼の考え方には正直嫌悪を抱く。
学校が「小説を読まない」姿勢を生み出しているというのは面白い意見だが、学校が全面的に悪くて、読まない当事者は悪くないと言っているようにも聞こえるのだ。
同種族ならば分かり得る話をするが、ここでの読まないは別に文字通り読まないという話だけではない。
少し読んだのに、そこから続きを読まない。読んだのに★や応援マークを付けない。これらも相当数読まないに帰結する。
何故かというと、どれも作家を弄ぶフザケタ行為だからだ。この中で一番害悪なのは、少し読んだのにそこから続きを読まない。
――ヨムハラである。そこに悪意はなくても、悪意を感じる。読者は無意識に『この作家死ね』と思っているのではないだろうか。友人も多分そうだ。友人に人を貶めようなどの心意はないだろう。等と屁理屈をこねたが、心意はなくても真意はある気がする。
そうなると彼女の言い分にも納得する。
『お前らは間接的に俺を殺している』
嗚呼、その通りだろう。
――考えが変わった。嘘をつこう。俺ら三人の中に犯人はいない、元々この島に潜む真犯人がいるのではと。
阿鼻叫喚することだろう。泣いて、喚き、猿のような雄叫びで『死にたくない』と懇願し、しかし同種族ではないから何の感情も湧かない。
お前らは僕を間接的に殺した。ならば僕もお前らを間接的に殺してやろう。
********
殺す算段を整えていると、猿である横田が視界に現れる。拳は血まみれ、もう既に僕が行動するまでもなく彼の心は砕けているようだった。
「永田は――」
「殺したよ。だって、小説を書いていないってアリバイを吐かないんだぞ。殺すしかないだろ」
「は――」
腹部に衝撃が与えられる。思考が焼き切れる。悶絶に全身がショートを起こし、横田が僕に暴力をふるったという真実すら受け入れるのに数秒は用いた。しかも永田を殺した? もはや猿ではない、殺戮兵器である。
「で、てめえはどうなんだよ。小説を書いてないってアリバイはあんのかよ!?」
「あ、く……はな――」
続いて衝撃が放たれる。幸いして横田の手を離れ、僕は命からがら逃げだした。
クソッ。このままでは僕が間接的に殺される。腹部を抑えて、死体現場まで直行した。
もう手の内を明かすしかないだろう。彼女の文章を見せて、このデスゲームを終わらせるしか他に方法はない。
彼女の作戦は失敗に終わるが、この中に創作活動者がいたことも考慮した方が良かっただろう。同種族を殺すかもしれないなんて想定はされていなかったようだ。
横田の足音が響く。鼓動する心音に恐怖を覚えながら、紙を開いて待ち構える。
「なあ、言ってくれよ。小説を書いてないって!」
次第に彼の顔が視界に現れる。表情から察するに心は遥か昔にぶっ壊れているように見えた。
それでも、これを見せれば誰でも分かってくれる。そう思って、喉元を振り絞った。
「実は彼女、自害なんだ。この紙を見てくれない? だから、僕らの中に犯人はいないんだ」
正直裏切ってしまった気持ちが強かったが、生存本能には抗えなかった。でもこれで全てが終わる。そう思い、安堵した。
しかし横田の口から放たれる発言は、終わりの始まりだった。
「いや、それ俺が書いたんだよ」
「え? ――――――――は?」
********
羽交い絞めにされ、四肢を括りつけられ、途方に暮れる僕の体を彼はいたぶり続けた。
「同類のはずだろっ、君は小説を書いている、僕も小説を書いている。どうしてこんな酷い……」
「だからだ。お前は小説を書いている。俺も小説を書いている」
痛む箇所から血が滲み、衣服を赤が染めていく。頭を埋め尽くす感情は、恐怖と驚愕。耳に入り込む横田の心意は、データベースに記録されていない。
「意味分からないんだって! 折角マイノリティーに成り得たのにどうして――」
「小説を書く者同士だからこそ、……同類じゃねえんだよ」
呻きながら理解した。横田の感情には、極めて不快な単語が当てはまるということを。同種族だからこそ芽生えてしまった種があるのだ。その出た芽はつまり、嫉妬心。
同じ人と比べ、同じ自分と比較して、勝手に相手を嫌悪する。
僕も極めて不快な感情が芽生えたことはある。しかし芽生えた嫉妬心は速攻切り落とし、それ以上には感情は高ぶらなかった。
しかしこの横田という男はなんだ? 嫉妬に心を蝕まれ、いや違う。彼も間接的に殺されてしまった一人だ。嫉妬という毒を読者から盛られたのだ。ならば猿なのは横田ではない、真に猿なのは読者だ。
僕は死んだ。四肢だけ切り離され、頭と胴体は湖の底に沈んだ。
「……………………」
横田は沈みゆく僕を眺めながら、再びジャングルの奥地へと消えていく。彼はこの島に眠るランキング上位の作品を掘り起こし、読み進めた。しかし空腹感には勝てず、巨大ナマズの住む水面を眺める。
「クソっ!」
結局ナマズを食べる勇気は持てず、空腹を埋める矛先は僕と永田だった。火を起こしかぶりつき、同種族を食べるというカニバリズムを横田は成功させる。
灰色の空に色の変化はなく、雨が降る兆候も訪れない。だからといってボートで島を脱出すれば、僕らの生み出した巨大ナマズに喰われるのは明白。カニバリズムに縋るしかなかった。
されど同種族を捕食するという行為は、横田の体内を暴走させた。
「うが……うぐうううううう!?」
喚き、嘔吐し、吐瀉物をぶちまけた。錬金術のように僕らの成分は横田と混ざり合い、彼の体内で毒と爆ぜた。
「がはっ!」
今、僕は間接的に横田を殺している。そういう実感があった。次第に横田は衰弱の末路を辿り、上位ランキング小説に覆いかぶさるように倒れ込み最期を遂げた。白目を剥き、死んだ魚のように痙攣を繰り返して。
間接的という表現では甘かったかもしれない。これは直接的に殺していると言えるだろう。
思えば、直接的と間接的の違いは何だろう。同じような言葉で『社会的に殺す』という物騒な文言もあるが、これは正直『お前を殺害する』と宣言しているのに等しいと思える。
相手を精神的に弱らせた末路は自害かもしれない。無敵の人と成り果てて、赤の他人を死に追いやるかもしれない。それでも社会的だと言えるのだろうか? 甚だ疑問だ。
間接的もあみだくじのように繋げば『直接的』となる。凶器は物ではない、この世の全てである。
僕の死体は太陽の届かない暗闇。他の底辺小説と仲良く朽ち果てている。
SOSをどれだけ発信しても、助け出してくれないお前らに言いたいことがある。
「お前らは僕を直接的に殺した」
だから逆に殺されても文句は言うなよ。それは立派な正当防衛なのだから。
終
シングル・カット アブノーマル・アンダー・ウォーター YOSHITAKA SHUUKI @yoshitakashuuki
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