不燃ごみとしての魔女の心臓

すまげんちゃんねる

不燃ごみとしての魔女の心臓

 石畳の広場には、まだ脂の焦げた臭気が漂っていた。

 祭りの後。処刑台の杭の根元に残されているのは、積もった大量の白い灰と、その中に埋もれた握りこぶし大の黒い塊だけだ。

 私は人目を忍び、ほうきと塵取りを持って灰の山へ近づく。

 まだ微かに熱を帯びた、黒い石のようなものを拾い上げる。表面は炭化し、いびつに波打っている。

 町の人間はこれを「悪魔の糞」と呼び、私はこれを「商品シノギ」と呼ぶ。

 火にべられた女たちが遺す、唯一の燃えないゴミだ。


 谷底にある小屋へ戻り、ランプに火を灯す。

 今夜の収穫は三つ。私は作業台の前に座り、選別にかかる。

 まず一つ目。

 ハンマーで軽く叩くと、鈍い音がして亀裂が入った。断面からボロボロと砂のような粉が落ちる。

 私は舌打ちをして、それを足元の屑カゴへ放り投げた。

 失敗作だ。死の間際に泣き叫んだり、恐怖で錯乱した個体は結晶化せず、ただ炭化する。


 二つ目。これは重量がある。

 回転砥石グラインダーに押し当てる。ギャリ、ギャリ、と金属を削るような音が小屋に響く。

 水をかけながら、焦げ付いた外殻を削り落としていく。指先を黒い泥水が濡らし、排水溝へと吸い込まれていく。

 数十分後。砥石の手応えが変わる。

 泥を布で拭い去り、ランプの灯りにかざす。

 そこには、濁った「黄色」が渦巻いていた。

 油を固めたような粘着質の光沢。

 強欲や執着の色だ。純度は低いが、輝きは強い。金持ちの商人の指輪にはなるだろう。私はそれを木箱へ入れた。


 最後の一つ。

 削り出した瞬間、小屋の壁が赤く染まるほどの輝きが放たれた。

 血のような、あるいは熟れすぎた果実のような、深い深紅クリムゾン

 ヒビ一つない、硬質な結晶。

 死の瞬間まで世界を呪い、自分を焼く炎よりも熱く燃え上がったプライドの塊。ここまでの上物は珍しい。私はそれをビロードの布で丁寧に磨き上げた。


 翌日、私は研磨し終えた石を持って街の市場へ出向く。

 私の露店には、昨日、処刑を見ていた貴婦人たちが群がった。

「まあ、なんて美しい赤でしょう」

 一人の婦人が、あの深紅の石を手に取る。

「東の国で採れた、精霊石でございます。夜の魔を払い、愛の情熱を呼び覚ます効果があるとか」

 婦人はうっとりとした表情でその石を自分の喉元に当てた。

 彼女は、その石が、昨日広場で自分が「焼け死ね」と罵声を浴びせた女の心臓であることに気づかない。

「いただくわ」

 重たい金貨が私の掌に落ちる。

 私は代金を受け取り、短く頭を下げた。彼女の白く滑らかな首筋の上で、死んだ魔女の情念が赤く光っている。

 私は、表情を変えずに次の客の相手をした。


 その日の午後、得意先である教会裏口へ向かう。

 待っていたのは、でっぷりと太った司教だった。彼は私を見るなり、手垢で汚れたハンカチで額の汗を拭った。

「頼んでいたものは」

「ええ。上等のものが入りました」

 私は懐から、先日削り出した「黄色い石」を取り出す。

 司教は脂ぎった指でそれを摘み上げ、ランプの光に透かして細め、喉を鳴らした。

「……素晴らしい。この黄金の輝き。まさに神の威光だ」

 司教は相場の倍の値を私に握らせる。

「これは魔除けのロザリオにする。最近、悪い夢を見ることが多くてな」

 私は金貨の枚数を確認し、恭しく一礼してその場を去った。


 雨の日も、雪の日も、火刑は行われる。

 人間の業が尽きない限り、私の仕入れが途絶えることはない。

 拾い、削り、売る。

 

 ある冬の朝。私は谷底の灰捨て場で、小石のような塊を拾った。

 それは、先日焼かれた「言葉を持たなかった少女」のものだった。

 村の不作を彼女の呪いのせいにされ、口が利けないのをいいことに弁明の機会も与えられず、生贄にされた少女。

 処刑の時、彼女は暴れもせず、泣きもせず、ただ静かに炎を見つめていたという。


 作業場へ戻り、砥石を回す。

 硬い。

 これまでのどの石よりも硬度が高く、回転する砥石の方が悲鳴を上げ、火花を散らして削れていく。私の指先が摩擦熱で熱くなる。

 だが、その熱さとは裏腹に、石からは氷のような冷気が漂ってくる。

 朝が来るまで削り続け、ようやく黒い外殻が剥がれ落ちた時、私は手を止めた。


 そこには、色がなかった。


 無色透明。

 向こう側のランプの炎がそのまま透けて見えるほどに澄み切った、結晶。

 私は手を止め、それを光にかざす。

 一点の曇りも、ヒビもない。完全な透過。

 ルビーのような怨嗟でもなく、黄色の欲望でもない。向こう側の世界が、歪むことなくそのまま見通せる。


「……」

 私はそれを商品棚のビロードの上に乗せようとして、やめた。

 この透明な石を、貴婦人たちの首や、司教の指が身につけている光景を想像し、すぐにその映像を頭から消した。

 

 私はその石を、金具も台座もつけず、加工することなく、ただの石ころのまま自分の胸ポケットに仕舞い込んだ。

 

 シャツ越しに、ひやりとした冷たさと、確かな重みが伝わる。心臓の鼓動に合わせて、石が微かに揺れる。

 私は小屋を出る。

 空からは、灰色の雪のような焼却炉の塵が降っている。

 人間は燃える。肉体も、生活も、名前も、簡単に灰になる。だが、どれだけ焼いても燃え残るものが、確かにここにある。

 私はコートの襟を立て、また黒い煙が上がっている広場へと、足を踏み出した。


(了)

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