独裁者豚王
みらいつりびと
独裁者豚王
現豚王が即位したのは、彼が十一歳のときである。
前豚王が第百六十八妃との間にやっと儲けた一粒種の彼は、あらゆるわがままを許されて育った。
取り巻きたちに手を焼かせていた少年は、父が心臓発作で急死して、豊かな豚牧場とキャベツ畑が広がる大国の王となった。生まれつき全身の体毛が欠落したその異形と、きまぐれわがままな性格で国民を震撼させつづける第十三代豚王の治世が始まる。
即位式には国内外から大勢の客が集められ、酒と料理が大量に消費された。少年王はすでに酒に強かった。
政治ごっこと快楽が大好きで、彼の気に入りとなれば大臣になるのも夢ではなく、嫌われれば即座に火あぶりや腸引き出しの極刑が待っているという恐るべき王の登場であった。
彼が即位後に初めてやった仕事は、豚王国の国民的アイドル歌手めのうを妃に迎えることだった。彼女はこのとき十六歳。
結婚式は即位式以上の盛大さで飾りたてられ、豚王国を狂騒の渦に叩き込んだ。
世界一の規模を誇る豚王牧場では百万匹の豚が屠殺され、豪華料理となって国民に振る舞われた。キャベツ酒は無料にせよという触れが出されて国民は熱狂し、酒屋は号泣した。新王妃の身でありながらめのうは「さよならコンサート」と銘打って三日三晩歌い続け、喉をつぶした。豚王と大臣たちは王城で、街の酒場で、パレードの豚車の上で、どんちゃん騒ぎを体力の限界までつづけた。
一週間後、狂乱の結婚騒動が終了し、やっと豚王とめのうは初夜を迎える。
それから一年経ち、第一子キャベツ姫が生まれた。豚王は十二歳にして一児の父となったが、彼は異常なわがままさを発揮しつづけた。王妃が意外と退屈であることに気づいて、ママドルとして歌手に復帰したいと駄々をこねるめのうを面倒くさいと自ら刺殺し、国民を唖然とさせたのはこの頃である。豚王は残酷だった。
めのう享年十七。
王妃を殺した後、豚王は後宮づくりに励んだ。街を練り歩いて、あれ欲しいこれ欲しいと気に入った女を片っ端から後宮に入れた。これは「豚王の娘狩り」と呼ばれて国民に凄まじく怖れられた。
後宮は一万人近くに膨れあがったが、豚王はその後一人として正式な妃を娶らなかった。だから、彼の正式な王位継承者はキャベツ姫だけである。
豚王は女をとっかえひっかえし、面白おかしく暮らした。ときどき大臣たちに任せてある政治に首を突っ込み、「国民総絵描き法」やら「軽犯罪指つめ法」などという珍妙な法律をつくっては、国民が慌てふためくのを見てげらげら笑うという迷惑な癖まで持っていた。
後者の指つめ法はかっぱらい、詐欺はもとより、立ち小便、万引き、食い逃げも許さず、容赦なく犯行現場で指をつめさせるという徹底したもので、豚王最大の悪法として有名である。これは国民の圧倒的な不評を招き、後に「指なし党の反乱」と呼ばれる深刻な事態を招くに至る。
このように豚王は少年期を過ごした。成人しても、性格は変わらなかった。相変わらず娘狩りを続け、暴飲暴食のためでっぷりと太り、ときどき政治に口を出し、気に入らない者を処刑しつづけた。豚王は「恐怖の大王」と呼ばれるようになった。
その豚王が突如として学問に興味を示したのは、三十歳のときである。おかかえ学者がふと口にした生物学の話を気に入り、世の中の神秘を解明し、知識を増やす学問とはなんとすばらしいものであるか、と突然開眼したのだった。彼は早速「国民総学者法」を公布、施行した。
総学者法は学問なんて大嫌いという多くの国民を閉口させたが、これによって優秀な学者が豚王国に集まるというプラス効果を持っていた。マイナスばかりの豚王の政治には極めて珍しいことであった。
豚王とめのうの間に生まれたキャベツ姫は、亡き母に似て美しく成長し、「月光姫」との愛称を持つようになった。しかしその美貌にもかかわらず、彼女の人生は失恋の連続だった。
姫を溺愛する豚王が、娘の恋愛に介入しつづけたためだ。
幼い頃から、キャベツ姫は数人の由緒正しい貴族を家庭教師につけられていた。けれど遊びたい盛りの彼女は城でじっと家庭教師の指導を受けるのが嫌でたまらず、脱け出して庶民の小学校に紛れ込むことを趣味としていた。同年代の子供たちは、姫を特別扱いせずに無邪気に遊んでくれる。
七歳のとき、彼女はそこで出会った男の子と恋に落ちた。二人は一緒に子豚と遊び、キャベツが生い茂る野原を散歩した。「大きくなったら結婚しよう」などと語らい、当人たちはしごく真剣につきあっていたのである。
しかしその情報を入手した豚王は子供の初恋に介入し、彼を辺境に転校させ、校長に以後姫を校内に入れないよう厳重注意するという措置を取った。これが彼女の第一の失恋であった。
学校に行けなくなったキャベツ姫は、次にハンサムな家庭教師の青年に恋をした。惚れっぽい性格なのだ。姫は嫌で嫌でしかたなかった勉強も、彼に教えられると真面目にやるというけなげさを見せた。
だが青年は姫の初恋の相手に豚王がした仕打ちを知っていたし、ロリコンでもなかった。この恋は、キャベツ姫が告白した直後にあっさりふられるという結末を迎えた。
姫は泣いたが、青年も悲惨だった。愛娘を悲しませたということで豚王の怒りを買い、彼は家庭教師を首になっただけでなく、一年間の強制労働をさせられたのである。キャベツ姫に惚れられた男は救われないというパターンがこの頃すでにできあがりつつあった。
二度の失恋に懲りて、キャベツ姫の恋愛沙汰はしばらく鳴りをひそめた。しかしやがて彼女は思春期に入り、男の目を引く究極の美少女に成長した。国民的アイドルだっためのうと瓜二つの彼女を男たちが放っておくわけはなかった。
彼女は多くの男性からアタックされるようになった。中でも豚王親衛隊の若き隊長からの熱烈なラブレター攻撃と折に触れての求愛の台詞に姫も夢中になるという、三度めの恋が彼女に訪れたのである。
豚王は身分ちがいを理由に姫から手を引くよう隊長に迫ったが、恋に狂う彼は拒否した。その決死の態度に姫は感激して、恋の炎はさらに激しく燃え盛る。豚王はいささか焦った。彼は愛する娘を誰にも渡したくないのだった。
王は親衛隊副隊長に命じて隊長を拘束し、あくまでも姫とは別れないと叫ぶ彼を去勢の刑に処した。この痛手は大きく、キャベツ姫は父を激しく憎むようになる。
次に姫は御前武闘会の準優勝者を見初めた。優勝者は平凡な顔立ちで、彼はイケメンだった。彼女は今度の恋は徹底的に隠し通そうと決意する。
彼女は侍女を使って彼に想いを打ち明け、お忍びデートに誘い出した。変装して首都ブダの郊外で会ったり、川に浮かべた船で落ち合って食事したりして、二人は密やかに交際した。それでも豚王情報網の察知するところとなり、王の魔の手が伸びる。
豚王は急遽臨時の武闘会を開催し、強力な刺客を放って、キャベツ姫の新しい恋人を武闘会中に殺してしまった。
キャベツ姫は生半可な相手では豚王につぶされてしまうと思い知り、王でも簡単には手出しできないような名家の御曹司とつきあおうと考えた。すでに半ば意地である。お父さんなんかに負けないわ。絶対に彼氏をつくってみせる。
愛の神クピッドの像に祈りをささげるのが彼女の毎朝の習慣になった。
彼女は美形と評判のクスクス家の長男に白羽の矢を立てた。クスクス家は建国の功臣の家系であり、名家中の名家である。キャベツ姫は彼女の誕生パーティの席で彼を誘惑した。
この交際は将来の結婚相手としても申し分なく、ダイヤモンドカップルと多くの人に祝福された。しかしまたしても豚王は、このカップルをぶっつぶすべく画策した。
王はクスクス家と並ぶ有力貴族に働きかけ、「うちの息子にもぜひチャンスを」と発言させ、キャベツ姫の婿候補を立てさせた。頃合いを見計らって、豚王は「姫の結婚は時期尚早であり、有力家同士の争いを誘発する怖れがある」と御託を並べて強引に二人を別れさせた。クスクス家の長男は隣国に留学に出された。
キャベツ姫はまた泣いた。しかしあくなき恋人獲得への執念は消えず、彼女はその後も騎豚仲間、王室のコック、中年の将軍、鍛冶屋の息子、友達の恋人等々と恋をしようとした。だが、豚王にことごとく邪魔され、ついには姫に声をかける若い男はいなくなるという事態を招いてしまったのである。
キャベツ姫は絶望した。豚王は後継者の精神を破壊していたのだが、それに気づいてもいなかった。
豚王が三十一歳のとき、「指なし党の反乱」が勃発する。
指なし党とは、残虐な悪法として全世界的に有名な「軽犯罪指つめ法」によって小指を失い、同法の廃止を求めて反抗する人民の地下組織のことである。
それは組織とは言えないものから始まった。
初期の指なし党は指つめ法に反対する不特定多数の人々であった。その活動は同法に対する単なる愚痴や陰口に終始しており、反対運動というレベルにはなかった。
それが一気に王城前広場に集結して抗議しよう、という段階に飛躍したのは、指なし党の指導者である声楽家タローズ・アダンの呼びかけによる。彼は陰口の広まりに乗じて、抗議集会の決行を企図した。
タローズは一年前、立ち小便の罪で左手の小指を失った。彼は「こんなのないよな。ひどすぎるよ」と友人にこぼした。これだけでも非常に勇気を要することであった。神聖なる絶対君主、豚王への批判は何であれ、この国ではタブーとされていたからである。しかしこれをきっかけにして、陰口運動は全国に広まった。なくなった小指をぼそっと嘆く人々が激増し、彼らは指なし党と呼ばれるようになった。
このような指なし党であるから、正式な党員はタローズとその友人数人という程度のものであった。とはいえ、その運動には全国で百万にもおよぶと言われる小指をなくした人々が参加しており、潜在的には一億の国民のほとんど全員が指なし党を支持していたのだ。
タローズは運動の指導者として何度が検挙され、左手の指をすべて失った。彼は王への恨みに凝り固まり、地下から秘かに「王城前広場で抗議集会をやるぞ」と指令を出した。
もちろん豚王はこの情報を看過していたわけではない。全国各地を転々と逃げ回っていたタローズは、抗議集会に臨んで秘かにブダに潜入している筈であり、秘密警察は彼を発見すべく懸命に捜索をつづけていた。
しかし彼の所在は杳としてつかめず、また集会を事前に中止させようとしても対象が不特定多数の人々であるため、豚王といえども取り締まりは困難であったのだ。
果たしてタローズは逮捕覚悟で現れるのか、集会はいつどのくらいの規模で行われるのか、直前までそれはまったく不明であった。タローズ本人ですら、人々がどの程度集まるのかわからなかったにちがいない。集会の規模は、指つめ法への国民の不満の大きさにかかっていた。
そしてついにビラがまかれ、決行日が明らかになった。
「指つめ法反対総決起集会明日敢行 於王城前広場 国民よ立ちあがれ!」
指つめ法反対集会が予告されたその日は、朝から快晴であった。
豚王は朝の太陽に憤り、起き抜けから不機嫌だった。
彼は周りの者に当たり散らした。朝食がまずいと言ってコックの舌を引っこ抜き、靴下の穿かせ方が悪いと怒って侍女を犯し、朝風呂が熱いと叫んで釜焚き男を火刑にした。
この国始まって以来初めての公然たる豚王批判が行われようとしている。その事実に王は怒り狂っており、城内は戦々恐々としていた。
午前九時、周囲に当たってほんの少し精神の平静を取り戻した豚王は、とりあえず決起集会対策司令部を設置して、集会のなりゆきを見守ろうと決めた。
主だった者たちに命令が下った。王を輔弼する立場にある右大臣、左大臣、その他の大臣らの文官と、軍務大臣、豚王軍ブダ師団長らの武官は、ただちに展望の間に集合した。
次に豚王はブダ師団二万人を招集した。午前十一時、同師団は王城内に集結し、王の謁見を受けた。これは暴動など不測の事態が発生したときの備えだったが、豚王の機嫌しだいで殺戮部隊と化す危険性を孕んでいた。
正午すぎ、王城前広場に三々五々小指のない人々が集まってきた。再犯、再々犯の者は二本、三本と指がない。人々の群れは徐々に膨らみ、「指つめ法の廃止を!」とか「俺の指を返せ!」とかいうプラカードも目立つようになってきた。
午後二時、数千人に膨れあがった群衆から大歓声があがった。
タローズ・アダンが現れたのだ。
彼は指が一本もない左手を高々と掲げ、人々をかき分けて王城の門の前へと進んだ。
衆人環視の中、タローズはシュプレヒコールをあげるでもなく、おもむろに歌声を朗々と響かせ始めた。声楽家・タローズ流の抗議が開始されたのである。
「指つめ反対の歌」を彼は歌った。
指つめは痛い
指つめはひどい
立ち小便万引き食い逃げ 確かに悪い
でも指つめすることないでしょう
指つめ反対 指つめ反対
罰金ぐらいで許してよ
お願いします 豚王陛下
この歌はタローズ本人が作詞作曲した未発表のもので、彼とその仲間しか知らなかったが、親しみやすいメロディとわかりやすい歌詞だったため、集まった人々はすぐに合わせられるようになった。タローズの独唱とその周りにいる仲間たちのコーラスは、たちまち王城を揺るがす抗議の大合唱へと高まったのである。
指つめ反対の歌は抵抗運動のテーマ曲となって、この後も人々の間で歌われつづけることになる。
集会はしだいに激化していった。近隣から人が集まり、数万人規模の大集会に膨れあがった。人々は王城前広場からあふれ、城前大通りにまで充満していた。小指のない人だけではなく、豚王の独裁に不満を持つ無傷の人まで集まっている。
速成大合唱団のボルテージは上がっていった。
決起集会対策司令部では緊張が高まっていた。
集会が始まってから、豚王は展望の間の奥にどっかと座り込んだまま動かない。何の指示も出さず、ただギリギリと耳ざわりな歯ぎしりの音を立てるばかりである。ときどき、ボキバキと王の口からくぐもった音が洩れる。それは激しい歯ぎしりに耐えられず、歯が折れる音であった。
閣僚たちは豚王の歯ぎしりに怯えながら、結論の出ない御前会議をつづけていた。
即刻タローズを極刑に処し、集会を強制的に解散させるべしと主張したのは、徴税を担当し、その苛烈な取り立てで有名な財務大臣である。それがもっとも豚王の心にかなっているように思えたので、大勢はその主張に傾いていた。
しかし意外にも軍務大臣が平和的妥協案を提案し、財務大臣の案に激しく抵抗した。
これほどまでに民衆の不満が高まっている以上、妥協も必要である。立ち小便程度は指つめの刑から除外するとか、指つめは前科のある者に限るとか、法律を改正すべきだというのが彼の主張であった。ブダ師団長と警務大臣がこの案を支持した。警務大臣は大半の警察官が現場での刑の執行に苦しんでいると言った。
両者の主張は平行線をたどり、会議をまとめる立場にある右大臣、左大臣はいっこうに決断できず、結論は出そうになかった。
豚王がのっそりと立ちあがったとき、閣僚は沈黙した。結局は王がすべてを決定する。
王は無言でバルコニーまで歩き、抗議集会の様子を見下ろした。歌声はますます高く、小指のない左手を挙げた人々はノリにノッていた。豚王の背中の震えを見て、閣僚たちは恐れ慄いた。
眼下に広がる虫けらどもの反抗は、王にとって初めて経験する屈辱だった。彼は顔を歪めた。反抗の歌を聞いているうちに、こめかみの血管がプッツリと切れた。
王の怒りはすさまじく、バルコニーの手すりを砕いてしまうほどであった。噴き出す血を止めようともせず、彼は命令した。
「こざかしい民衆どもを皆殺しにしろ」
閣僚たちは「は?」ととまどった。
「ただちにブダ師団を動かし、広場に集まる者どもを皆殺しにするのだ。一人も生かしておくな。余に反抗する指なし党の輩も、物見高く集まってきた人民も区別する必要はない。皆殺しにしてしまえ!」
展望の間を圧して、豚王の声が轟いた。
長い平和に慣れた閣僚たちには、それは過酷すぎる命令に思えた。
「彼らはタローズに扇動されて集まってきているだけです。なにとぞご寛大な処置を! 彼らに改心の機会を与えてやってください」
軍務大臣が豚王にとりすがった。
「ならん。余に逆らった者には死あるのみだ!」
これが豚王国のみならず、世界中を震撼させた指なし党虐殺の決定が下された瞬間である。
突撃命令は午後三時二十五分、ブダ師団長の口から発せられた。
「王城前広場にいる者を全員殺せ。これは王命である。開門せよ……突撃!」
軍人たちは忠実に行動した。二万の凶刃が自国民に向かって振りおろされ、逃げまどう民衆を斬りまくった。
タローズの首は真っ先にすっ飛んだが、彼は首だけになってもしばらく歌いつづけていたという。しかし三十分後には広場は巨大な死体置き場と化し、タローズも人々の屍に埋もれてしまった。
皆殺しは現実のものとなった。死者およそ五万。
広場中央に集められ、燃やされていく死体の山を、豚王は展望の間から冷然と見下ろしていた。
指なし党大虐殺の後、反乱は拡大の一途を辿った。無慈悲な鎮圧は逆効果だったのだ。
不幸だったのは、これを逐一豚王に報告せねばならなかった右大臣と左大臣である。
「ティナートの県令がテロリストに殺されました」
「反乱軍にパシュート城が包囲されました。至急援軍を乞うとのことです」
「武装したスラムの住民が警官を襲って、小指を切り取っています」
「キルプ市庁舎が焼き討ちされました」
凶報には事欠かない毎日であった。豚王の怒りは連日連夜爆発し、そのたびに彼のこめかみの血管は切れ、侍医が走った。
「バラート城が陥落しました。これにより、少なくとも全国二十箇所で反乱軍に拠点を奪われたことになります」と右大臣と左大臣が並んで報告したときの豚王の形相には、凄まじいものがあった。
「おまえらが無能だからいかんのだ! 命が惜しければさっさと対策を考えろっ」
王は顔中に血管を浮かびあがらせ、ギラリと剣を抜いて叫んだ。
右大臣と左大臣はすくみあがった。豚王が殺すと言ったら必ず殺す。
「どうしようどうしよう」と二人は顔をつきあわせて相談した。
しかし彼らは本当に無能だったので、対策など何も考えつかなかった。各地の行政官に対応を任せきりで今まで通してきた彼らは、王国全土に広がった反乱を鎮圧するすべなど欠けらも持たなかったのである。
考えあぐねて、ついに両大臣は夜逃げした。二人は城門から出たとき、恐怖の大王から逃れられることに無上の喜びを感じた。
しかし彼らには悲惨な末路が待っていた。翌朝、二人は首都の街角でさらし首となって発見されたのである。
首は石の台に乗せられ、台の側面には血文字が書かれていた。
「豚王、次はおまえだ! 指なし党二代目党首ジローズ・アダン」
その報告を警務大臣から受けたとき、豚王は両サイドのこめかみから大量の血を噴き出してぶっ倒れた。彼の顔は青白く変色し、口からは泡を吹いていた。侍医が慌てて輸血したが、その顔色はついに治らなかった。
その後も事あるごとに王は出血したので、侍医は常に輸血の準備をしていなければならなかった。
右大臣と左大臣を失った頃から、豚王は不安に苛まれるようになった。この反乱はもしかすると余の手にすら負えぬものなのでは、という不安である。
これまでも王を怒らせる様々な事件があった。しかしそれらはすべて、彼が気に入らぬ、殺してしまえと言えばけりがついた。
出世させてやった側近が無能ぶりをさらけ出したとき、キャベツ姫に彼氏ができそうになったとき、神聖不可侵である自分に反抗する者が現れたとき、彼は命じるだけで簡単に怒りの原因を取り除いてきた。しかしその流儀で指つめ法反対総決起集会を処理したときから、すべてが狂ってしまったのだ。
余の国が無秩序に荒らされ、反逆者どもが徘徊する地になってしまった。そう思うと彼は夜も眠れなくなった。
深い悩みに取りつかれた豚王に追い打ちをかけたのは、彼が弱り果ててから夜毎出現するようになっためのうの幽霊である。
王をあざ笑うかのように、幽霊は夜も昼もつきまとった。めのうはうらめしげな視線を投げかけ、一日中豚王の周りを浮遊し、彼の体を突き抜けたりした。
妃の幽霊は、豚王には死神のように思えた。
「去れっ、消えてなくなれっ」
豚王は狂ったようにめのうの首を絞めたり、殴りつけたりしようとした。しかし彼の手は虚しく幽霊をすり抜けるばかりである。王の取り乱しようを面白がって、めのうは彼の頭上でくるりくるりとダンスを踊った。
そんな豚王の姿を見て、この国も長くないと感じた者も多かった。右大臣と左大臣亡き後、二大巨頭となった財務大臣と軍務大臣も危機感を強くしていた。
財務大臣は国を見限り、王家の財産を奪って国外へ脱出しようと考えていた。宝物庫の財宝を持ち出せれば、世界中どこででも悠々と暮らしていける。
その計画を察知し、財務大臣を粛正したのは、軍務大臣である。彼は共に国を支える使命を担っていた同僚の裏切りに激怒し、財務大臣の屋敷を包囲し、焼き討ちにした。
建国の忠臣クスクスの血を引く軍務大臣は、豚王に篤い忠誠心を抱いていた。俺がなんとかせねばこの国は滅ぶと彼は思いつめ、豚王ににじり寄って直言した。
「陛下、もはや一刻の猶予もありません。この私にご命令ください。軍の総力をあげ、反乱を平定してみせます」
しかし豚王はすでに正常な判断力を有する人ではなくなっていた。彼は玉座の周りを浮遊するめのうを追いかけ、剣を振り回すばかりで、軍務大臣の言葉に答えなかった。ときどき何のきっかけもなくこめかみから血を噴出して倒れる。やつれ果てた青白い顔は、幽界へ行くのも間近かと思わせた。
「やむを得ない。独断専行とそしられようが、この上はわしが事に当たるほかあるまい」と軍務大臣は決断した。
そのときから、彼の活躍が始まる。
軍務大臣は作戦本部に軍の首脳陣を集め、どうやって反乱を鎮めていくかを諮った。独裁者豚王とちがい、彼は部下の意見をよく聞くタイプの男だった。軍部のエリートたちの議論が白熱した。
反乱は王国全土に広がっているとはいえ、いくつもの反乱軍が乱立しているだけで、それらを統率する将帥がいるわけではない。ブダ周辺から始め、各個撃破していけば治安の回復はむずかしくない、という強気な意見が大半を占めた。
圧倒的大軍で包囲し、降伏させていくべきだという意見もあった。これ以上国民を殺すのは忍びないと考える者もいる。軍務大臣は内心でそれがいいと思いながらも、陛下は納得するまいと悩んだ。
会議は深更までおよんだ。
その頃、豚王の寿命はいよいよ尽きようとしていた。
王は侍医につき添われて寝室で伏せっていた。たび重なる出血により、立ちあがることもできないほど彼の体力は消耗している。
なぜかその夜はめのうの姿は見えなかった。豚王は一時的に神経衰弱の状態から脱し、侍医を相手に体が元に戻ったら余も戦わねばならん、などと話していた。
しかしめのうが友達を連れて豚王の寝室に現れたとき、王の精神は再び恐慌を来した。
めのうの友達とはすなわち、首だけになって歌うタローズ・アダンの幽霊であり、キャベツ姫の恋人だった御前武闘会の準優勝者であり、さらし首になった右大臣と左大臣であり、その他豚王に恨みを残して死んだありとあらゆる幽霊たちであった。
彼らは豚王を取り囲んで「うらめしや〜」と唱和した。
豚王は何か言おうとして口を開いた。しかし出てきたのは声ではなく、大量の血であった。輸血の連続ですでに一滴も彼本来のものではなくなっていた血液を、彼はほとんど失うまで吐血し続けた。侍医は幽霊の群れに腰を抜かし、何もすることができなかった。
豚王は血溜まりの中に倒れた。侍医はようやくよろよろと動いて、王の手首を取った。脈はなくなっていた。
こうして、国の危機を放置したまま、豚王は死亡したのである。
軍務大臣は訃報を軍議中に聞いた。彼が王の寝室にかけつけたとき、王は拭き清められ、ベッドに横たえられていた。すでに幽霊の群れはおらず、ただ一人満足げに微笑んだめのうだけが、死体の上でいつまでも踊りつづけていた。
この後、キャベツ姫が第十四代豚王に即位し、軍務大臣と協力していったんは豚王国に平穏を取り戻すことになるのだが、すでに精神を病んでいた彼女は「豚王の男狩り」や「巨大後宮の建設」などを始めて、狂乱の歴史はつづいていく。
独裁者豚王 みらいつりびと @miraituribito
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