第3話
部屋の四隅の暗がりに俺は、俺のドッペルゲンガーを感じていた。正確には、いる気がするのだ。
「Aさんの幸福はこれだったのさ」
「……やめろ」
それからシン……とし、気配はなくなった。しかし今もどこかでのうのうと生きている、あのドッペルゲンガーを殺さなくてはならない気がした。他でもない俺の手で、消してしまわなければならない気がした。
Aさんからの電話は二日前。あれからこちらに連絡はない。メッセージアプリも電話も、彼女のタップと共鳴していない。これはおかしなことだ、だって付き合うぐらいなら、二日のうちに一件ぐらい連絡があるはずだろう。
なら……ドッペルゲンガーはどのように連絡を取っているのか。今までなら俺経由だったはずだ、でなければAさんから連絡が来ることはないはず。
やつ、ついに俺から途切れたのではないか? 俺とは瓜二つでありながら、なにかの拍子(そうだAさんだ)の一件から、別人になったのではないか?
とにかくやつを殺さなくては……でなければ、この臓腑に溢れる怨嗟がおさまらない。いるとすれば彼女の近く……S県の大学近辺のはず。しかし向かうまでには情報が足りない。まずは情報を集めなければ。
俺はまさしく、親の仇を討ち取らんとする孤児のごとく鬼気迫っていた。敵はそう、ドッペルゲンガーだ。これほど殺意に満ちた瞬間はなかっただろう。
電話から数週間が経過した。あれから、俺のドッペルゲンガーを目撃したという証言がピタリと止んだ。同時に、大学構内やゼミ内での俺の存在感もさらさらと薄れていった。
あれほど連絡してきた者たちも、いっさい連絡してこなくなった。ラッキーの報告も消えた。しかしもう、そんなことはどうでもよい。俺はやつを殺さなくてはならない。それだけが明確であれば、他はいらない。
俺はこれまでのツテを(なけなしではあるが)アテに、Aさんの近況を聞こうとした。当然、ゼミやら演習をほんの少しトんで自身の足も使った。しかしこれといった情報は得られなかった。
というより、自身の足以外まったく役に立たなかった。連絡がつかないのだ。俺と濃いだろう繋がりのあるやつだけは連絡がついた。しかしまったく意味がなかった。
なんだってちくしょう、連絡がつかない? どいつもこいつも暇はないのか? 就職したやつはまだわかる、大学や専門学校に通っているやつならもっと暇があるだろう。
しかしそのとき、俺は気がついていなかった。まず専門学校に通っていたやつならすでに就職しているだろうことと、大学生や大学校生は就職活動の真っ最中であることを。
当然俺は焦った。もちろんAさんと俺のドッペルゲンガーがねんごろになっているということが感情の主体にあったわけだが……この数週間のうちに、気づきたくないものに気づいてしまったことも、焦りに含まれていた。
それは、
これは直感だが……もしもそのままAさんと俺のドッペルゲンガーの関係が続いてしまえば、やつはドッペルゲンガーではなくなるような気がした。でも同一人物が存在できるのは一人までだ。なら次のドッペルゲンガーは?
俺、ということになる気がした。
さて、
焦りから就職活動も卒論もほっぽりだしていた俺は、夏休み直前にようやくAさんの足掛かりを見つけた。彼女の通っている大学にて、声をかけた彼女の知り合いの情報だ。
なんでも最近、ここらでは見かけない男性と並んで歩いているのを見かけたらしい。大学構内では見かけないが、スーパーで一緒に買い物をしていたのだとか。
「それこそ……あなたぐらいの背格好だったかなぁ」
そうAさんの知り合いは言っていた。俺は早速近場の安ホテルに宿泊し、二人に会おうという決意を固めて行動に移した。
下宿先を後にし、ホテルにチェックインするまではあっという間だった。チェックイン後、俺はボストンバッグに詰めていた包丁を取り出し、入念にチェックした。これでやつを刺す。
包丁はそれほどサイズはないので、ポケットに忍ばせておいた。さあ、いよいよ対面だ。
S県某所、
Aさん宅の近くにあるスーパー。時間帯だろうか、なかなか人がいた。俺は店内をぐるぐると何周もうろつき、彼らを探した。
途中何度も店内を彷徨いていては怪しまれると思い、数十分に一回は外に出て、出入口を入念にチェックした。もしかしたらこの瞬間にも、彼らは現れるかもしれない。
しかし……なぜこうも人が多いのか。そこら辺を出歩いているのは、平日の昼下がりは主婦ぐらいだろう。やけに学生やら社会人が多い気がした。それも私服で、だ。
「あっ……」
いた。
懐かしい、あまり変わらないAさんと……俺だ。瓜二つの俺だ、ドッペルゲンガーだ。二人は今からスーパーに入るらしい。俺はポケットをまさぐりつつ、こちらに気づいていないらしい二人の後ろへ回った。
そのとき特売の呼び込みと、見計らったような人混みに襲われた。店の旗がバタバタとなびき、日付と赤の文字が見えた。
そうか、今日は祝日なのだ。
そんな些細な気づきとともに人混みに押されながら、俺は二人を見失わぬよう、後ろから近づいた。
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